頼りの耳にしばらくは入って来ていた他の車の音が入って来なくなった時点で義勇は恐怖した。
すなわちそれはこの車が他の人間もいる街中を抜けて、人通りの少ない場所へと向かっていると言う事だからだ。
がたごとと車が揺れて、そのたびトランクの中であちこちにぶつかって痛い。
舌をかまないようにするのがやっとで、他の事を考える余裕がなくなったのだけが幸いだった。
そうしてしばらく揺られていたが、やがて車が止まる。
ばたん!とドアを開ける音がしたので、男が車を降りたのだろうと緊張に身をすくめた。
そして鍵を開ける音と開くトランク。
さぞや眩しいのかと思えば、そこは大きな納屋だったらしい。
むしろ薄暗い中で目を凝らした時、義勇は自分の悪寒の原因を知った。
サングラスをしていたとしても、これだけの距離でマジマジと見ればわかってしまう。
………父だ。
実に2年ぶりに見る顔。
恐怖で声も出ない義勇を担いで、父は無造作に引いてあるマットの上に降ろした。
ドサっと乱暴に落とされて、恐怖の目で見あげれば、父は義勇を見下ろしたまま言った。
──お前も俺を捨てるのかっ?!何故だ!!!
まるで正気とは思えないどこか血走った眼で、何か爆発したように叫ぶ父に義勇は恐怖した。
お前も?お前もって??
と、パニックになりかける頭で思って、一瞬後、ああ、祖母のことかと思い当たる。
思い当たったとしても、義勇に何ができるわけでもないのだけれど…。
──お前も男かっ?!男のために俺を捨てたのかっ!!!!
とさらに怒鳴られて、錆兎には素敵な恋人がいるのだからと思い出してずきりと胸が痛んだ。
そして、違う、違う…と泣きながら首を横に振る。
そうだったら良かったのに…とそんな感傷に浸れたのも一瞬で、次の瞬間、
──嘘をつけえええーーー!!!!
と叫び声。
ビリイィィ!!!!と伸びて来た手が義勇のブラウスを破り裂いた。
常軌を逸した力。
──この売女っ!!この服も男に買わせたのかっ!!!!!
怒り狂いながら服を破いていく父の恐ろしさに義勇は声も出せずに身をすくめる。
繊細なレースをふんだんに使ったそのブラウスは、義勇が最後に実家に荷物を取りに行った帰りに耀哉が買ってくれたお気に入りのモノで、この二年間大切に大切に着ていたものだ。
それでもあまりの勢いに身動き一つできない。
だが父の怒りはそれにおさまるどころか加速したらしい。
ブラウスの次はスカート。
ウェストのボタンが吹っ飛んでこちらも再起不能になる。
そこまではそれでも身じろぎ一つしなかった義勇だが、その手がなんと下着にまでかかった時、さすがに恐怖に悲鳴をあげて抵抗をした。
「いやあああーーーー!!!!」
と力の限り叫ぶと、
「うるさいっ!!!」
と、思い切り殴られて、ぐわんぐわんと揺れる頭。
そして目の前が真っ暗になり…義勇の意識は闇に沈んでいった。
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