オンラインゲーム殺人事件24_つわものたちの夢の跡(最終日)─我妻善逸の場合

もう…楽しみなことこの上ない。
仲間3人はもちろんのこと、オスカーとかもどんな顔をしてあのセリフを吐いていたのかみてみたい。

今までリアルでもここまで親しい関係を築いた相手もいなかったので、善逸は賞金云々よりも仲間に会えることが何より楽しみだった。





迎えにくる時間は11時となっていたので10時半からワクワクして自宅前で待ってると、ご立派なハイヤーがスッと自宅前に止まった。

「三葉商事からお迎えに上がりました」
と、背広の男がお辞儀をして後部座席のドアを開けてくれる。

そこにはすでに1人の男子高校生が乗ってて、善逸の姿を見ると
「おはよっ、善逸」
と手を振った。

もうなんというか、善逸がそうだったように、炭治郎もきっと自分を模してキャラを作っていたのだろう。
聞くまでもなく誰かがわかる。

ネットで彼を模したキャラに散々会っていたからか、どこか昔から知っているような、懐かしい気までしてくるのが不思議だった。

だから緊張することもなく、直接会うのは初めてなのに昔からの旧友のように互いに話がもりあがる。


「サビトとギユウもやっぱりキャラそのまんまだったら笑うよな」
と善逸が言えば、
「二人共そのまんまだよ」
と、炭治郎が断言するので
「…二人に会ったことがあんの?」
と、聞くと、
「う~ん…ない…かな。今は…ね
と、どこか不思議な答えが返ってきた。


そうしてそのまま二人でを乗せた車は都心の某有名ホテルに入って行く。

背広の男性に案内されてそのままエレベータで上に上がり、主催が用意してる広間についた。

中に入ると一番奥に壇上があって、広間の中央には丸テーブル。
それをグルっと囲む様に、食べきれないほどのごちそうの乗ったテーブルが並んでいる。

善逸達は一番乗りのようで、主催の会社の人間達以外には誰もいない。

「中央テーブルにかけてお待ち下さい。」
と、背広の男性がうやうやしくお辞儀をして下がって行った。

な…なんだかもうちょっとマシな格好してくれば良かったかな…。
と、そこで善逸は改めて思った。

夏だし暑いし…さすがにTシャツにジーンズではさすがにないが、普通のポロシャツにチノパン出来たのだが、すごい会場に妙に不似合いな気がする。

「どうした?善逸」
後悔してモジモジしてると、炭治郎がちょっと眉を寄せた。

「う…うん。もうちょっと…マシな格好してくれば良かったな~なんて思って」
善逸は頭に手をやって苦笑いを浮かべる。

「なんだっ、そんな事。それ言ったら俺も一緒だって。正装なんてもってないし…。
どうしてもって言われたら…制服くらい?
そう言って笑う炭治郎。

あ~…制服という手があったのか…。

「制服の存在…忘れてたよ…」
がっくりと言う善逸に炭治郎はきっぱり

「でも俺は制服クリーニング中だったし、制服じゃ祝宴のごちそうを思いっきり食えないと思うぞ」
と断言して、善逸もなるほど、と納得した。

「それもそうだよねっ」
…と、返した瞬間のことだ。
きっちりと制服で来た奴がいた…


背はだいたい同じな善逸と炭治郎よりも7,8cmほどは高いだろうか。
しかし上背よりはむしろ制服の上からでもそれとわかる鍛え上げられた筋肉とスタイルの良さが目を引いた。

剣道、柔道、空手の有段者というのは嘘ではないんだなというのが、本当に実感できるような体格で、その上の顔もゲーム上のキャラと同様大変よろしい。

そして…そんな美丈夫が着ている制服は首元を覆う白いスタンドカラーの襟に黒いクロスタイ、それに同じく黒いジレ。あとは手に私物らしいジャケットを持っている。

そんな制服を一部の隙もなしに着こなしている様子は、まるでモデルか俳優のようだ。

しかもその制服はそのデザインのかっこよさとそれを採用している学校のレベルの高さで有名なものだ。
学校の女生徒が騒いでいたので善逸も知っている。
私立海陽学園高等部…日本一頭の良い学校のものである。


