寮生は姫君がお好き18_大人の事情と裏の動き

──さっき村田と無一郎のとこに顔を見せてきたんだが、今年は例年と違うんだろう?
と言う錆兎の表情が厳しいのを義勇は不思議に思う。

確かに一緒に寮を盛り立てていく寮長と副寮長の仲は大切だが、これまで錆兎が何度も言っているように、金なら金、銀なら銀の先輩達とは協力体制を取っていくことになるのだし、彼らも一緒に交流イベントに参加することの何がそんなに悪いのだろうか…


なんだか色々と察しのよさそうな宇髄は義勇がそんな疑問を持っていることにも気づいたらしい。

やっぱり義勇の頭をくしゃりと撫でながら

「えっとな、この学校はなまじ古い学校だから変化っつ~のを嫌うんだ。
よしんば学校が変えようとしても、この学校を卒業して政財界で幅を利かせてるOBも皆伝統ってのにこだわりを持ってるからなかなか変えられねえしな。
ほら、この前の金狼寮の姫君スルーしようと思ってる的に取れる発言時もおおごとになりかけただろ?
…ってことで、それでも例年と違う事をするってのは、“何かすごい理由がある時”ってことなんだよ」
と、説明してくれる。


厳しい表情の錆兎とは違って笑みを浮かべて…しかしその目は笑っていない気がするので、おそらく義勇を緊張させないように意図的に笑みを作ってくれていたのだろう。
その後に錆兎の方に視線を向けた時にはもう笑みは消えていた。


「多少の推測も混じるし絶対に正確な情報とは言えねえが…」
と言う宇髄に錆兎は
「それでもいい。情報をくれ」
と短く答える。

それに宇髄は、ふむ…と少し考え込んで、それから顔をあげた。


「お家騒動…ってやつらしいぜ?」
と宇髄の口から出た言葉に、錆兎は
「なるほど…」
と、頷く。

義勇にはちんぷんかんぷんだが二人の間ではそれで通じているらしい。
いわゆる“大人の事情”のようだが、何故学生の2人がそんなことを知っているのだろう…

そう思った時にちらりと目の端に入ったこの場にいる最後の一人の煉獄は、何故かうまいっ!うまいっ!と大声で叫びながら弁当を食べていたが、義勇の視線に

「前々学園長が昨年亡くなってな、そのあとを継いだその息子は継いで半年で事故死した。
そこでさらに新学園長は正体を明かさず、今は代理人が管理している。
色々噂はあるが、まあそれを気にするのは寮長までの仕事で俺達の仕事ではないっ。
君も食事を摂った方が良いと思うぞ!」
と、言った。

確かに一生徒である義勇が学園の方針など考えても仕方がないのは確かだ…と、義勇も納得。
食事に専念することにした。


こうして義勇が煉獄につられるように弁当を食べ始めたところで、様子を見守っていた錆兎は完全に宇髄の方に向き直る。

まあお家騒動という言葉は予想の範囲内ではあった。

親が金持ちだったり身分があったりという少年たちものびのびと学園生活を送ることができるように…という理念のもと、50年前に若かりし頃の前々学園長が莫大な私財を投じて開校したこの学園には、新設校ながら同じ環境の子どもと切磋琢磨させられれば…あるいは将来色々な面で関わっていくであろう他の有力者の子どもと学生時代から交流をもたせられればなど、様々な思惑から政財界の大物がこぞって子息を通わせている。

なのでそこを押さえれば政財界に衝撃が走るだろう。


また、そこまで過激なものではなかったとしても、好むと好まざるとにかかわらず、未来の政財界の重鎮となる青少年の教育の場として彼らに対して大きな影響を与えられる場所であり、ある意味ここを押さえれば将来的に政財界を押さえることも可能になる。

そういうわけで、創始者の理念とは裏腹に、私利私欲から学園を欲するものも少なくはない。

前学園長が就任後まもなく亡くなったのも事故とはなっているが、実際は他殺なのではないかとまことしやかにささやかれているのもそのためである。


前学園長が亡くなって跡を継いだらしい新学園長が顔を見せずに代理人を立てて学園を運営しているということもあって、余計に前学園長の他殺説の噂が事実のようにに思えた。

しかしその学園長が誰だかも野心があるなしも不明だし、経営者の一族が選んで立てた学園長とはいえ、一部の経営陣以外には誰だか不明な者に学園の運営を任せていいものかという者も多くいる。

もちろん自身が学園を手にしたいと思っているので自分以外の人間が跡を継ぐこと自体が面白くない者も多い。

そんな中で学園の権力争いに手を貸す代わりに子どもの学園内での便宜を求めようとしたり、政敵の子息に害をなそうとするものなど、色々な人間が出てきているというもっぱらの噂である。


「渡辺の家の方には何か申し出みたいなものきてたか?」
と、宇髄は宇髄で情報を集めたいらしく聞いてくるが、

「いや。あいにくその手の誘いはうちの方には直接来ないから」
と、錆兎は首を横に振った

「あ~、頼光さんの家の方な」

「そうそう。源の家にまず来て、源が与すると決めたらまずうち。
そこから卜部、碓井、坂田に連絡回す感じだな。
でもって…源の家は一応学園長の家系と代々血縁関係にある産屋敷と長い付き合いだから、もしつくとしたらそっちだろう。
ただ、まだ連絡が来ていないってことは、産屋敷からの依頼が来ていないってことで、そこまで切羽詰まってないんだと思ってたんだが…」

