翌日の昼休み。
自分が勤務する本社ビルの斜向かいの他社ビルの社長室でギルベルトはご立派なローテーブルに突っ伏して叫ぶ。
そのうち1人はこのボヌフォワグループ本社の社長、フランシス・ボヌフォワだ。
ギルベルトは高校に1年スキップして入学。その後、大学で1年スキップして計2年スキップしているのだが、2人は高校から一緒の、同学年だが1年年上となる友人だ。
馬鹿な事は一緒にやりながら、勉強は年下のギルベルトがずいぶんと面倒をみてやってきた。
そうして高校は一緒に卒業、当然大学の入学も一緒だが、卒業はギルベルトが一足先に。
それでも社会人になっても2人の勉強はしばしばギルベルトが見てやることもすくなくはなかった。
そんなこんなで、もう8年ごしの付き合いになる。
フランシスはギルベルトと同様に大財閥の跡取りだったが、こちらは1人息子だったこともあり、2年の修行期間を経て昨年無事社長職に就任。
アントーニョは祖父が同じく財閥総帥だが、こちらは母親の弟である長男の子、つまりアントーニョの従兄弟が跡を継ぐ予定だ。
基本的には男系の直系が継ぐということになっているカエサル財閥の総帥の座。
しかしこちらも現総帥に一番よく似ていてカリスマ性があると言われるアントーニョに継がせたほうが良いと言い出す社員も少なくはなかったという。
本来の跡取りである長男の長子はその弟にすら負けると言われるくらい色々に不器用な少年だったのだが、アントーニョはその従兄弟を幼い頃から非常に可愛がっていて、その従兄弟の負担にならないようにと、自ら望んでフランシスのコネでボヌフォワ財閥の本社に入社し、フランシスの下で働いている。
ということで、悪友2人が勤めるボヌフォワ財閥の本社ビルがすぐ側だったこともあり、2人がギルベルトから1年遅れて社会人になってからは昼食はいつも3人一緒。
フランシスが社長になってからは、本社の社長室がランチルームと化していた。
そんな悪友達は今回のギルベルトの縁談についても当然知っていて、かなり心配もしてくれていた。
──もういっそのことギルちゃんもうちにおいでよ。3人で世界一目指さない?
と、フランシスからは今回の話が出るずっと前からスカウトされていたし、アントーニョにだって
──もうええやん。親分かてこっち来てもうたらほんま平和やで?ギルちゃんもおいでや。
と、何度も誘われていた。
が、同じなようでいて、ギルベルトとアントーニョは違う。
アントーニョの場合は元々彼が跡取りだったわけではない。
特に嫌がらせがあったわけでもなく、アントーニョ自身が望んで他の会社で働く事自体はおかしなことではないのだ。
しかしギルベルトの場合は本来の跡取りはギルベルトの方だ。
それが亡くなった前総帥の遺志を正当な理由もなく覆して、優秀な人材である本来の跡取りを追い出すようにして他社に取られたとなれば、自身がそれを望んだり画策したわけでもないのに、弟に批難が集中するし、自社内からも取引先からも信用を失う。
事なかれの社長である父親と嫌がらせの限りを尽くしてくれた義理の伯父である副社長に関してはざまあみろ!というところだが、可愛い弟にそんな被害は負わせられない。
それについてはそう言ってまいどまいど断り続けていた。
ということで、今回の婚姻の話が出た時も、本当に耐えられなくなったらいつでも受け入れるから転職してこいと言って心配してくれていたわけだが、真顔で社長室に入ってソファに落ち着くなり、こぼれ出た第一声がこれである。
さすがに悪友2人、ぽか~んと口をあけて呆けた。
「はあ??自分、相手男やって言うてへんかった?」
「ギルちゃん、異性愛者じゃなかったっけ?」
アントーニョとフランがそれぞれ言うのに、
「これ…こっそり撮った寝顔な…」
と、突っ伏したままスマホを見せる。
「「うっわあああ~~~!!!!」」
それを覗き込んで、今度は2人が絶叫。
「なんなんっ?!!この子なんなんっ?!!」
「えっ?!ちょっ、結婚出来る年…だよね??!!!」
詰め寄る2人にギルベルトはむくりと顔をあげた。
「16歳な。俺様、さいしょ帰宅した時、リビングで寝てるアルト見て、副社長の馬鹿が俺様を犯罪者にするため、どこぞの小中学校から適当な子ども誘拐してうちに置き去りにしたのかと思った」
と言うと、
「せやなっ」
「まあ、そうなるよね」
と、2人して頷く。
そしてまたスマホの待ち受けになっている写真を凝視。
そこにはクマのぬいぐるみをしっかりだきしめて愛らしい少年が眠っていた。
直前にギルベルトが丁寧に丁寧に乾かした金色の髪がふわふわと舞い、アンティークドールのようにくるんときれいなカーブを描く金色のまつげは驚くほど長い。
真っ白な肌、淡いピンク色の頬。
そしてかすかに開いた小さく可愛らしい唇。
本当に頭上に金色の輪っかがあっても驚かないレベルの、天使のように愛らしい少年だ。
「確かに…かっわ可愛えわぁ~~。ギルちゃん要らんのやったら親分が欲しいくらいや」
「やらねえよ」
「こんな子を出してくるって事は、相手にとってギルちゃんと結婚させることがすごい利になるってことよね…。
ね、どういう身元の子?
