目の前で命が消えて行く絶望感…フェリシアーノは確かにそれを知っていた。
目の前で血だまりを作っている少年の色素の薄さは、遠い昔に失った大切な彼を思い起こさせる。
流れる血、そこにすがりついて泣くのは今は自分ではないけれど……
行動しなかった後悔は一度きりでいい…
「ルート!」
フェリシアーノは固い決意を持って自分の横に茫然と立ち尽くすルートを振り返った。
「俺頑張ってみるけど、俺じゃ無理だから…すぐ城にむかってエリザさんに言って。“ブレスレットを外すから鍵頂戴”って。そう言えばわかるからっ」
「エリザ!フェリからブレスレットを外すから鍵を渡すようにと言いつかってきたんだが」
弟に半ば命令されるように追い出されて、徹夜で馬を走らせて城に戻れたのは翌日の早朝。
ルートはフェリシアーノに教えられた抜け道から城内にこっそりもぐりこんでフェリシアーノの私室に忍び込んだ。
そこでこれまたフェリシアーノから預かった犬笛を吹く。
それは人間の耳には聞こえなくても、エリザが常に連れ歩いている彼女の犬がしっかり音を聞き取って、フェリシアーノが彼女を呼んでいる事を伝えるらしい。
バタン!と乱暴に開くドア。
おそらく一晩中必死に自分とフェリシアーノを探していたのだろう、顔色をなくしたエリザが駆け込んでくる。
ドアを閉めてまずルートの姿を認めたエリザはホッと安堵の息を吐き出し、その後何かを探すように周りを見回す。
「フェリシアーノならここには居ない。お前に伝言を伝えろということだ」
と、そのルートの言葉に少し険しい表情のまま、エリザは
「フェリちゃんも……無事なのね?」
と確認をする。
「ああ、無事だ。すまない。
俺がどうしても気になることがあって城を出るのに付き合ってもらって、まだ出先にいる」
「そう、緊急事態とかじゃないなら良かった」
エリザは護衛役として今回の行動には色々物を申したいだろうが、今はそれを飲み込んでとりあえず二人の無事に安堵のため息をついた。
しかし心底ほっとした顔をしたエリザは、続けてはかれた冒頭のルートのセリフでまた青くなったのだった。
フェリシアーノのブレスレット…その言葉で、いつも強い意志を持って迷いなく物事に臨む彼女にしてはひどく戸惑ったように視線をさまよわせ、最後にさまよう視線をルートに向けて口を開く。
「それは…そうする事でどんな事態を引き起こすかわかっていってるの?」
迷った末の確認のような視線に、ルートは眉を寄せた。
「…いや、何が起きるんだ?
俺は言われた通りに伝えてるだけで、何も知らない。
ただ…お前が拒否するようなら、“皇太子として”命令してでも従わせろと…フェリシアーノが…」
と、珍しく歯切れ悪くモゴモゴと口ごもるルートに最後まで言わせる事もなく、エリザはクルリと反転してドアを開けた。
「私も行くわ。だめとはいわないわよね?」
顔だけ振りかえって、これが本当に最終確認とばかりに言うエリザに、ルートは頷く。
それを確認するとエリザは無表情にうなづいて、部屋の外へとルートをうながした。
「皇太子殿下が所用で少し出かけられるので、随行します」
エリザは門番にそう言って門を開けさせる。
どうやらルート達がこっそり城を抜け出したと言う事は極秘事項とされていて、一部の近衛兵しか知らないらしい。
余計な事を言わないでよ?…とばかりにエリザが目配せをするので、ルートは素直にうなづいた。
なにもかもがわけのわからない事だらけだが、今回ばかりは今の状況を打開できるなら、出来る限りの努力はしようと思っている。
いや、出来る限りではまずい。出来なくてもやらなければ…。
ルートだってこんな事になるとは思わなかった。
ただギルベルトが…兄が心配だっただけなのだ。
よもや自分の行動が彼を追いつめる事になるとは、本当に想定外、間違っても望んでいたことではなかった。
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