ダニーは鍵を開けて入ると、
「どこでも探してみやがれ!」
と、少し体をずらして他をうながした。
とのジョンの言葉に、
「マイクもダニーも初対面でどちらもよく知らない上に、殿下をきっちりと護衛している、なんだか完璧な近衛隊長のギルベルト閣下が良いと思いますっ!」
と女子高生3人組はピシっと手を挙げて宣言した。
こんな時でも通常運転の幼馴染達にフェリシアーノはさすがに頭をかかえ、ルートはため息をつく。
当のギルベルトはというと、”アーサーの護衛”と認識されているという一点で秘かに機嫌を良くしたらしい。
「ま、ここにいる限り、アルトの身の安全の確保の一環にもなるしな」
と、当たり前にポケットから出した手袋をはめて、ルートにアーサーを託すと部屋の中に歩を進めた。
部屋の作りは自分達のものと全くかわったところはない。
だから当然収納その他はわかっている。
なのでゴムボートレベルの物が入りそうな場所、ベッドの下を確認した後、次にクローゼットを開けた。
「これ…ですか?」
そこにはビニールに入った膨らますタイプのゴムボートが空気を抜いた状態でしまってある。
「あ~、それだよ、それ!君達がくるまでは確かに倉庫にあったんだが…」
と、驚いた声をあげるジョン。
「え??しらね~ぞ!ざけんなっ!俺らがくる前にここにいれといたんだろっ?!!」
焦るダニーだが、
「鞄を入れた時に気付くのではないか?」
と、同じくクローゼットの中にしまってあった鞄を見ていうルートの指摘に、言葉につまった。
「ま…まじ知らないんだっ!ホントだって!」
救いを求めるようにギルベルトにすがりつくダニーだが、ジョンはほうきを手に
「ギルベルト君っ!そいつから離れるんだ!」
と、叫んでダニーを威嚇する。
実はこの時点で、ギルベルトはダニーに対して一片の危険も感じては居ない。
だが、それを説明するのにはもう少し時間がほしいところではあるし、なにより犯人と思われる相手を野放しにされては、皆の精神衛生上よろしくないだろうとは思う。
なのでダニーとジョンを交互に見比べて少し考え込んだあと、
「まあ…とりあえず俺なら平気なんで。こいつは一応二人以上で見張りましょうか」
というが、ジョンは
「そんな必要はないっ!
他の子に危害を加えられたら危険だし、とりあえずワイン蔵に放り込もう!
あそこなら外から鍵かけられるからっ!」
と呆然とするダニーを引きずって行こうとする。
「ちょ…待って下さい」
止めようとするギルベルトの腕を、今度はシンディーがつかんだ。
「友達…巻き込んじゃったの私だから。マイクだけじゃなくて、これ以上誰か死んじゃったりしたら申し分けなさすぎて生きていけない!」
と、また号泣するシンディーに困るギルベルト。
チラリと救いを求めるようにフェリシアーノに視線を送ると、フェリシアーノは
「大丈夫、シンディーのせいじゃないから。」
と声をかけ、シンディーの肩をだいて女性陣と共に下へと降りて行った。
「兄さん、とりあえずまだ何か確認に時間がかかるようなら、フェリとアルトは俺が連れて行くな?」
と、気を利かせて言ってくれる弟に感謝をしつつ了承して頷くと、3人もまた階下に降りていき、ギルベルトは1人静かになった場所に残される。
そして改めて考え込んだ。
確かに…鍵のかかった部屋にゴムボートを運び込めるのは部屋の主で鍵を持っているダニーかマスターキーを持っているジョン。
しかしもしマイクの遺体をゴムボートで運んだとすればボートを使用したのはマイクの死後になるから早くても11時すぎ。その時刻から朝食まではダニーが部屋にいた。
その後から今まではジョンは2Fに上がっていない。
では姪のシンディーが朝にといってもシンディーはシンディーでずっとアン達と一緒だったためそんな事をできる時間はなかった。
状況的には確かにボートをクローゼットに隠せたのはダニーだけという事になる…。
ということは…遺体を運べたのもダニーだけなわけで…。
ギルベルトはため息をついた。
正直…ダニーは犯人ではないんだろうと思う。
犯人ならあんなに堂々と犯罪に使ったであろう道具の隠し場所を見せないだろうし…。
リックやユージンはそこまでの犯罪を犯す理由も頭脳も度胸もない気がする。
とすると必然的に残るは…シンディーを心配するその他の面々なわけで…
もしくはシンディー自身か…。
謎を解くべきなんだろうか…解いてしまえばそれを黙認する事は当然できなくなる。
犯罪と確定したものを見逃す事はできない。
やめるならいまだ。
そう、それは暴くべき犯罪なのかが判断できない。
