「んで?そろそろ名前くらいは聞いていいか?」
ゆったりと少年が食事を終えるのを待って、プリンの最後の一匙をすくったあたりで、ギルベルトはそろそろ、と、切り出した。
とりあえず…だ、小学校高学年から中学生くらいの子どもが親元を離れて居て良い時間じゃないので、送って行ってやらねばならない。
こんな面白かわいい子が居れば楽しいし非常に残念ではあるが、相手が大人ではなく子どもである以上、保護者の了承なく泊めたりしたら悪気はなくとも犯罪だ。
そう思って身元を聞き出そうと口を開くと、スプーンを運ぶ手がピタリと止まった。
大きな目がきょとんとギルベルトに向けられ、次の瞬間、目に見えて動揺。
じわりと涙が浮かび始める。
これは…さきほどの繰り返しになる!!と、さすがに察して、ギルベルトは慌てて
「名前わかんないと、呼ぶ時困るだろうがっ!他意はねえよっ!
さっきも言ったけど、俺様はギルベルトな?
呼ぶ時はギルでいい。お前は?
名前と呼び名を教えてくれ」
と、先に言うと、少年はまだ少し動揺しつつも
「…あー…さー……アーサー…カークランド…だけど…名字は変わるから……」
と、驚くべきことを口にする。
そう、珍しい名前ではない。
驚くのはそれではなく……その名前は今日来る予定の相手の名で…
「アーサー・カークランドぉぉ~?!!!!」
と、思わず声がおもいきり大きくなったら、
「ごめんなさいっ…!」
と、再び泣かれた。
え?え?マジっ?!!
アーサー・カークランドってあれだよな?俺様の嫁??
ってことはこいつ16歳?ルッツと2歳しか違わねえのか??
正直…12~14歳くらいだと思っていた。
ギルベルトからしたら本当にローティーンにしか見えないくらいには小さくて細っこい。
弟のルートが小学生だった頃の方がまだ体格が良かった気がする。
驚きのあまりしばし放心。
誕生日に副社長が押しかけてきたあたりからギルベルト的にも色々激動だったが、これがトドメのような気がする。
「…あ~…俺様が悪かった。悪かったから泣くな」
と、それでも反射的に言って、席を立って相手のところまで行くと、頭を撫でる。
「…思ったより幼く見えたから驚いたんだよ。
でもまああれだ、より同居人に近い相手をと選んでるから俺様の側としては問題ない。
衣食住は保証するし、俺様は平日は仕事だから居ねえけど、自由に過ごしてもらって構わねえから。
買い物とかは休日にマーケットその他教えるから、今週は迷われても引き取りに行けないし欲しい物があるならネットでしてくれ」
そう言いながらも撫でる。ひたすら頭を撫でる。
「てことで、お前の部屋は向かって右側な。
とりあえず家具は入ってるし、今日は遅いから飯済んだならフロ入って寝ろ」
と、さらに付け足すと、撫でている頭から盛大に震えが伝わってきた。
…へ?と見下ろすと、ひどく思いつめた目で見上げられる。
「…どした?」
「…が…頑張ります…っ…」
「……?」
わけがわからずぽかんとしているギルベルトの手の下から抜け出ると、少年はまるでロボットのようにギクシャクと立ち上がり、どうやら着替えを取りにだろう。
寝室へと消えていった。
ギルベルトはしばらくそれを眺めていたが、結局
「ま、いっか」
と、食器を片付けて洗い始める。
なんのかんの言って自宅で誰かと一緒に夕食なんて久しぶりだ。
しかも実家で弟と食べていた頃は使用人がいたから、社会人になって一人暮らしをし始めてから覚えた手料理を誰かに振る舞ったのも初めてだ。
「まあ…悪くねえな」」
それは思いがけず楽しいもので、ギルベルトの顔に自然と笑みが浮かぶ。
おそらくギルベルトの人権など欠片も思いやる気もなく、むしろ踏みにじる気満々であろう副社長のこの行動も、意外にギルベルトの生活に悪くはない変化をもたらせてくれそうだ。
まあ…色々と認識の差を埋めるのには苦労しそうではあるが…
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