”犯人がアーサーを返さないと困る何か”については…なんとなく検討はつく。
和田が何度も聞いて来たあの忘れ物の件だろう。
まあ…見つかった場所が露天ということは前者である可能性が高い。
ということは…あれの持ち主が犯人だということか…。
フェリシアーノの場合はなんだ?
こちらは検討もつかない。
まあフェリシアーノをさらうということは、フェリシアーノだけが見ていた何かという事で…
「ルッツ、きいていいか?」
ずっと腕組みをしたまま考え込んでいたギルベルトが突然顔を上げたのに少し驚いて、それでもルートは
「なんだ?兄さん」
と聞く。
「ん、フェリちゃんの事なんだが…俺様が知ってる限りでフェリちゃんが一人になったのは露天の鍵を返し忘れて母屋に返しに行った時くらいなんだが…他にはあるか?」
ギルベルトがそんな事を聞く真意はわからないものの、ルートはとりあえず当日に思いを馳せる。
「う…ん…ない。と思うが?」
天井をにらみつけながら考え込んだルートが最終的にそう答えると、ギルベルトは
「悪い、俺様ちょっと母屋で聞きたい事あるから。お姫さん頼むな」
と立ち上がった。
「ちょ、待った!兄さん!」
あわてて引き止めるルートをギルベルトは
「なんだ?」
と見下ろす。
まっすぐ自分を見下ろす視線からちょっと視線をそらすと、ルートは言いにくそうにつぶやいた。
「その…俺の事信用していいのか?今回アーサーが誘拐されたのもフェリシアーノが帰ってこれなくなったのも俺のミスなんだが…」
「なんだ、そんなことか」
目を合わせられずにいるルートにやっぱりまっすぐな視線を向けてギルベルトは笑顔を見せた。
「お前は…経験の蓄積で学んで行く奴だから。
一度経験した失敗は二度とにしないって事は俺様も知ってる。
今回はもう注意しないといけないような失敗は全部したし、そしたらお前ほど安心して姫任せられる奴はいないからな」
意外な兄の信頼の仕方に、ルートはちょっと目頭が熱くなった。
「ああ…任せてくれ」
「ああ、任せたっ。じゃ、行ってくるっ!」
こんな状況でこんな自分に世界で一番…自分の命よりも大事な宝を任せてくれるのか…。
本気で…欠片もなくなっていた自信がまたギルベルトの言葉で戻ってくる。
ルートはなんだか泣きたいような笑いたいような不思議な気分で走り出す兄の背中を見送った。
ルートにアーサーを任せて離れを出たギルベルトは内庭の…フェリシアーノが鍵を返しに行く時に分かれたポイントで時計をチェックし、それから自分にしてはちょっとゆっくり目に母屋へ向かって、フロントで時間を計る。
そしてフロントにいる番頭に声をかけた。
「すみません…」
「はい、なんでございましょうか?」
初老の番頭はギルベルトに愛想の良い笑顔を向ける。
「一昨日の事なんですが…俺達と一緒だったフェリシアーノがこちらに露天風呂の鍵を返しにきたと思うんですが、その時何か変わった様子はありませんでしたか?」
「ああ…今誘拐されていらっしゃる方ですね。いえ、あの時は鍵を返しにいらして…ああ、鍵を返して一旦は帰られたんですが、もう一度戻っていらっしゃいましたね。そういえば」
それだっ!
「えーと…戻った理由はわかりますか?」
ギルベルトが聞くと番頭は考え込む様に眉をひそめる。
「いえ、私はそれからすぐ所用が入りまして席を外しましたので…」
「その時に誰かロビーにいませんでしたか?」
「あ~氷川様のご主人が露天にいらっしゃってる間、奥様がラウンジでお茶を飲みながら待っていらっしゃいましたね。」
「他には誰も?」
「…と思います。」
「ありがとうございました」
ギルベルトは番頭に礼を言って考え込む。
これで二つの事がわかった。
フェリシアーノはたぶんここで氷川澄花と接触している。
そして…アーサー達のあとに露天に行ったのは氷川雅之。
つまり…フェリシアーノを返したくない理由には氷川澄花が、アーサーを返したい理由には氷川雅之がかかわっている!
ギルベルトは急いでルート達が待つ離れに戻った。
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