少なくとも殺された側と生き残った側の空手部以外の面々を比較した場合に、どちらのほうが問題を起こしていそうかと言えば前者なわけで…
ダニー以外のおそらく善良そうな面々が犯人なのだとしたら、何か法では裁けないがやむにやまれぬ事情がありそうな気がしないでもない。
検証と推理をスタートすべきかしないべきか。
少なくともしなければいけない義務は、たまたま巻き込まれてこの旅行に同行することになっただけのギルベルトにはない。
このままだと警察が来ても状況証拠からするとダニーが犯人として捕まるだろうが、それが冤罪だったとしてもダニーとは縁もゆかりもないわけだから、ギルベルトが気にするところではないのもわかっている。
ならわざわざ弟の恋人であるフェリシアーノが仲良くしている幼馴染達を困らせるようになるかもしれない事件の真相を暴く意味が果たしてあるのだろうか……
廊下の壁にもたれかかって腕組みをしながらそんな事を考え込んでいると、1階に続く階段の方から軽い足音が聞こえてきた。
一応ダニーが犯人と仮定されて彼が密室に隔離されている状態とは言え、こんな殺人が起こったばかりの状況で1人で行動するなんて、随分と剛毅なことだと半ば感心、半ば呆れつつも視線を向けると、そちらから缶コーヒーを片手にシンディが歩み寄ってくるのが見える。
そしてギルベルトの隣までくると、
「…これ…よかったら。
下ではみんなお茶してるから」
と、手にした缶を差し出してきた。
「ダンケ。ちょっと脳みそに糖分入れたいとこだったから、ありがたいわ」
と、ギルベルトはそれを素直に受け取ると、プシュッとプルトップを開け、甘いコーヒーで喉を潤した。
そんな自分を隣でじ~っと見上げている視線。
それに気づくと、ギルベルトは窓枠のところにトン!と缶をいったんおいて、視線の主を見下ろした。
ギルベルトの視線が向いた事に気づくと、シンディは、あのね、と、まっすぐその視線を受け止めつつ口を開く。
「鬼…だと思うの」
「鬼??」
唐突な言葉に首をかしげるギルベルト。
シンディはそれに大きく頷いて続けた。
「悪魔とかでも良いわ。
とにかく人の心に巣食う悪いもの。
それが今回の事件を起こしているんだと思う。
だから絶対にギルベルトさんの手で事件を解明して悪魔を捕まえて。
でないと……」
「…でないと?」
「”無関係な人”にまでその悪意の矛先が向かうかも知れないから……」
言いたいのはそれだけ、と、シンディはギルベルトがそれについて言及したり聞き返す間を与えず、1階に降りていってしまった。
呆然とするギルベルト。
何故彼女が自分にそんな事を言ってきたのかはわからない。
普通に事件を解明しろとだけ言われるなら、なるほどただ自分の恋人を殺した人間を糾弾したいのだろうと思うわけなのだが、そういうわけではないだろう。
何故なら皆ダニーが犯人だと思っている。
それで事件は解明したと思われているが、彼女は”そうでないこと”を知っている。
だから”真実を解明しろ”と脅してくるのだ。
そう、あれは…脅しだ。
”無関係な人”というのは、言うまでもなく、空手部達と同級生でもある3人娘でも、他の空手部の面々でもない。
問題の人物と全く面識がない初対面の自分達。
その中でも一応空手部の同級生の元同級生であるフェリシアーノ、その恋人のルート、そしてそのルートの実兄の自分と、続く中で、一番彼らから遠くて無関係なのは、自分の恋人であるアーサーだ。
おそらく…とても嫌な認識なのは言うまでもないが、彼女のあの言葉は、“真犯人をみつけないとアーサーにも被害が行くぞ”ということなのだろう。
やっぱり一筋縄では行かない油断のならない女だ…と、ギルベルトは息を吐き出す。
大切な大切なお姫さんを人質に取られているようで実に気分が悪い。
が…気になることは気になる。
シンディはダニーが本当の犯人じゃないということを知っているからこそのあの言葉なのだろうが、何故知っているのだろうか…。
ダニーと特別な関係があるのか、あるいは…真犯人を知っているのか…
もし真犯人を知っているとするなら、何故それを言わないでギルベルトに解明させようとするのか…
どちらにしても、これでギルベルト的には真相を暴かないという選択肢はなくなってしまった。
他人の手のひらで踊らされているようで不快だが、大切なお姫さんの安全には変えられない。
──さあて…探偵モード発動か……
ぱしっと両手で頬を叩いて気合をいれると、ギルベルトはもう一度状況を整理し始めた。
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