単純に大財閥の縁続きになりたいってだけなら良いんだけど……」
と、フランシスはさすがに経営者だけあって、そちらが気になるらしい。
「あ~…確かカークランド製薬の4男坊だけど…」
ギルベルトもそこで初めてフランシスと同じことを考え始めた。
カークランド製薬は中規模の製薬会社のはずだ。
バイルシュミット財閥と縁続きになることで、副社長が水面下で融資の約束くらいはしているかもしれないし、それはそれでメリットになるだろう。
だからそれだけの理由という可能性も高い。
そんなふうに思っていると、フランシスは考え込むように顎に片手をあてて、なるほど、とつぶやいた。
「あ~…あそこか。それなら…厄介払いなのかな」
と、続く言葉に、ギルベルトが視線をやると、フランシスは
「お前んとことは逆。
上の3人は政略結婚で結婚した正妻との間に生まれた子で、一番下だけは社長が作った愛人の子なのよ。
愛人自身は子ども産んですぐなくなって、子どもは本家に引き取られたらしいけど、まあ正妻からしたら楽しくはないよね。
だから多分実家から追い出したいのかなと」
と、苦笑した。
その言葉でギルベルトも納得する。
確かにお育ちが良さそうなのに、どこか自己評価が低そうで遠慮がちに見えたのは、そういう環境で育ったせいなのだろう。
それがわかるとなおさらに、愛情を持って育ててやらなければ…と、思う。
「ま、実家の方が要らん言うなら、ギルちゃん気に入ったらしいし、ありがたくもらっておいたらええんちゃう?
要らんのやったら親分がもらったってもええし」
と、どこか深刻になる悪友2人に、飽くまであっけらかんとしたふうにそう宣言するアントーニョ。
まあ、確かにそうだ。
自分のように下手に実家に粘着されるより、実家の方から顔も見たくないと突き放された方が、気遣いなくまるごとかかえこめていいだろう。
「ま、そうだよな」
「せやろ?」
「やらねえけどな?」
「え~?!もうちょっと考えてみぃひん?」
「ねえよっ!あれは俺様の大事な嫁だからなっ」
そんなふうにじゃれ合う2人を眺めつつ、
「今度、お嫁ちゃんにも会わせてね?
取ったりはしないし、ちゃんとお土産に美味しいお菓子焼いてくから」
と、フランシスも言うが、
「アルトが俺様の料理に慣れたらな。
フランの作るくいもんは美味すぎるから、餌付けされたくねえ」
と、答えるギルに、
「随分と気に入ったもんだねぇ」
とこちらは安堵の笑みを浮かべる。
なんのかんの言ってフランシスは自分だけがなんの問題もなく恵まれているのは自覚しているし、アントーニョを自社に引き込んだ時点で、まだ渦中のギルベルトの事はいつも心配をしていたので、意外に良い方向へ進んでいるらしいことを心の底から喜んでいた。
これで猜疑心の塊らしいギルベルトのところの副社長もこれ以上ギルベルトに無理難題を言ってくる事もないだろうし、みんなにとって平和が訪れるだろう。
自称世界のお兄さんのそんな予測はじきに覆されてしまうのだが、この時はまだ、確かに平和に満ちていたのである。
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