ファントム殺人事件オリジナル2

かくして…いつもと逆のパターンなわけで…

「ユート…頼みがあるんだが…」
はっきり言って男子高育ちで学校と自宅との往復しかしてこなかったコウは女の子なんて縁がない。
もちろん…そこでナンパなんて発想がこのお硬い優等生にあろうはずもなく…コウは自分からは実はあまりかけた事のない親友の携帯に電話をいれた。


「え?コウが俺に?すっげえ珍しいっつ~か、初めてじゃね?なに?なんでもいってよ」
近藤悠人、通称ユート17歳。
極々普通の都立高校3年生なわけだが…空気を読む能力と人当たりの良さはハンパではなく、一見安全な”良い人”キャラなため女友達も多い。
そこに期待して電話をかけたわけだ。
もちろん、日頃は逆にユートの頼み事を聞く事の方が多かったため、快く了承してくれるユート。
コウはそこで切り出した。

「女友達…貸してもらえないか?」
意外なコウの言葉に一瞬唖然とするユートだが、まあ真面目なコウの事だ、変な目的であろうはずもないとすぐ気を取り直して
「いいけど…どんなタイプ?何人くらい?何すんの?」
と聞いて来た。
どんなタイプ?とか何人くらい?とか聞けるほどいるのか…
自分ならとてもじゃないが出て来ないそのありえない返答に若干ホッとするコウ。
しかしその後コウが
「姫より容姿が可愛い子」
と条件を口にすると、ユートは
「無理!」
と即答した。

「あのさ、コウ、普通の高校生の交友関係じゃ無理よ?つか芸能界とか探したってあの容姿越える子探すのは無理ぽ。自分で言っててそう思わん?」
「…確かに俺に取っては世界で一番可愛いとは思うが…」
「あのね…たぶんコウから見てじゃなくて一般的にもそうだと思うんだけど…」
ユートは大きく息を吐き出した。

彼氏である男にとって世界一…例えば自分の彼女のアオイとかならそうかもしれない。
彼氏のユートにとっては世界一可愛い。
そう、ユートは本気で可愛いと思う訳だが…一般的に見ると中の上から上の下くらいか。
まあたくさんの女の子がいる場合に際立って目立つほどではない。

しかしコウの彼女、一条優波はその”姫”という呼び名の通り、ノーブル級だ。
サラサラの柔らかそうな漆黒のロングヘア。
雪のように真っ白な透き通る肌。
かすかにカールした睫毛は驚くほど長く、リスを思わせるその澄んだ大きな黒目がちの瞳を縁取る。
薄桃色の形の良い小さな唇。
優美な曲線を描く細い首から肩にかけてのライン。
華奢な手足。
全てが熟練した職人が丹精込めて何十年もかけて作り上げた人形のように芸術的なまでに美しい。
例え一万人の中に放り込まれようと圧倒的な輝きのお姫様オーラを放つ超ド級の美少女。
あれを越える人材を捜せと言われてもまず無理だ。

まあ…コウ自身もそれと対になっても不釣り合いに感じない、一般人からはるか数万メートルはかけ離れたありえないほどのイケメンだったりするので、そういう台詞がでてくるのかもしれないが…。

そのユートの発言にコウは考え込んだ。
そして言う。
「副会長の和馬の…目がねに適えばとりあえずいい。美的センスは人それぞれだし…」
「なに?その条件…」
まあ…ユートの疑問はもっともなわけで…しかたなく事情を説明し始めるコウ。
全てを聞いて納得したユートは
「とりあえず…そのミスコンに優勝出来るレベルならいいわけね?」
と、結論づけた。そして
「まあ…どういうタイプが海陽でウケるのかがわからんから、片っ端から声かけてみる。」
と、心強い台詞を吐いてくれる。
「助かるっ。本当に恩に着る」
「まあ…コウには何度世話になったかわからんからねぇ。やってみましょ」
その約束の言葉で電話は終わった。

ユートからミスコン参加者候補を探してもらう約束をとりつけてホッと受話器を置くコウ。
それとほぼ同時に
「コウさん…お電話中でした?」
と、少し開け放たれたドアから可愛らしい声で声をかけ、コーヒーカップの乗ったトレイを持った美少女が姿を現した。

噂の彼女、一条優波。
自分やユートなど男連中は姫、ユートの彼女のアオイはフロウちゃんと彼女を呼ぶ。
「ああ、ユートとちょっとな。ありがとう」
コトリとコウが向かう勉強机にカップを置くフロウの腕を軽く取りその華奢な体を引き寄せ、軽く頬にキスをすると、甘い桃の匂いがする。

ほとんど家族同様に扱われている彼女の家で、何故か当たり前に用意されているコウの私室。
彼女とつき合い始めて以来、学校からそちらに戻って彼女に勉強を教えつつ自分の勉強。
夕食も彼女の家で、終電ぎりぎりに自宅に帰る、そういう生活を送っている。
コウ自身は生まれてすぐ母が亡くなり、仕事に忙しい父はほぼ自宅に戻らない為、なんとなくそうなった。

「コウさん…ここわかんない…」
床に出した小テーブルに教科書とノートを広げて可愛い顔に難しい表情を浮かべるフロウ。
お世辞にも優等生とは言えない。
コウからみると、高校3年でこれがわからないと言うのは非常にまずいんじゃないかと思う学力レベルなわけだが…
「教えて?」
と、少し首を傾けて見上げてくる様子はありえないほど可愛くて、高校3年生という意味ではまずくても人間としてはもうこれ以上の価値は要らないと思う。