マジかよ…と善逸は驚きのあまりぽか~んとほうけた。
いや、確かにゲーム内でも際立つ頭の良さを考えれば賢い学校に行っているんだろうなぁとは思ったが、よもや海陽とは思わなかった。



「サビト…制服で来たんですね」
と、もうそれはサビト以外の人間ではありえないだろうということで炭治郎が声をかけると、錆兎は軽く手をあげながら

「この規模の企業が用意する会場にTシャツにジーンズとかで来る度胸は俺にはないぞ。
とりあえず…制服ならどんな場所でもそれなりのTPOは保てるからな」
と答える。

「でも上着は私服ですか?」
「一応…この季節のホテルとかはクーラー効きすぎてる可能性高いが、制服の冬服のブレザーだとさすがに暑すぎるからな」
との会話に、もう突っ込む気すらしない。

うあ…もうさ、こういう場所来慣れてるのかよ?
もう…ほんっと今更なんだけどな、頭と顔良くて名門進学校の生徒で武道の達人…の後にもう一つお坊っちゃまって情報追加だな、そうなんだな…と、半ばやけくそに思う。


そしてその後ろからひょこっと顔を出す錆兎より一回り小さい影。

「…そいえばそうかも。
廊下はそうでもないけど、部屋の中ってちょっと寒いな」
小さな小さな声でおそらく錆兎に向かって言うその姿に、あれ?この子……と善逸はハッと気づいた。

こいつ彼女つきで来やがられたんですか?自慢かっ?自慢なのかっ?!
と思いつつも、まあ…自慢したくもなるだろうな…と納得する。

声は少し低めだが、サラサラの黒髪に真っ白な肌、それに驚くほど長いまつげに縁取られた涼やかな目が印象的な人形のような美少女だ。

このどことなくギユウにちょっと似た感じの連れに、錆兎は当たり前に
「俺言ってくるから、とりあえずこれ着とけ」
と、自分のジャケットをソっと羽織らせて壇上の方へと駆け出して行く。

彼女様はそれを見送った後、善逸達にふわりと笑いかける。

あーなんだかまじこの子ギユウに似てるな。
もしかして彼女様に似てるからギユウに甘かったのか~…と善逸が思ってると、隣で炭治郎がいきなり口を開いた。

「ギユウさんですよね?こちらでは初めましてですね。炭治郎です」

へ??
思ってもみなかった台詞にポカ~ンとする善逸。

でも義勇の方はそれを裏付ける様にホワンと笑みを浮かべ
「ああ。炭治郎もキャラそっくりで、すぐわかった」
と答える。

ま、まじかぁ!!
と、善逸は心のなかで絶叫。

まあ確かに錆兎と並んでいると感じなかったが、炭治郎と並ぶと確かに女の子にしては背が高い。

だが、
「言ってきた。ちょっと冷房弱めるって。
だけどまあすぐに変わらないだろうから、それまでそれ着とけ」
と、戻ってきてそういう錆兎との距離感と言うか、二人の間に流れる空気のようなものが、なんとなく男子高校生二人の間のものに見えない。

錆兎は義勇を席に促すだけじゃなく、当たり前に椅子をひいてやっているし…あ、でもそれってゲーム上でもいつものことだったか…と、思い直した。

とりあえず義勇を座らせた錆兎がその隣に自分も座り、錆兎とは反対側の義勇の隣に炭治郎、さらにその隣に善逸が並んで座った。

そうして落ち着くと、錆兎がパサッと善逸になにやら書類を投げて寄越す。
「何これ?」
ぺらぺらとそれをめくって、1億受けとったあとの税金関係から、よくある詐欺、起こりうる身の危険を避ける術まで事細かに記載されているそれに青くなる善逸。

「やだ、何?まだ俺だけ命の危険?!」
「いや…だから気をつける部分気をつければ…」
「いやぁぁあああ~~!!」
と、さすがにようやく殺人犯が捕まって全てが終わってホッとしたところにこれで、善逸は青くなって叫ぶ。

