寮生は姫君がお好き63_天使2人

錆兎の姫君は善意に慣れないだけではなく、要望や感情を表に出すのも苦手だ。
だから心のうちに留めて置けないレベルの感情が膨らんでくると、それが涙となって溢れ出てしまう。

今もそんな感じで、自己評価が低く、姫君に対する錆兎の気遣いがおそらく寮長としての義務から来るものだと思っているのであろうお姫さんに、そうではない、個人的な好意からくるもので、副寮長としての責務より義勇の事情や体調などを優先してやりたいのだと伝えると、泣きだしてしまったので、それを抱きしめてやった。

くすん、くすんと腕の中で可愛らしく啜り泣くお姫さんは本当に愛おしくて、背を撫で額に口づけているうち、涙が少しずつ止まってくるので、ゆっくりと食べやすいモノを口に放り込んでやると、モグモグゴックンと食べ始める。

そんなやりとりの時は恋情というよりも庇護欲が勝って、まるで小さな子どもを持つ親のような気分になった。

なので、泣き始めてしまったためまだ義勇が昼食を食べ終わらないうちに午後の最初の競技、障害物競争の時間になって、デモンストレーションを始めて欲しいと係の生徒が呼びに来た時は、断固として拒否をした。



「は?姫さんがこんな状態なのに、誰が離れるんだ!
時間をずらせっ!!」

と、錆兎的には当たり前の主張をしてみると、係の生徒は眼を丸くして、動揺しながら本部へと戻っていったが、泣きそうな顔で帰ってきて、予定変更は出来ないと告げるが、錆兎はそれをさらに拒否。

姫君本人まで大丈夫だから行ってくれと言いだすが、この競技は錆兎が居ない時はいつも護衛をしている炭治郎も出場するため、今のお姫さんを1人には出来ないとさらに主張。


係はまた本部へ行って、また銀狼寮へと何往復かして、周りも何事かとざわついたところで、

「錆兎、じゃあ僕がここにいるよ。
ね、義勇もそれで良いよね?
村田が用意したお菓子も持ってきたから、お菓子交換しあって2人で一緒にお菓子食べながら錆兎の雄姿を見て、銀寮組の応援しよう?」
と、いつのまにかバスケットを揺らしながら無一郎がひょっこりと顔を出した。


へ???
さらにざわつく周り。

錆兎もそれには驚いて眼を丸くするが、無一郎はにっこりと

「銀竜はどうせ単体で優勝は狙えないしね。
それならせめて金対銀の方のグループ点は欲しいかなって。
点数の稼ぎ頭だからね~、銀狼は」

「あ~…そういうことか……」
と、納得する錆兎にうんうんと頷く無一郎。

「今回はね…というか、今回も?
うちの寮は障害物はクリア出来ないから順位外だし、実質狼と虎に頑張ってもらうしかないし?
…あとはね…」

「あとは?」

「俺が色々な種類のお菓子食べたいから」

普段ツンと澄ました無一郎が滅多に見せない微笑みを浮かべてそう言う姿に、銀竜だけでなく、あちこちから、やっぱ可愛い顔してるよなぁ…笑顔天使だよ…可愛いなぁ…と、声があがる。


「…あ、あのっ、フルーツもあるっ!」
と、そこでそれを受けるようにデザート系だけを詰め込んだランチボックスを揺らす義勇に、わ~い♪と無一郎は駆け寄りかけて、錆兎の横で小さく一言

──ちゃんと預かるから大丈夫
と囁くと、迷うことなく錆兎の席へとかけ上った。


「んじゃ、姫さん、ちょっと行って来るから、無一郎と良い子で待っててくれ」
「行って来ます。義勇さんのために1位を勝ち取ってくるから見ていてください」

無一郎の提案でなんとか丸くおさまって、錆兎と炭治郎はグランドの集合場所に走っていく。

それを見送ると、隣の無一郎がいそいそと可愛らしいボックスを開けて義勇に差し出した。


「村田はああ見えてお菓子を作るの上手いんだ。
みかけは本人と同じで地味だけど味は保証するよ。
食べてみて?」

と言われて、義勇も

「錆兎が用意してくれたものだけど…」
と、自分のお菓子も勧める。


「錆兎が姫君のために用意したお菓子を食べられるなんて貴重な体験だね。
頂きま~す!」
と、手を伸ばす無一郎。

義勇も
「頂きます」
と手を合わせて村田作の可愛らしいクッキーを手に取りちびちびとかじりだした。



(天使来た…)
(…楽園はあそこにあったんだな…)
(…天使しかいない)
(天使2人…)
(天使組?)

そんな銀狼寮のテントの中央に銀狼、銀竜のみならず、他寮の寮生達からも熱いまなざしが注がれる。

全姫君の中で1位2位に小柄で可愛らしいと言われている姫君達が2人揃って菓子をかじりながらキャッキャウフフしている図は、男しかいないこの学園の中で数少ない涼やかな癒しだ。

自寮の姫君に対する敬愛とは別に、その愛らしい姿に学園の生徒皆が癒される。


そんな下級生姫君と学生達の反応を見て、

「お前も真似して1年の金狼に特攻する?」
と、そこでニヤニヤと笑ってそれを親指で指す金竜寮の寮長。

その言葉にチラリと銀狼寮のテントに視線を向けた金竜寮のクールビューティな姫君は

「私にあのチイパッパを真似ろと?」
と、きちんとクーラーバッグで保管しておいたパリパリの薄いミントチョコをかじりながら、シンプルなグラスに入った冷えたミネラルウォータをぱしゃりと寮長に向かってぶちまけた。

「つっめてえっ!
ま、この天気だからすぐ乾くし、涼しくてちょうど良いけど」
と、そんな自寮の姫君のツンにも慣れた様子で、怒る事もなくむしろ楽しげに笑う金竜の寮長。

そして…そんな皇帝と姫君のやりとりに、こちらも慣れた様子で

(…皇帝…いいなぁ…)
(…俺も姫君に水かけられてえ…)
と、訓練された金竜寮の寮生達は羨望の眼差しを自寮の寮長に向けるのである。

つまりまあ、姫君にも寮ごとに色々なカラ―があるということだ。



そうこうしているうちに、障害物競争の開始の合図が告げられる。



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