夜にはルートのお披露目を兼ねた夜会が開かれるため、クリスマスの昼間、最後の二人きりの食事。
その時、宮廷なんて帰りたくないとごねるルートに夜会に出るよう説得したのは自分だ。
「俺様はお前を立派な国王になるように育てたんだ。
確かにご都合でうちに放り出したように見えるかもしれねえが、そのおかげでお前が立派に育ったのは確かだろ?
俺様が育てた成果ってのを王宮で見せつけてこい。
その上で見限りたくなるような場所だったら見限って戻ってくればいい。
それで国に居にくくなったら、今度は傭兵としてのノウハウを仕込んでやるから、二人で大陸にでも渡って傭兵やって生きていこうぜ」
そんな日がくることはない…そうわかってはいたが、そう言って送りだした。
大人の事情というものがわかった頃からは、ずっとルートはいつか手放さなければならない相手で、その時には立派に1人でやっていけるような人間にしてやろうと思いながら育ててきたのだ。
だからギルベルト自身も割り切れていたし平気なはずだったのだが、意外に平気ではなかっったらしい。
立派になって戻った跡取りを取り囲む、国王である祖父、夫亡きあと1人残った息子を心ならずも手放した母親、ルートが父親とともに亡くなったことにしていた間その跡取りの座を仮扱いで温めていた従兄弟、そしてルートが戻れば護衛として付く事になっている従姉妹。
みんながその帰還を喜んで笑顔を浮かべるのを微笑ましそうに見る貴族達。
手放しで歓迎されて帰還を祝われて、表にはださないもののルートが喜んでいる事は、赤ん坊の時から彼を見てきたギルベルトにはよくわかった。
この瞬間ルートは完全に自分の家族ではなく、現国王一家の家族に戻ったのだ。
満足だったはずなのに…これを望んだはずだったのに、ギルベルトはどこか胸の中にぽつんと穴が開いてしまったような感覚に見舞われた。
おそらく…暇だからいけないのだ。
ルートを育てるという目標が達成されてしまったいま、次の目標がないから、気が抜けてしまっているだけだ。
そう思いつつ、ギルベルトは何故か居た堪れない気持ちで早々にその場を辞した。
それから何回か招かれて城にあがる事はあったが、もちろん別にギルベルトに対するルートの態度が変わる事はなかった。
だが、ルートはもう自分の家族だった、ギルベルトが守り育ててやらなければならなかった弟ではなく、国王一家の家族で、未来の国王陛下だ。
城へいくたびそんなことを思い知らされた気持ちになり、ギルベルトは次第に城に足を向けなくなった。
そんなギルベルトを心配してか、ルートはたびたび手紙をよこす。
何かを振り切るように渡り歩いては剣をふるう戦場でも何度も手紙を受け取った。
不器用を絵に描いたようなその文章に、一緒にいた頃から感情を表現する事が苦手だった彼の精いっぱいの親愛の情があふれているのは、ずっと彼を育ててきたギルベルトにはもちろん感じられたが、どうしても王都に戻って城に足を向ける気にならない。
しかしそれでも諦めることなく、心配と親愛を詰め込んだ手紙は届けられ続けた。
そしてルートが城に帰って一年、王や王妃や母など身内だけで過ごすから一緒に食事をと言うクリスマスの招待状も、数日前にルートがわざわざ自分自身がお忍びで城を抜け出して持ってきたのだ。
もちろんまだルートに特別に大切な人間と認識されている事は素直に嬉しかった。
でも“本当の家族”に囲まれたルートを見て、“元家族”であった自分がその場にいるのは、もうおかしいだろう。
そんな気持ちになってギルベルトは東部の戦場に出向く事を理由に断った。
「クリスマスなんだし、兄さんがわざわざ行く事はないのではないか?」
と、眉を寄せるルートに
「そのクリスマスにまでこの国のために命かけて戦ってくれとる兵がいるわけだしな。
俺様も王族に連なる騎士としてはやっぱそこは押さえとかないとな。
民と共にあるというところを王族が見せるってのは人心掌握としては上策だと思うぜ」
と、飽くまで“元兄”の態度で言ってみせれば、“ギルベルトはそういう人間”と思っているルートは他意はないのだと納得してくれる。
「さすが兄さんだな。
常に先を見据えていてぬかりがない。
しかしせっかく自分のための時間をとれるようになったのだから、少しはゆっくり休んだらどうだ」
と心配を含んだ口調で言いながらも残念そうに城へ帰って行った。
ということで…言ってしまったからにはと東部地区に赴く。
王族用の立派な建物を避けて、あえて借り上げた商人の別荘。
二人が住んでいた王族にしてはささやか過ぎる邸宅に似たその建物に着くと、ついついクリスマス用に一人で食べるには多すぎる量のご馳走の用意を頼んでしまった。
もうルートはいないが、こんな家で食べればちょっとあの頃の気分に浸れるかもしれない…ただそんな理由だった。
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