俺たちに明日は…ある?──アーサー、世界を見る

物心ついた頃には剣を持っていた。
兄は3人。
しかし何故か微妙に距離を取られ、また、他の者の兄達と自分に対する扱いもなんとなく違う。

それが貴人の剣術指南役の家で跡取りたる男子が生まれず、しかたなく側室を取り、3人の息子が生まれたあと、正妻であるアーサーの母に跡取り息子となるアーサーが生まれたためだという複雑なお家事情を知ったのはさらに後のことだ。

正妻の子であるというだけで指南役に代々伝わる剣術秘技を幼い時から当たり前に教わった。

能力も見ず、ただ血筋だけで判断する貴族達。
くだらないと思った。みんなくだらない。なにもかも。



「ほお、御所では子供が剣術指南をするのか。面白れえな」

確かあれは東宮に剣術をお教えしていた時のこと。
京に上ってきたばかりの田舎大名が、これから京に居を構えるに従って東宮にもご挨拶をと訪ねてきた時だ。

稽古を終え、東宮が着替えにいらしている間、田舎大名が無礼にも声をかけてきた。

「悪いか。我が家は代々貴人の剣術指南役。
俺は幼き頃よりその剣術秘技を学び、会得してきた!
剣術においては他の者にひけをとるものではない!」

東宮のお遊び相手も兼ねて参内していた頃だから12歳くらいだと思う。

しかし体格に恵まれず童顔でもあったアーサーはおそらく実年齢よりは2,3歳は幼く見えたのではないだろうか…。

そろそろ大人の事情というやつも理解し始める程度に大きく、しかし全てを納得して冷静に受け止めるには幼い時分だ。

今まで影でや遠まわしに口にする者はいたものの、面と向かって直接的にそんな事を言われたのは、その時が初めてだった。


「無礼なヤツだな。俺は東宮剣術指南役、アーサー・カークランドだ。名を名乗れ!」
子供らしい潔癖さが語気を自然と荒くする。

それに大してローマは子供相手に大仰に答えた。

「これは悪かったな。俺はローマ・カエサル。いずれこの京の街を統べる者だ」


つい先日都に上ったばかりの田舎者が随分大きな事を言う。
それがアーサーがローマに持った第一印象だった。

馬鹿にされているのか…とも思ったが、冷静な目で見てみれば、特にからかいの色が浮かぶでもなく、子供相手とも思わぬようなしごく真面目な表情である。

「面白いというのは悪いことか?」

ローマの唐突な質問に、アーサーは言葉につまった。
するとローマはアーサーの言葉を待たずにさらにたたむ。

「他の者がやらねえ事をやっているから、俺は面白いと思った。
面白いが悪ければ興味深い、ではどうだ」

「だからなんだ?」

「他人と同じ事をやっている者は所詮誰でも成せる範囲の事しかできん。
だがお前さんは他人とは違う事をやっている。
だからに他の者には成せぬ事を成せる者かと思って、興味がわいた」

今までアーサーの周りにはそんな事を言ってくる人間は皆無だった。
皆しきたりの通りに行動し、他の者と違うことを恥じる。

この男、興味深い、と、アーサーは改めてローマにむきあった。

恐らく40歳には届こうと思われる大人が、まるで自分を対等の者のように扱い、対等に話をする。
アーサーはそれに新鮮なものを感じた。

それまで自分が身をおいていた空気はなんとよどんでいた事か。

「カエサル殿、宮がお待ちにございます」
東宮が支度を終えられたのであろう。女官がローマを呼びに来た。
ローマが応えて背を向ける。

「ローマ!」
アーサーはその背中に声をかけた。ローマがふりむく。

「今度、俺の屋敷へ来い!は…話をきいてやってもいいぞっ!」

切実に…この男と話がしてみたかった。
この男といると息がつまりそうなこの生活の何かが変わる、そんな予感がした。

たった12歳の子供のそんな不器用な言葉に、ローマはやはり真剣な顔で

「後日…ありがたく招待を受けよう。
土産にとびきりの酒を持っていってやるからな」
と軽く手を振り、再び背を向け消えていった。
それがアーサーとローマの出会いだった。

その翌日、ローマは約束通り訪ねてきた。
それから二人のつきあいは始まる。

ローマは本当に面白い男だった。
アーサーの身分を恐れない。かといってアーサーを子供と軽んじる事もしない。
あくまで対等の武将のように扱う。

時にアーサーの洗練された剣術の教えを乞い、時に戦場での実践的な戦い方をアーサーに教えた。
医術書、兵法書、世に出て役にたちそうな様々な書も土産にさげてきた。


「俺はいずれ、日の国全土を手中にするつもりだ」

ローマの言葉はスケールが大きく爽快で、だが、ただの夢物語ではなく、この男は本気でそう考え、いつかそれを成すのだろうと、アーサーに感じさせる何かがあった。


「アーサー、おまえもこんな所で公家供のままごとに付き合って終わるような人間ではない。
いつか外の広い世界に出て行く人間だ」

外の世界に出る…そんな事が自分に許されるのだろうか。

「出たくはないのか?」
言葉のでないアーサーにローマは問う。

「出たい…が…」
「出ればいい」
口ごもるアーサーにローマがきっぱり言う。

「出たいのなら出ろ。京だけが街にあらず。公家だけが世界じゃねえ。
道が必要ならいつか俺が作ってやる。最高の舞台を用意してやろう。
ただ、そこで動くのはおまえ自身だ。自分の力でのしあがってこい!」