「ね、炭治郎、炭治郎がもらうってことでどう??」
「いや…魔王倒したの善逸だし…。だから不用意な事しなければ…」

「あ、義勇っ!お前どうよ?!1億よ?どう?!」
「…誘拐されるのはもう嫌だ」
と、悪意はないのだろうが、とどめを刺す義勇の言葉に、善逸は頭を抱えてしゃがみこんだ。

と、そんな騒動の最中に、またさらなる嵐が来たようで、扉の方からいきなりすごいハイテンションな女の子の声が聞こえてきた。

「あ~!サビトだよねっ?!
その制服って海陽学園の制服だよね?!
すっご~~い!!
おぼっちゃま&頭良い人だったのね~!!!」

ズダダダダ~っ!!!と音がしそうな勢いで、錆兎の隣の席にダイブしたのは、見かけは意外に普通のロングヘアの女子高生。

「もう、期待以上で超嬉しいっ!あ、でもネクタイちょっと外さない?
ついでに第2ボタンくらいまで外してくれるとすっごぃ嬉しいんだけど…。
写真撮っていい?」
錆兎の眉間にシワが寄った。

「炭治郎…席替われ…」
錆兎がそのまま炭治郎の所まできて、炭治郎の肩に手を置いた瞬間

「あああ!!!!そのままストップッッ!!!!!」
少女が携帯を構えて叫んだ。

パシっと焚かれるフラッシュ。
反射的に(?)避ける錆兎。
そのまま訳がわからず写真に写る炭治郎。

「チっ!」
……舌打ちする少女。
見かけはとても可愛いだけに、なんだかイメージが真面目に狂う。

「オスカーさん、やめておきましょうね。サビトさん引いてます」
その時少女と一緒に連れて来られたらしい大人しそうな少年が苦笑して少女の肩に手をかけた。

「ほら…座りましょう?」
静かに言って自分がまず錆兎の席の隣に腰を下ろし、その隣の席に少女を促す。
言われて少女は渋々そこに腰を下ろし、錆兎も自分の席に戻った。

落ち着いたところで、あらためて聞いてみると、女の方はやっぱりオスカーで男の方はなんとあのメルアドスルーのヨイチだった。

そして、オスカーことさつきの行動の理由は…単に自分の美少年キャラとサビトの美形キャラを絡ませてみたかったという…まあ腐女子的発想だったわけで…。
あんな殺伐とした殺人事件のさなか、そんな風にただ楽しんでいた人間がいたのはなかなか驚きだ。


そうしてなんとか全員落ち着いたタイミングで主催が来て、祝賀パーティーが始まった。



通り一遍の挨拶のあと、配られたジュースで乾杯。
続いて1億円の授与にはいるところで、善逸はシュタっと手をあげた。
普段の彼からは考えられないほどに真剣に…ピシっとそれこそ軍隊のように姿勢を正してまっすぐに手を挙げて宣言した。

「1億…パーティーメンバー4人で分けるべきだと思いますっ!
止めをさしたのは本当に偶然俺だったわけですが、パーティのメンバーの協力がなければ魔王は倒せませんでしたっ!」

…とここまではなかなか感動モノのセリフなのだが、続く

「だから魔王の呪いは全員で負うべきだと思いますっ!」
がすべてを台無しにしている。

「お前…なぁ」
あきれた錆兎の視線に、てんぱりすぎて色々わからなくなっていた善逸はようやく自分の失言に気付いて涙目になった。

「ま、間違いっ!魔王の呪いは間違いっ!勇者の栄誉でしたっ」
「………」
「だ…だって俺だけ今後も殺人事件の渦中に取り残されちゃうわけ?!」
フルフル首を振る善逸。

その後も泣きわめく善逸の主張を撤回させるのは困難ということで、賞金の権利者の意向を尊重するという名目で、結局パーティメンバー4人で賞金を分けるということで落ち着いた。


