義勇を拾ってから日々まっすぐ帰宅をしていた錆兎がその日は珍しく酒場でグラスを傾けていた。
その隣にグラスを持って腰を下ろした宇髄に、錆兎は大きく肩を落として褐色の両手に顔をうずめる。
「今日は胡蝶の定期健診受ける日なんだ。
…怖くて飲まないと待ってられん。
本当に情けないとは思うんだけどな。
義勇に何かあったらと思うと、怖すぎて震えが止まらない」
そこまで言ったあと、錆兎は顔をあげて宇髄に視線を向けた。
「なあ…どうしたらいいと思う?
俺は義勇を拾ってからずっと恐ろしくて仕方がない。
あいつになんかあったらと思うと生きた心地がしないんだ…」
奇しくも…義勇が探している錆兎の現在の生命を握るレベルの弱み…それが義勇自身である事を、残念なことに本人のみ知らない。
「義勇な…気にしているみたいなんだ…この前外出して倒れる前に聞いた事を…」
「外出の時?」
「愚か者どもがな、言ってたらしい。
義勇が俺の身分や金目当てなんじゃないかって。
それかスパイか何かなんじゃないかって。
本当に馬鹿だよな。
金なんて義勇にはカードごと渡しているが、ほとんど刺繍糸くらいしか買ってないし、スパイなんて論外だろ。
そんなストレス抱えたらあいつ死んでしまうだろう。心臓悪いのに…。
あいつにそんなストレス与えて死なせてしまうくらいなら、俺は自分で死んでやるぞ」
「錆兎…おまえなぁ…」
「大人しくしていないとならないのに、家事をするから買い物行きたいだの言うからダメだと言ったら、この前は俺の部屋で倒れた本の下敷きになって倒れてたし…」
「いや…それは…」
宇髄は眉をひそめた。
「なんで義勇はお前が不在の時にいきなりお前の部屋に入ってたんだ?
本の下敷きって、何をしてたらそんなことになるんだよ?
お前そもそも部屋に鍵かけてないの?」
知られないように何かを調べてたとか?と言外の意味を含ませて言ったのだが、錆兎には微塵も伝わらなかったらしい。
「俺が家事なんかしないで大人しくしててくれと言ったからこっそり掃除してたんじゃないか?
部屋の鍵なんてあいつが来る前からかけてないぞ?
家の鍵かかってるし十分だろう?」
当たり前に返ってくる言葉に宇髄は頭を抱えた。
「あのな…普通…掃除してていきなり本の下敷きにはならないと思うんだが?」
再度そのあたりを追求してみると、錆兎はまたきっぱりと言う。
「あいつ…普通に食事作ろうとしてキッチン壊滅させる人間だぞ?
掃除の仕方とか知らないんじゃないか?」
あ~…そうだったな…。
宇髄はどう見ても料理をしていたとは思えないキッチンの惨状を思い出して遠い目をした。
確かに今までベッドの上で治療の生活しかしてこなかったらしい義勇は色々普通ではありえない行動を取る。
ああ…ありうる気がしてきた…。
だんだん自信がなくなってきた宇髄。
実弥も同様に思っているらしいし、錆兎の言う事が正しいのだろうと最終的に納得してしまったが、実は唯一自分だけが正しい考えをしていることに気づいていない。
…が、事実が必ずしも事態を良い方向に向かわせるとは限らない。
流される幸せ…流された方が幸せ…という事もままあるものなのである。
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