もっと・現在人生やり直し中_新米隊員の夢と目覚め

目の前に広がる光景はまさに地獄だった。
前世では直接見ることはなかった光景……

錆兎が血に染まる。
その温かい血が自らの額に頬にと降り注ぐ感覚…

そして…気が狂いそうな絶望感…


全て自分が悪いのだ…と、死にたくなるような自己嫌悪の中で義勇は思った。
弱い自分が悪い。

お前には無理だから逃げろと錆兎に言われた。

それでも一緒に死にたいのだ…と、留まったら、このざまだ。
錆兎は自分をかばって血だらけになった。

赤い血と共に命が流れ出ていく。
誰よりも強く…誰よりも生きるべき錆兎が、道端にころがる小石ほどの価値すらない自分なんかのために、その生命を散らそうとしている。

共に生き、共に死ぬのが夢だとは口にしたが、共に生きられれば死ぬのは自分だけでも構わなかったのだ。

錆兎のために死ぬなら構わなかった。
喜んで死ねた。
なのに…なのに……いま血を流しているのは何故錆兎の方なんだ…


そこで義勇はパチリと目を開けた。

見えるのは白い天井。
手も足も身体も痛みは全くない。
自由な両手を目の前にかざして確認して、それから半身身を起こして左右を見回す。

1人きりの個室…自分の他は誰もいない。
こんな静けさは、嫌な思い出を蘇らせる。

あの時は布団で…今は寝台の上だが、この静けさには覚えがあった…
心臓がえぐり取られるような痛みを感じる。

いやだ…またあの心を引きちぎられるような体験をするくらいなら、今この場で死んだほうがマシだ。


──…さびと……さびと…さびと、錆兎っ!!!

義勇は狂ったように泣き叫んた。

またか?また自分はやってしまったのかっ?!!
また自分の弱さのせいで、錆兎を1人で死なせてしまったのか?!!!


泣きながら寝台を飛び降り、裸足のまま廊下に飛び出す。
脳内は混乱しすぎてどうして良いかわからず、悲しくて苦しくて、呼吸すらままならない。

それでもしばらくは走り続けたが、やがて目の前が暗くなって立ち上がることすらできなくなり、義勇は廊下に膝をつくと、ゼイゼイと反射的に吸えない空気を取り込もうと口を開けた。

と、その時だった。

「…逆だ。少し我慢しろ」
と、いきなり後ろから手が伸びてきて、義勇の鼻から口元にかけてを覆う。

「まず息をゆっくり吐き出せ。
吐き出しきったら今度はゆっくり吸う。
とりあえずそれを繰り返しな」

そう言われるままに従うと、だんだん空気が体内に取り込まれ始めて、それを察知したのか、義勇の口を塞いでいた手が外された。

「お嬢ちゃん、病人か?
部屋に戻れ。手を貸してやる」

後ろから響いてきたのは、若い男の声だった。
しかし誰…と確認するという気も起きないまま、義勇はまた泣き出す。

「…錆兎が…っ……さびとっ……」
と訴えるようにそう繰り返す義勇に、男は後ろから前へと回り込んできて、義勇の顔を覗き込んだ。

どこかで見たような整った顔立ち。
だが見覚えがない気もする。
まあどちらだとしても構わない。
錆兎以外どうでもいい。

そんな義勇を前にして男は一瞬考え込んで、
「あ~!お嬢ちゃん、新しい水柱のお坊ちゃんの女か?」
と、義勇の腕をとって立ち上がらせた。

そして
「入隊直後に柱なんて派手なことやらかす男はひと味違うな。
13ですでに女付きかよ。
ま、いっかぁ。柱なんざ派手なことにこしたこたぁねえ。
俺も顔見ておきてえからな、そこらの姉ちゃんに病室聞いてみようぜ」
と、義勇の返事も聞かずに男はそう言うと、義勇の手を掴んで歩き出す。

正直、男が言っていることは半分も理解できない。
でも重要なのは唯一つだ。

病室…ということは、錆兎も生きていたのか…と、とりあえずその一言に心の底から安堵する。
錆兎が生きている、そのことさえ分かればあとはどうだって良い。

だから義勇は止まらぬ涙を拭いながら、男に手をひかれるまま、廊下を男について歩いていった。


「まあ、あれだ。
御老体の柱のジジイたちからすると、期待の新人らしいからな。
医療班が絶対に死なせやしねえから安心しな。
いま最高の治療受けさせてるからよ」

歩きながらそう言う男にポンポンと軽く頭を撫でられて、義勇はこっくりと頷く。


そうか…そうだよな。
錆兎はやっぱり皆に期待されるような男だもんな。
自分にとってだけじゃない、みんなにとって大切な存在なんだ。
そう思うと嬉しくなった。


しかし続けて、

「ま、あれだ。
これからは若者組っつ~ことで、俺との出動も多いだろうし?
新人のお坊ちゃんは、お嬢ちゃんの涙に免じてこの祭りの神の宇髄様が派手に守ってやるから、大船に乗った気でいろよ?」
と、そう言われて、義勇はハッとする。