主催の側の司会者がうなづくと、係の人間が消えてやがて黒い漆の箱を持って戻ってくる。
そこで順番にキャラ名を呼ばれてそれぞれ額面2500万の小切手を受け取った。

まあそれはまだ一枚の紙切れなのだが…このために5人もの人が殺されたと思うと、善逸には手にある紙切れがなんだか呪いの品みたいに思えて怖くなった。
隣では炭治郎がやっぱりそれを凝視している。

そんな中で、

「じゃ、そういうわけでっ」
という声と共に、いきなりビリビリっと音がした。

へ??
音にまずびっくりして顔をあげて、音の方に目を向けて音の原因にまたびっくりした。

錆兎が…もらったばかりの小切手をビリビリに…
本当にもう粉々くらいの勢いでビリビリに破いている。
最後に2500万の小切手の紙吹雪を掌に乗せて、フゥ~っと吹き飛ばした。

ヒラヒラと舞う小切手の紙吹雪。
呆然とする主催側。

そりゃそうだ…なにしろ2500万だ。
とてつもない大金である。

「あ…あの…」
言葉がない主催側の司会者を錆兎はビシッと指差して
「ふざけんなっ!」
と言う。

「国家レベルの影響持つ大企業だかなんだか知らないがお前達のくだらない保身のせいで、俺の仲間は死ぬとこだったんだ!
俺はそんな仲間の危険を放置した企業の金なんか受け取る気はないっ!」

「うあ…サビト、カッコいいっ!!!」

それだけ言ってクルリと背を向けて席に戻る錆兎にオスカーが拍手喝采を送る。

「あ~でもそれは俺の主義にすぎんからっ。お前らは迷惑料にもらっとけよ」
ストン!と椅子に座ってそういう錆兎。


そうは言われても……
小切手を持ったまま硬直してる善逸と炭治郎の横で、

「そうだな。お金に罪はない」
と、あっさりのたまわる義勇。

この空気の中その言葉が出て来るのがすごいっ!
と、善逸がこれはこれで驚いていると、

「というわけで、これお願いします」
と、義勇は主催に小切手を差し出した。

へ?
小切手をいきなり差し出された主催の司会者はポカンと口を開けている。

「俺は(錆兎が居るから他には何も)要らないし、必要な人間に使ったほうが良い。
だからユニセフにでも寄付してください」
ほわほわと微笑みながらそれをさらに差し出す義勇からコックリとうなづいて恐る恐る小切手を受け取る主催。

そんなそれぞれすごく”らしい”幕のひき方に感心しながらも迷う善逸に炭治郎が小声で呟いた

「善逸も…たぶん俺と同じ事考えてる…よね?」
「…うん…たぶん…」

善逸がそう返すと、炭治郎は善逸を一歩前にうながして自分もやっぱり一歩踏み出すと主催に小切手を差し出した。
善逸も打ち合わせたわけでもないのに同じ行動をとっている。

「俺達は…別に良識とか人類愛とかそんな立派なものじゃなくて…
単に身の丈に合わない大金を意味もなく手にしちゃうのがすごく怖い事だってわかったので…」
善逸の気持ちをも代弁してくれている炭治郎の言葉に善逸も続ける。
「でも捨てちゃうのもなんなので、俺達の分もユニセフによろしくお願いしますっ!

二人揃って小切手を差し出しながらピョコンとお辞儀をすると主催は驚いた顔のまま、それでも小切手を受け取った。



「ま、これで全員の顔も見たし、言うべき事もやるべき事も終わったんで、俺は帰るぞ!」

善逸達のその行動を見届けたところで、錆兎が立ち上がった。
そのまま扉に向かいかける錆兎。

その時壇上に一人の老人が上がって
「待ちたまえ」
と声をかけた。

ピタリと足を止める錆兎。
善逸を始め、参加者全員が一斉にその老人に注目する。

「このゲームの主旨を聞かないで帰ってもいいのかね?」
老人の言葉に錆兎は大きくため息をついた。

「圧力とか大人の事情とか大好きそうだから、ガキには言う気もないと思ってた。
一応説明する気はあったのか」

錆兎の皮肉に顔色も変えず、老人は

「言わないと意味が無い。まあかけたまえ」
とうながす。
その言葉に錆兎は仕方なく再度腰を下ろした。

全員また席についたところで、老人が軽くうなづくと司会はお辞儀をして壇上から去る。

「まあ自己紹介から始めよう。
この企業のトップ、葉山総一郎だ。
68歳妻は5年前になくなり、子供なし…と、ここまで言えば何を言いたいのかわかるかね?」
なんか妙に面白そうな爺ちゃん…と善逸は思う。