「どれ?」
コウは少し身を乗り出してフロウの指し示す所を見て、心中ため息をつく。
数学…フロウは特にそれは絶望的に弱い。
おそらくそれで大学を受験するならことごとく落ちるであろう程度には…。
それでもまあ英語と小論文のみで付属の短大に行けるらしいので、本人的には卒業さえできれば困らないのだろうが…。

説明するコウ。
しかしそれは彼女にとっては時に子守唄になる事も珍しい事ではない。
無防備に可愛らしい寝顔をさらす彼女にやっぱりため息をついて、コウはそっと自分のカーディガンをその彼女の華奢な肩に落とす。
そしてその彼女を意識しないように注意しつつ、クルリと反転、勉強机に向かった。

ここ…一応男の部屋なんだが…と、コウはまたもう何度目かのため息。
優等生とはいえ青少年、こうも無防備にされるとつらい。
まるで天使のような愛らしさのお姫様にとって外は危険がいっぱいで、痴漢やらストーカーやら変質者やらが目白押し。
日常的にナチュラルにおかしな輩に絡まれる。
そんな中でここはようやく辿り着いた安全地帯なんだろうが…もちろん信頼されて安心されるのは嬉しいんだが…少しだけ…もう少しだけ警戒して自重してくれ、と、思うのも事実。

(…ああ、もう無理だっ!)
コウは立ち上がってクローゼットから着替えを出した。
勉強が手につかないのでトレーニングに切り替えることにする。
しかしコウが一条家の豪邸の一角にあるトレーニングルームへ行こうとソッとドアのノブに手をかけた時、いきなりフロウが小さな悲鳴をあげた。
「どうしたっ?!姫」
青くなって振り向いてテーブルに駆け寄るコウ。
フロウは眠っている…が…同時に泣きながら震えていた。
ひどくうなされているようだ。

「姫、起きろ。夢だから…」
テーブルに突っ伏して泣いているフロウを抱き起こすと、コウは眠っているためグッタリとしているその華奢な半身を自分の胸にもたれさせて、軽く抱きしめる。
「コウさん…コウさんっ!」
パチリと目を開けると、フロウはしゃくりをあげてコウにしがみついた。
「どうした?怖い夢でも見てたか?」
それを抱きとめると、コウはその背中をさすってやりながら静かに聞く。
「ファントムが…」
「ファントム?」
何かを訴えるような目で自分をみあげて言うフロウにコウが聞き返すと、フロウはきゅうっとコウに抱きついて、ただ
「コウさん…守ってね…」
とだけ言った。
可愛いが意味不明である…。
それでもまあ…可愛いから…
「大丈夫。何が来ても守ってやるから」
と、コウはそのサラサラの髪をなでながら言った。

そして夕方…今日はフロウの父、貴仁が早く帰って来た。
そんな日は二人してトレーニングルームで汗を流すのが日課だ。
とりあえず筋力トレーニングをしながら、コウはふと気になって聞いてみる。
「貴仁さん…実は優香さんもやっぱり予言めいた事とか言う事あったりするんですか?」
ちなみに…優香というのはフロウの母、つまり貴仁の愛妻だ。

コウとフロウ、それにユートにその彼女のアオイが出会ったのは去年の夏の連続高校生殺人事件の時で、それから今まで実に4回もの殺人事件に巻き込まれている。
それ自体、本来あり得ない確率なのだが、さらにありえない事にその事件の中でフロウがしばしばかなり核心に近づくような物を見つけたり核心に近づく事を言ったりしているのだ。
もちろん…本人は全くそれが事件に関連しているとかいう意識はない。
時にはそれは予言めいた発言だったりもするので、さきほどのもそれなのか?とちょっと思ってみた訳で…。

「あ~、あるね。勘の良さとたまに拾う電波は彼女達の一族の特徴みたいなものだよ」
当たり前に答える貴仁。
「なに?優波また何か言ってた?」
母親である優香とそっくりな優波。
それは二人に限った事ではなく代々そうらしく…しかも彼女達が選ぶ男も代々似たタイプらしい。
ゆえに男同士も妙な親近感みたいな物がある。
そんな気楽さで、友人かなにかのように気軽に言う貴仁。
コウの方も目上と言う事でいくらかの緊張感がないとは言わないが、貴仁には自分の父親以上に馴染んでいた。
「ええ、実は…」
コウがさきほどの話をすると、貴仁が手を止め目を丸くする。
「それ…僕も昔言われたよ。」
「ええ?」
「たしか優香が高校生の時」
「で?何か起こったんですか?」
「ん~なんだかしばらくしてストーカーみたいな知らない奴からの花と手紙が続いたかな。
で、学校は車通学禁止だったから、優香の父親がボディガード雇って学校の最寄り駅までこっそり車で送迎させてた気が…。そうこしてるうちに収まったけど、結局なんだったのかわからずじまいだったな。ま、あの人達ありえん幸運家系だから大丈夫だとは思うけど、何かあったら頼光君頼むね。」

単に…ストーカー出現予報なんだろうか…。
しかし普段からストーカーなんてゴロゴロいるんだが…。

結局…実際ことが起こってみるまでわからないのが彼女達の予言の痛いところだ。
しかたなしにまたトレーニングを続け、食事前にシャワーで汗を流し、いつものように一条家で夕食。
その後また2Fにある自室に戻るとPCをたちあげ”ファントム”でググル。
音響メーカー…関係なさそうだ。
さらに検索条件に”ストーカー”を追加。
オペラ座の怪人…微妙だ…。
結局わからない。
コウはしかたなしに携帯を取り出し、とある所に調査を任せると、また受験勉強へと意識を集中させた。


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