「…そうかぁ…。
でもあちこちで忖度は始まってるみてえだぞ?
気ぃつけるに越したことはねぇ。
お前も何かあったら言って来いよ?
俺もやばそうなことになったら協力仰ぐかもしれねえし」

「ああ、そうさせてもらう。
まあうちは確かに俺は渡辺本家だが別に従兄弟も多いしな。
俺が脱落しても何も困らん」

「いやいや、お前が脱落するくらいのことが起こったらさすがにおおごとだろっ。
中等部の頃から将軍なんて呼ばれて実質寮長扱いだったんだから…」

「まあ、中等部の頃と違ってうちの姫君を守る責任を負ってるから、簡単には潰されんけどな。
一応あとで村田にも情報共有してやってくれ。
あいつは外部生で後ろ盾がないから、それこそフォローいれてやらないと」
と、2人でそんな話をしていると、口元に箸が伸びてきた。


…さびともきちんと食事を摂らないと……
と、口元に米粒をつけながら卵焼きを差し出してくる義勇に、思わず笑みが浮かぶ。

「ああ、そうだな。
腹が減っては戦はできんというしな」
と、差し出される卵焼きを口にいれながらも、錆兎は義勇の小さな口元に点在する米粒も取ってやってそれも自らの口に入れた。


そんな銀狼寮のやりとりに小さく噴き出している宇髄だが、

「宇髄、食わないならもったいないから俺が食うぞ?」
と、重箱弁当をカラッと平らげた煉獄に自分の弁当に手を伸ばされかけて

「お前なぁ~それだけ食ったら十分だろっ!」
と言いながら、慌てて自分の弁当に手を伸ばした。


「本当に…もう手遅れ感はあるけどな、一応今年度で引退とは言ってもお前も今年度はまだ“姫君”なんだからしっかりやってくれよ?
もう自力でベストプリンセスとかは諦めてるけどな、最後の年だし銀としては勝ちに行きてえから、少しでも貢献してくれ」

「うむ!時透も冨岡も愛らしいし大丈夫だろう!」
などと言う3年生組に、錆兎が

「うちの姫さんは世界で一番可愛いからな」
と、義勇に笑みを向ける。


それに義勇は少し戸惑ったように

「俺はたいしたことないけど……」
と言ったあと、ふとさきほど会った銀竜寮の姫君を思い出して
「でも…時透先輩はすごく…可愛らしい人だったな」
と言う。


別にひがみでも妬みでも自嘲でもなく、心の中にあるのはただただ感嘆。

可愛い物が大好きな義勇にとっては、無一郎はまさに“可愛い”と“綺麗”の塊で、むしろ彼の寮の寮生だったら幸せだったかもとすら思う。

それを素直に伝えると、錆兎は『確かに無一郎は可愛いよな』とそれに同意したあと、――でも…と、手を伸ばしてデザートのタルトを頬張る義勇の口元についたクリームを指でぬぐい、

「義勇の方が100倍可愛いぞ?」
と笑ってクリームのついた指先を行儀悪く舐めた。


――……!!!!

もう色々と言葉が出ない。
顔が熱い。

言われた事も恥ずかしいなら、義勇の口元についたクリームを躊躇なく舐めるのも恥ずかしいし、ぺろりと指を舐める錆兎の舌先がなんだか色っぽくて正視できない自分も恥ずかしい。

そんな真っ赤になる義勇も可愛いとさらに追い打ちをかけたあと、錆兎はまた手を伸ばしてきて、くしゃりと義勇の小さな頭を撫でまわした。


「まああれだ。
確かに無一郎は無一郎で可愛いんだけどな、別にそれを目指してくれってわけじゃない。

今日銀側の姫君達に会わせたのは、単にお前が今まで目指してたようにすべてにおいて完璧にじゃなくて、姫君にも色々なタイプがいるということをわかってもらうのに、それを実際に見てもらうのが一番手っ取り早いかと思っただけだ。

義勇は今のままでも十分可愛いし、とりあえず勉強トップじゃなくても体力なくても本当に無問題だし、少なくとも今年はベストプリンセスとかも目指さないでも構わない。

そうだな…今年の目標はとりあえず無理をしないこと、潰れないこと。

任期が3年もあるからな。
これは簡単なようでいて難しい最重要課題だ。
それでなくても外部生で寮生としても一年目。
慣れない生活でたぶん自分で自覚してるよりずっと疲れてるはずだから。

今年は俺が全部フォローする。
俺が側にいられない中等部の授業中とかは炭治郎にフォローすべき事を指示しとくしな。
疲れる事を極力せずに楽にすること。
お前が自分で努力しないとならない事はそれだけだ。

来年度、慣れてきて心身ともに余裕が出てきたらベストプリンセスを目指すのに必要な諸々を考えればいい」


ベストプリンセス…と言うのは、年度末にある副寮長のコンテストのようなものらしい。
それは以前、自寮の寮長である不死川から説明を受けたという善逸に聞いた事がある。


では善逸自身がそれを目指すのかと思えば、

――は?俺が?ぜぇぇ~~ったいに無理でしょっ!
ときっぱり否定。

その上で
「不死川さんもさ、俺じゃあ無理だって言うし、なんだかこの前の顔見せで気に入ったのかな?
義勇ちゃん応援しようぜ~って秘かに合意ができてるから。
そういうわけで、金狼寮はこっそり銀狼寮を応援してるからね」
と、何がそういうわけでなのかわからない、謎な論理を展開されたわけなのだが……

まあそれは聞くところによると年度末だからかなり先なのでどちらにしても今気にする事ではない。

それよりも今重要なのは目前に迫った『交流イベント』だ。



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