「知るか。養子を探してるとでも言いたいのかっ」
錆兎が吐き捨てる様に言うと
「おお~!正解だっ!賞金でも出すかね?」
と、手を叩いた。ノリの良い爺さんだ。

「ふざけるなっ!言う気ないなら真面目に帰るぞ!」
からかわれたのが勘に触ったらしく立ち上がりかける錆兎に
「まあ待て。まずその短気を直さんと人の上に立てんぞ」
と、ゆったりとした口調で老人が言った。

「誰も冗談でいってるわけではない」

いや…充分冗談に聞こえるよ、じいちゃん…
という善逸の心の声はおいておいて、腰をあげかけた錆兎がまた座り直した。

「で?冗談じゃないとすると、それがこのくだらないゲームとどう関係するって?」
「聞きたければ中座しないで欲しいんだが?」
「……わかった、続けろ」
ムスっと錆兎が返すと、老人は話し始めた。

「結論から言うとさっき言った通りだ。
私には子供がいないのでこの企業を背負って行く跡取りを捜している

ただし誰でも良いというわけではない。

この企業は元々江戸時代の商家から始まって今に至るまで代々血族が引き継いできた会社だ。
私の代でその血筋を絶やすのは非常に心苦しいのだ。
だから私の直系でなくてもいい。
遠縁でもなんでも一族の血を引く者に継がせたいと思っている。

では一族の血を引く者なら誰でも良いかと言うと、それもそうとも言えない。
一商家だった江戸時代とかならともかく、今や日本を代表する大企業だ。
当然それを率いて行ける器というものが必要になってくる。

金に惑わされず、常識にとらわれず、目先の危険を見逃さずそれでいて他人を率いて行ける人材。
そういう人材が欲しいのだ。

もちろん実際に跡を任せるまでに社長に必要な知識というものも教え込まないとならないから、なるべくならまだ若い者がいい。

ということで、もう気付いていると思うが、君達がそのどこかで一族の血が入っている跡取り候補の若者だ。
そして多額の賞金という餌を下げ、情報が全くと言ってない先の見えないゲームの中で、目的に向かって進む仮定での行動からその可能性を観察させてもらう事にしたという訳だ」

「…ふざけるなっ!そのために5人も死んでるんだぞ!」
錆兎がバン!とテーブルを叩くが、老人は相変わらず冷静な様子で壇上からそれを見下ろした。

「その目先の危険をなんとかクリアできた人間だけがここに集まっているという事だ」

それも…計算のうちって事…なんだ…と、なんだかすごく怖い事にまた巻き込まれてる気がして震えだす善逸の手を、テーブルの下で炭治郎がギュっと握ってくれる。

「もちろん必要なのは一人で…その一人が誰なのかは生き残った参加者全員がわかってるとは思うんだがね…」

まあ…確かに…。
俺とかに社長になられても困るのは確かだよね。
と、善逸は納得する。

全員の視線が自分に向くのに、錆兎は顔をゆがめた。

「俺はごめんだぞ。こんな薄汚い企業の片棒担ぐなんてまっぴらごめんだっ!」
「汚い…か。確かにある程度黒を白にすることも逆にする事もできる力があるが…
その力を行使するか否かの選択ができるぞ、上にいれば。
今回思い知らなかったかね?末端にいれば不正を不正と知っても拒絶する権利すら与えられない。
止められる悲劇も止める術を持てないということだ」

「………」

「まあ…考える事だ。私はとりあえず80までは生きようと人生設計してるから…
社長修行につきあってやれるのは75くらいまでか。時間はあと7年ある。
一ヶ月に一度は連絡をいれるから考えておいて欲しい」


