「アオイ~、なんだか花が置いてあるわよ?」
と声をかけてくる。
その声に呼ばれて行ってみると黄色い花が置いてあった。
差出人不明…。
添えられたカードにはただ”あなたに恋するファントムより”とだけ書かれているが、当然覚えがない。
というか…フロウじゃあるまいし、自分なんかに恋するなんてユートくらいだ、とアオイは思った。
それにしてもこんなのユートらしくはないわけだが…それでもアオイはユートに電話をする。
『もしもし、昨日はお疲れ~。どうしたん?』
普通に出るユート。
花の送り主とは違うのだろうか…。
「えっと…花贈ってくれたのってユート…じゃないよね?」
アオイが聞くと
『花?!どういうこと?!』
と、電話の向こうからはユートの焦った声。
「えっとね…実は今うちの家の前に私宛に花が届いてたわけなんだけど…差出人不明で…」
と、カードの事も含めて説明するアオイ。
「フロウちゃんじゃあるまいしねぇ…私にそんな事するのって他に考えられなかったんだけど」
不思議そうに言うアオイだが、対するユートの頭の中では不穏な想像がクルクル回っている。
まさか…昨日誰かがアオイを見て一目惚れ?
フロウくらいになると一般人じゃ無理なのは一目瞭然なわけだから、普通に可愛いアオイが目をつけられたのか…これは…コウに言って取り締まってもらわないと…。
冗談じゃない冗談じゃない冗談じゃない!
普段の冷静さはどこへやら、焦るユート。
そして電話を終えると、アオイはフロウに、ユートはコウにそれぞれ電話をする。
アオイとフロウの電話。
突然届けられた差出人不明の花、そしてカードの事をアオイが話すと、
『そんな事が~。アオイちゃん可愛いですもん。きっとコウさんの学校のどなたかが一目惚れなさったんですね~』
ヒロイン役の声優のような…ありえないくらい可愛らしい声でおっとりとそう言うフロウ。
これだけの美少女に可愛いと言われても、あまり説得力がないとアオイは思う。
だがまあそれは置いておいて、アオイは話を続けた。
「でもさ~、差出人の名前ないんだよ?普通そういうので送るなら名前かかないかなぁ?
まあ可愛い花だから机がちょっと華やかになるし迷惑ではないんだけど…」
…コウやユートが聞いたら目をむいて怒りそうな危機感のなさ、それがアオイだ。
送り主がわからない花でも机に飾っているらしい。
毒があるかも…とか何かしかけがあるかも…とか夢にも思ってない。
『可愛いお花ですか~。いいですねぇ。何のお花です?』
と、話された相手も危機管理という言葉が辞書にないフロウだ。
差出人がない、そんな怪しい状況を華麗にスルーして、関心事は花の種類に行くらしい。
「えっと…わかんないや、今写真とって送るね~。ちょっといったん切るね」
アオイはいったん携帯を切ってその黄色い花の写真を撮るとフロウに写メを送り、また携帯をかけた。
『金雀枝(えにしだ)ですねぇ。確かに…ファントムがそれを贈るってなんだかロマンティックかも』
「なにそれ?」
うっとりと言うフロウに不思議そうな声をあげるアオイ。
そもそも…ファントムという意味ですらわかっていない。
『えっとね、ファントムってどういう意味かなぁって思ったんですけど、金雀枝を共に贈るならたぶん”オペラ座の怪人”のファントムなんじゃないかなぁって思うんですよ…』
フロウは楽しげに説明を始めた。
オペラ座の怪人…は、フランスの作家ガストン…ルルーによって1910年に発表された小説でそれを原作として映画、テレビ映画、ミュージカルなどが多数が作られている。
内容はオペラ座の若手女優クリスティーヌに恋をしたオペラ座の地下にこっそり住み着いている醜い”オペラ座の怪人”ファントムの愛憎劇だ。
『でね、金雀枝の花言葉って”恋の苦しみ”なんですよぉ♪
醜いファントムがクリスティーヌに悲しくも苦しい恋をする…そういう意味で選んだんでしょうね。』
うっとりと言うフロウ。
ファンタジーの世界に生きる彼女の脳裏にはもうクルクルとそういう情景が浮かんでいるらしい。
一方アオイは
「ようは…顔に自信がない人が送ってきたってことね」
と、危機感はないが現実的ではある。
二人はしばし、その花の送り主の人物像で盛り上がった。
その後アオイとの電話を終えてユートの方は即コウに電話をかける。
『ファントムだって?!』
事情を話すなり声をあらげるコウに驚くユート。
「心あたりあるん?コウ」
即聞くユートの問いにまた即返ってくるコウの
『いや、わからん』
という返事。
「なんか…知ってるっぽい言い方だったけど?」
どう考えても心当たりがない反応ではない。
ユートの言葉に電話の向こうでコウはちょっと迷った。
『心当たりというか…まあユートなら信じてもらえるか。』
「なに?あり得ない出来事はいまさらっしょ?なんでも信じるよ?コウの言う事ならね」
今まで信じられないような出来事ばかりで、信じられたのはただ仲間だけだった。
ユートは本来疑い深い人間だ。だがそんなわけでコウの事だけは無条件で信じていた。
ユートの言葉に電話の向こうのコウは
『さんきゅー』
と、少し嬉しそうな笑みをもらす。
それから、それでも少し迷ったような口ぶりで
『まあ今回は…俺自身関係あるかどうかちょっとわからないんだけどな』
と前置きをして、先日のフロウの夢の話をした。
「姫の予言かぁ…それはまた…なかなか微妙なところだねぇ。本人はどういってるん?」
ユートが聞くと、コウはいつもの深いため息。
『言ったはしから綺麗に忘れるのが姫の姫たる所以だ…ってことは知ってるよな?』
「そうでした…」
ユートもがっくり肩を落とす。
『夢見た次の瞬間ですらファントムが出て怖かったって事しか覚えてないんだから、今聞いて覚えてるはずがない。』
と、コウは続けた。
『まあ…念のため変な仕掛けないかとかだけ確認させた方がいいかもな…』
「うん。トゲある花とか何か塗ってあるとかでも怖いもんな…ちょっとこれからアオイんとこいってくる」
『俺も行きたいとこなんだけど…悪い、そろそろ昼休み終わってまた来客なんで…なんかあったら知らせてくれ』
と、なかなか深刻な話になっている男二人。
女二人の間ではそれがファンタジーになっているとは夢にも思っていない。
電話を切るとコウはため息をつく。
アオイの事も気になるが、とにかく海陽祭だ。
今日はすでに法務省OBと某都市銀行支店長OBが午前中に面会に来て、午後は宇宙航空研究開発機構のOBとの面会があるのみである。
昼食は何かしながら食べやすいようにとおかずを握り込んだおにぎり。
もちろんフロウが持たせてくれた物で、それをかじりながら各部の貸し出し機材と予算のチェックをする。
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