ローマは古い友のように夢を語り、父のようにアーサーの成長を手伝った。

そして…
「ただし、タダで、ではないぞ。俺の天下取りを助けてくれ。
アーサーの手助けがあれば、百人力だ」
と、時にその助力を請い、宮中の作法や慣わしなど、アーサーに教えを乞うた。


時は流れ…ローマとの交友が始まってはや4年がたとうとしていた。
ローマは帝にすら影響を及ぼす大大名になっており、その領土はすでに日の国の半分弱にもなっていた。



「アーサー、俺の配下に面白い男達がいる」

アーサーもすでに大人といえる年齢になっていた。
出合った頃茶を酌み交わしながら話していたのが、今は酒に変わっている。
酒の飲み方ももちろんローマから教わった。

「面白い男に面白い男達と言われるくらいの奴等か、興味深いな」
アーサーが杯の酒をくいっと飲み干すと、ローマはその杯に酒をついでやる。

「面白いぞ。昨日500の手勢で5000の今山の軍を打ち破り追ったぞ」
「へぇ」

通常敵に勝とうとすれば敵と同数から2倍以上の軍勢でのぞむのが定石だ。

「つまり…」
とアーサーは言葉を続ける。

「他人の成さぬ事を成す男達、ということだな」
「うむ」
ローマも杯をくいっとあけ、手酌で注ぎ足す。

「そこにな、お前の席を用意してやる。大将の補佐役だ。
といっても…右腕はすでにいるから、左腕、といったところか。」

「ローマの下じゃないのか」
不満げに言うアーサーに、ローマはハッハと笑った。

「不満か」
「不満だ」
アーサーがむっとして言うと、ローマはふと笑うのをやめ、アーサーの顔を覗き込んだ。

「今、日の国の中で最高に面白いところだぞ」

面白いところである事はローマの言葉からアーサーにも容易に想像はつく。
ただ、ローマの元より面白い場所があるとも思えない。ましてや自分に他の者の下につけというのか…。

そのアーサーの考えを見透かすように、ローマは続けた。

「これだけ組織が大きくなると、俺もさすがにそうたびたびは戦場に足を運ぶ事は難しくなってきたからなぁ。
そいつらは俺の代わりに日の国中を飛び回って暴れている。
俺と城で地図をつついているよりは、まずは一緒に各地で剣を振り回す事のほうがお前に必要な経験になるだろう。
それに…そこにはすごい男がいるぞ」

「すごい男?」

「うむ。俺の直参への誘いを頑なに拒否し続けてる例の男だ」

「俺が補佐をするというのはギルベルト・バイルシュミットなのか?!」



ギルベルト・バイルシュミット。

アーサーはいつの日からかローマの口からしばしばその名をきくようになっていた。

まだローマが戦場に身を置くことも少なくなかった頃、何度も何度も誘いをかけては拒否されたと欲しい物が手に入らない子供のように口惜しげに話していた。

アーサーはそれだけローマに期待され望まれているまだ見たこともない相手に、軽い嫉妬と、それ以上の畏敬の念を覚えたものだった。

「天才軍師の補佐…か」
少し心が動きかけたアーサーの言葉を、ローマはあっさり否定した。

「いや、お前が補佐するのはフランの方だ」
「フランシス・ボヌフォワの?」

ややがっかりしつつも、アーサーはローマがギルベルトに拒否られたと愚痴ったあとに必ず

「まあ、フラン相手じゃかなわねえか」
と苦笑していた事を思い起こした。


天才軍師がローマの誘いを断ってまで仕えている武将。
そしてそれをローマ自身認めてしまっている男…
多少興味がなくはない…が…

落胆を隠せないアーサーにローマは言った。

「人は右左の足並みが揃わなければ上手くは動かん。
ギルベルトと足並みを揃え、並べるくらいの武将になってこい。アーサー」

ローマが切実に欲しがった天才軍師と並ぶ武将に…
その言葉がアーサーの心をひどく動かした。

「心を閉ざさず周りをみろ。そうすれば自ずと広い世界が見えてくる。
もしお前がそれだけの人間になれば、恐らくトーニョの元にいる意味も見出せるようになってるだろう」

ローマの言葉は天の啓示のように、アーサーの心に浸透していった。

もはや迷いはない。
たとえ相手がローマほどの人物ではなかったとしても、おそらくその環境に身をおくことで、自分が学べることが多くあるのだろう。

今までローマが勧めてきたもので、無駄だったものはなかったのだから

こうして城を出る頃には、アーサーの心はすでに大きな外の世界へと飛び立っていた。



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