こうして不穏な空気のまま解散。
近場のファミレスに場所を移動する。


当たり前に義勇を奥に座らせて、メニューは当然先に渡し、注文が終わると当たり前に義勇の分のドリンクもいれてくる。

注文したものはなぜか全部義勇の前で、義勇が楽しげにおそらく自分が好きなものを好きな分だけ食べた残りを錆兎が食べる。

ついでに口が小さいからだろうか…食べる時にやたらとクリームやらなんやらを口の端につける義勇の口元を紙ナプキンでふいてやる。

ここまでが流れるように行われるのを見て、この二人、一体何なんだ?と思いつつも、善逸は自分でいれてきたコーラをすすった。

「で?錆兎はどうするんです?」
と、そんな2人の様子を微笑ましげに見ながら時折義勇に

──義勇さん、美味しいですか?
などと聞いていた炭治郎が、今度は錆兎に視線を向けて言った。

「どうもしないぞ?俺はクソジジイの戯言に付き合うほど暇じゃない」
と、それに錆兎が断言する。

「俺は一応大学出たら親と同様、警察庁のキャリアを目指す予定だしな」
「すごいですね。俺は長男だからたぶん家業のパン屋つぐことになるかな。
義勇さんと善逸は?」

と、聞かれても高校生でそこまで将来を考えている方が善逸には驚きだ。

「俺は…錆兎が一緒ならなんでもいい」
と、本当に何でも良さそうに答える義勇の方がまだわかる気がする。

「俺もまだ何も考えてないかなぁ…
でも爺ちゃんと二人暮らしだから、早く稼げるようになって爺ちゃんに楽させてやりたくはある」
と、答えると、なんと3人ともから

「「「偉いな」」」
と、返ってきてびっくりする。

そんな事言われたのは初めてだ…というと、

「いや、普通に偉いだろ。
俺は父は尊敬はしているし意志は尊重したいとも思ってはいるが、関係からするとしてもらうばかりで、何か返せる気があまりしていない」
と、錆兎から、再度、──善逸は偉いな──と言われてなんだかむず痒い気になってきた。

そこで
「まあ…でも俺は少なくとも警察官になったりパン屋になったりはないと思うし、学校も違うから、みんなバラバラになっちゃうんだな。
1ヶ月近く毎日一緒に過ごしてたからなんだか寂しいな」
と、話を微妙に反らせると、それにも錆兎が

「そうだな…これだけ毎日一緒に濃い時間を過ごすことってあまりなかったしな…」
と、応じる。

善逸が錆兎とそんなやりとりをしている間も、炭治郎は錆兎の隣の義勇にニコニコと笑みを向けて、

──義勇さんは、これからも錆兎と一緒なんですね?
──…ああ。
──良かったですね。ずっと一緒に生きていけて本当に良かったです

などと話かけている。


正直善逸にとって義勇はとてもわかりにくい。
キーボードが苦手以前に、実際会っても結構無口だと思う。

だが、炭治郎はなんだかわかりあってるよなぁ…と、そこは不思議に思った。
善逸が合流する前に、2人で何かあったんだろうか…

まあ善逸自身も、錆兎や義勇とはそんな感じはしないのだが、炭治郎にはなんだか懐かしいような感じを覚えるので、相性というものがあるのかもしれないが…

「俺は…善逸とも錆兎と義勇さんともまた会いたいと思ってますよ。
幸せに生きている皆にまた会いたいです」

と、そのあと善逸と錆兎の会話に入ってきた時の言葉もなんだか変わっているな…と、思ったが、

「そうだな。高校生でいるうちは生活時間や休みの日程もそう大きく変わらんし、皆で連絡先を交換して、今度は平和に旅行でも行くか」

と、錆兎の提案で全員連絡先を交換しあって、その日はそのまま別れることにしたのだ。
連絡先を交換していても、おそらくまた会うことは早々ないだろうな…と思いながら…。

が、そんな事を思っていたのに、その後、こんなに境遇の違う4人が、ただの友人知人ではありえないレベルで関わることになろうとは、この時善逸は夢にも思っていなかった。




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