さあ、これで菊の問題は良いとして…リヒテンの方をどうするかだが…
「どうやって口説きおとすかな」
誰にともなくつぶやいて頭に手をやる。
考えながら歩いていると、ふと頭の上から目録が差し出された。
「ギルベルト?」
目録を受け取る。
そこには達筆な字で手配する武具が並べられていた。
アーサーはそろ~っとギルベルトを見上げた。
いつもと変わらぬ冷静な眼にぶつかる。
「なんだ?」
ギルベルトだけは本当に表情が読めない…とアーサーはつくづく思う。
「リヒテンは?」
「出立の支度をしている。」
微妙な答え…どこへ出立する支度なのかを聞きたいのだが…聞けない。
こちらは表情が読めないのに、向こうからはお見通しらしい。
ギルベルトは軽く笑ってアーサーの頭をポンポンと叩く。
「王路の新鮮な魚で上手い料理を作ってくれるらしいぞ」
と続ける。
「そうかっ。それは楽しみだな」
ほっとするアーサー。
しかし…自分が出る幕でもなかったか。
というか…自分が悩んでる間にあっさりギルベルトに解決されてたのか。
しかも完全に子供扱いされてるし…
ちょっと悔しい。
「ま…仕方ないのか。好んで一人身主義の大人の余裕だな…」
いつか追いついてやる、と思いつつ一人つぶやくアーサーの言葉にギルベルトは
「なんだ?それは」
と眉をひそめる。
「教えてやらん!」
ギルベルトだって少しは読めない気持ちを味わえば良いのだ!
べ~っと舌を出してそのまま駆け出していくアーサーを
「おかしな奴だな…」
とギルベルトは見送った。
「き…菊、あの二人萌えです~~!」
ギルベルトとアーサーのやりとりを丁度遠目に目撃する影が二つ。
言うまでもなく菊と桜である。
黄色い声を上げながらバンバン!と菊の肩を叩く桜。
(始まったか…)
菊は小さくため息をついた。
「あの麗しの殿方は天才軍師ギルベルト様ですよね~vv
ギルベルト様と一緒だと、アーサー様ちょっとツンデレ?
美青年×美少年て感じですねっ!
というか、生ギルベルト様拝めるなんてラッキーですっ!きゃ~!来て良かったぁ~!」
花屋の看板娘の桜ちゃんはサラサラの黒髪の美人さんで声も仕草も可愛くて…
(でも腐女子なんだよなぁ…)
が~っくりと菊は肩を落とす。
「これから毎日ああいうやりとり見られるんですね~♪」
うっとりと目が宙を泳いでいる桜の腕を引っ張って菊は母屋から連れ出そうとする。
「桜の部屋は離れですから…」
「え?アーサー様と一緒じゃないんですか?」
「だから…アーサーさんの部屋のある離れです」
「ギルベルト様は?」
「ギルベルトは別の離れ」
「一人?」
「そう一人」
「そうなのかぁ…」
にま~と笑みを浮かべる桜。
「はい、妄想しない、妄想しない」
離れにつくと、菊はアーサーの隣の部屋に敷き布団を運び込む。
「隣アーサー様のお部屋ですよね♪」
と、こそ~り襖を開けて部屋を覗き見る桜。
「こらこら…」
「ちょ、ちょっとだけ~!お願い!見逃して下さいっ!!」
まあ…覗かれて困るようなものは一切置いてなさそうではあるが…
「剣がいっぱい~。お侍の部屋みたいですね~」
とりあえず確認した事で満足げな桜。
「ほかは?どんなところなんですか?」
と菊を振り返る。
「他は絶対にだめです!
特に東の部屋は絶対に勝手に行っではだめですよ。ここから追い出されますからね」
菊は真剣な表情で忠告する。
好奇心の塊りのような桜がそれで納得してくれるかは自信がないわけだが…
「あ、掛け布団もいりますね。ちょっと母屋から持ってくるから待ってて下さいね。
勝手に部屋でちゃだめですからね!」
「は~い♪」
掛け布団がない事に気づき、菊は言う。
あまりに桜の返事が良いのに不安を覚えるが、仕方ない。
「本当に絶対に絶対にダメですからね?」
念を押して母屋に向かった。
「いってらっしゃ~い♪」
難しい顔で出て行く菊にヒラヒラ手を振る桜。
「さて、と」
ほとんど何もない自室にちんまり座る。
「つまんない」
さすがに追い出されたくはないので、手持ち無沙汰ながらも一応言いつけは守っておく。
何もする事がないので、色々妄想してみたりもする。
ギルベルトはたまに剣や書を見に京の街を訪れる姿が目撃されていた。
端正な容姿と凛とした立ち振る舞い。
しかも噂によると一度戦となれば常に勝利に導く策を練る天才軍師で、剣の腕も一流という。
桜達町娘の憧れだった。
しかもよくいる男達のように女にデレデレしたりもしない。
(あれは…アーサー様がいたから?きゃ~っ!!///)
などと一人で桜ははしゃいでいる。
有能な青年軍師×優雅な貴族の少年の図が桜の頭の中をグルグル回っていた。
と、その時、その耽美な世界にぴったしの美しい琴の音色が流れてくる。
(も…もしかして、これはアーサー様?!)
桜はガバっと立ち上がった。
菊の注意などすっかり忘れている。
(これは見なければっ!!)
一種使命感にも似た強い煩悩まみれの欲求が、追い出されるかも、という危険もすっかり頭から消し去っていたのだ。
そして桜は開けた。禁断の東の部屋の襖を。
バン!と桜が襖を思い切りあけた瞬間、琴の音がピタっとやんだ。
(え…)
そこにいたのは自分と同じ年頃の綺麗な女の子。
当たり前だが突然の乱入者に向こうもびっくりした様子で硬直している。
「ごめんなさいね。…どなたですか?」
先に我に返ったのは少女の方だった。
ニコリと愛らしい笑みを浮かべて聞いてくるのに、桜もはっとする。
「ごめんなさい。私桜と言います。
あの…今日からアーサー様の身の回りのお世話をするためにお屋敷に…」
「まあ…アーサーさんの。そうでしたの。私はリヒテンと申します」
にこりと微笑む少女。
アーサーの知り合いっ!女の子っ!その二点で桜のテンションが俄然上がった。
京娘瓦版組合乙女通信編集仲間と話すノリで
「あ、あのっ!私はギルベルト様×アーサー様派なんですけどっ!!
確かアーサー様の上司の方もいましたよねっ!私はそのかたの事はまだよく知らないんですけど、リヒテンちゃん的にはどう思いますっ?!」
といきなり始める。
そこでいきなりわけがわからない話題で最初は目をパチクリしていたリヒテンだったが、桜の熱心な布教で、だんだん楽しげな表情に変わっていく。
乙女二人…カリエド軍内のカップリングの可能性を熱く語り、盛り上がっていると、
「わあぁぁぁ~~!!!なにしてるんですかぁぁああ~~!!!」
戸口で菊の悲鳴が響き渡った。
そう…桜の楽しげな表情で、もう部屋に入った瞬間、彼女が話している話題が何なのか、察したくはないが察してしまった…。
よりによって…リヒテンを巻き込んで…終わった…。
ヘナヘナとへたり込んだ菊。
乙女二人が楽しげに談笑する中、これからの修羅場を想像して頭を抱えて天を仰いだ。
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俺たちに明日は…ある?目次
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