生贄の祈りver.普英_12_10完

「…悪い…ごめんな?
こんなんでめちゃくちゃ嬉しいなんて俺最低な奴だよな。
本当に最低なんだけど…でも側にいてくれ。
放してはやれねえけど、欲しいモンあったら何でも手に入れてやるし、アルトが気になるなら俺が王の間はもう取らねえから。
もううちの国もでかくなってるし、そんなんで脅すよりは踏みつぶした方が早いしな」

「ギル…踏みつぶすとかって…なんだか不穏な事言ってないか?」
「そうか?本当の事だぜ?
俺本来は外交より戦闘の方が得意だしな」
にっこり爽やかな笑顔と裏腹にえげつない発言。

「アルトさえいてくれれば他はどうなってもかまわない。
世界滅亡させたってもいい。
お前が望むなら、ここら中の国全部つぶして進呈してやってもいいぜ?」
「それ…冗談にならない…」
「当たり前だ。冗談で言ってないから。
小国一つくらいつぶしてそこいっぱい使った広い庭付きの城建てたってもいいぜ?」
「やめてくれ…俺はここでも十分すぎるくらいだから…」

「お姫さんがそう言うなら」
ギルベルトはそう言ってアーサーの左手を取ると、ちゅっと指先に口づける。

「アルトが生贄なら俺はお姫さんだけに仕える忠実なしもべだ。
欲しい物、して欲しい事、なんでも言ってくれ。どんな事でも叶えてみせる」

「…こんなに何でもあったら…これ以上なんてないだろ…」
エリザは正確にアーサーの好みを押さえていて、何もかもが心地よいように整えられた空間で、自分だけを見てくれるというギルベルトがいる。
これ以上何を望めと言うのだろうか…。

アーサーがそう言うと、
「本当に何もないのか?」
とギルベルトがちょっとがっかりしたように眉尻を下げた。

自分の言葉で一喜一憂するギルベルトに、まるで本当に愛されているようだ…と、内心嬉しくなるアーサー。
本当は身の程知らずな思いなのかもしれないが、自分はずいぶんこの大国、鋼の国を体現するような強くでも優しい男が好きなようだ…と思う。

ああ、そうだ…
「じゃあ…一つだけ……」

他の人質には当たり前に与えられたかもしれない…が、自分はまだ与えられた事のないもの……

「…キス…してほしい…」
言って、王の真っ赤な瞳を見上げると、
「ちょ…自分それだめだろ…反則だ…」
と、ギルベルトの顔が一気に真っ赤に染まった。



遠い昔…小国だった鋼の国を一代で大国に押し上げた王がいた。
そしてその時代、鋼の国の後宮、東の塔には王の唯一の妃が住んでいたらしい。
それは、王がお気に入りの少年を亡くしてひどく嘆き悲しんでいた時に庇護国である小川の国の王が進呈した娘。
傷心の王は心にあいた穴を埋めるべく、そのたった一人の妃に溺れて行った。
しかし鋼の国にとっては幸いなことに、娘が無欲で賢明な娘だったため、王をよく導き、国は栄えた。
妃として唯一足りない点として、娘は男児を生むことはなかったが、王は他に妃を取る事はしなかった。
自身の甥を跡取りとして定め、、その後も国はますます栄えて行った。
そして…時がすぎ、王が老いて死を迎えると、王のたっての願いで王は地上の墓には入らず、海へと還っていった…。
不思議な事にその後、女官がそれまで誰も足を踏み入れる事を許されなかった後宮を訪れた時には、妃の姿はどこにもなく、ただ膨大な量の見事な刺繍が残るのみだった。

今は昔の物語……。
幻のごとき真実を知るモノは、今はもう誰もいない。

【完】




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