「…宇…髄?」
「おう、半年ばかり前に音柱を拝命した宇髄天元様だ」

そう言う男は、義勇の知っている宇髄よりもだいぶ若い…
というか、今の義勇達に比べればだいぶ大人には近いものの、まだ若干少年ぽさも残した綺麗な青年で、トレードマークの石の入った額当てと派手な化粧がなかったので、気づかなかった。

まあ、義勇以外の柱がいたら顔立ちで気づいたのだろうが、前世の自分は本当に人の顔の違いなんてたいして気にしていなかったのだと思う。

そうか…宇髄はもう柱になっていたのか…と、一応情報としては思うものの、それについては何の感慨もない。
正直、宇髄の現在がどうであろうと全然構わないから、とにかく錆兎の様子が知りたかった。

義勇がそんな事を考えている間に、宇髄はちょうど通りがかった医療班の女性に声をかけている。

しかし
「好奇心で怪我人見物にこないでくださいっ!
宇髄さん、自分も治療の途中じゃないですかっ!先生カンカンですよっ!!」
と、怒られて、あっさり面会を拒否されたらしい。

すると宇髄は、はいはい、と、わりあいと簡単に引き下がりながらも、ちらりと義勇に視線を移した。

そして
「あ~、じゃあ俺は柱の顔見せまで待つことにするけどな、あのお嬢ちゃんは会わせてやってくれねえか?
うちの可愛い嫁たちもそうだけどな、惚れた男が寝込んでたら、看病したくなるのが女ってもんだろ」
などと言う。

そう言えば…さきほどから宇髄はやたらとお嬢ちゃんと口にしているが、そのお嬢ちゃんとやらはどこにいるのだろう…と義勇は不思議に思ってあたりを見回した。

まだ狭霧山から出てきたばかりだというのに、もう錆兎を想う女性がいるのか…
さすが錆兎だ。やっぱり強くてかっこよいだけじゃなくて優しいし、完璧な男だからだな。
でもそれなら自分は遠慮したほうがいいのだろうか?
本当はすごくすごくそばに居たいのだけど……

そんな考えが脳内をくるくる回る。

よもや自分がその”お嬢ちゃん”と呼ばれている人物だとは思ってもみない。


ともあれ、宇髄にはずいぶんとキツイ言い方をしていたその医療班の女性は、
「はいはい、わかりました。
宇髄さんはご自身の治療をしてきてくださいな」
と、宇髄を追いやると、義勇ににこりと微笑んで

「じゃあ、行きましょうか」
と、手招きをしてきた。

そこで義勇はまた、宇髄が言っていた”お嬢ちゃん”は放っておいて良いのだろうか?とは思うが、見渡す限りにはそういう影は見えないし、まだここにはついていないのかもしれない…それならそれまでなら自分がいてもいいだろうか…
そう思ってイソイソと彼女に駆け寄って、錆兎の部屋に案内してもらうことにした。



こうして今度は女性に案内されて廊下を歩く。

そして部屋の前までつくと、

「まだ意識が戻ってないから、静かにね。
私はまだ仕事があるから、何かあったら呼んでちょうだいね」
と、案内してくれた医療班の女性は何故か義勇の頭をひと撫でして仕事に戻っていった。

子ども扱いされているな…と思うものの、…鬼殺隊の隊員としては13歳というのはおそらく最年少くらいで、しかも義勇はあまり体格が良いとは言えないので、彼女たちからみると十分子どもに見えるのかも知れない。

そう言えば狭霧山では真菰くらいしか女性がいなかったので、大人の女性がそばにいるというのは久々だし、ましてや女性に頭を撫でられるなんてさらに久しぶりなので、少しくすぐったい気がする。

錆兎なら男が頭を撫でられるなんて…と渋い顔をしそうだが、義勇は蔦子姉さんによく撫でてもらっていたので、なんだか懐かしさで心が少しほわほわした。




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