フェイクのマリアベールに真実の愛はあるのかっ?!2_7

「実はアントーニョさんと同じく外国の方で、まだ日本の滞在に慣れていらっしゃらないのでうちのホテルに泊まって頂いてるんですよ」
にこやかにそう言う本田に曖昧に頷くアントーニョ。

今日はずっとそんな感じだ。


男の花嫁役…一応学芸会とかではなく有名老舗ホテルのキャンペーンモデルとして選ばれているのだ。
どんなに違和感があろうとも、愛しい恋人に向けるような表情を作れなければならない。

愛情表現はお手の物だが、演技は得意ではない。

例えば美人であったりスタイルが良かったり、何かあればそこに対して微笑む事はできるのだが、さて、男相手に女性のような扱いがはたして出来るのだろうか…と思うと今ひとつ自信がない。

しかし…700万。
それだけあれば、大学を卒業して就職して即結婚、一緒に住む事も夢じゃない。
今まで生活をぎりぎり切り詰め、バイトをしまくって貯めた貯金と合わせれば1000万だ。

日々の生活費は普通に仕事で稼いで家はある程度の規模の会社なら社宅か家賃補助があるだろう。
できればあの子に気を使わせたくないから家賃補助だとありがたい。

今でも体が弱いのだったら医療費も要る。
それが問題だったのだが、これだけあれば多少の事には対応できるはずだ。

今でも体が弱ければ……と、そこでアントーニョの脳裏に浮かぶ従兄弟の顔。

『ん~、自分いい加減諦めた方がええんちゃう?』

折りに触れ困ったような顔をする従兄弟に絶対に諦めないのだと主張すると、垂れ目がちの目をますます困ったようにさげて

『もう…会えん可能性かてあるやん?』
と言う。

小学1年だった自分と違ってあの頃すでに高校生だった従兄弟は絶対にあの子の行方について何かを知っている…と、その都度アントーニョは確信する。
だからこそ繰り返しそんな事を言うのだ。

もう会えない可能性……
それはどういう意味だ?と何度も口に出かかって飲み込んだ言葉。
怖くて未だ聞けない言葉の意味。

…もう会えない…それはいったい……
…もうこの世には居ないから…
という最悪の想像をアントーニョは何度も頭を振って振りはらってきた。

外国に居るからや、きっと。
女の子やしあーちゃん体強うないから一人で日本に来れへんしな。
就職決まって大学卒業したら迎えに行ったらな…。

何度も頭の中をよぎったそんな想像がまた蘇って来て、アントーニョは少し泣きそうになってこぶしを強く握りしめた。

そう…あの子を迎えに行ってお嫁さんにするために、自分は絶対に…それこそ相手が人間じゃなく猿とかだって、花婿を演じきってみせるのだ。

そして体の弱いあの子を支えられる基盤が出来たら、従兄弟のエルネストを殴り飛ばしてでも居場所を聞いて、あの子を迎えに行こう。

そう決意を新たにして、アントーニョは本田が

「こちらです」
と指し示すドアを挑むように睨みつけた。


「一応プロジェクトが動き出してしまうと、やっぱり無理だからやめますと言われても困ってしまいますので、相手の方には撮影用のウェディングドレスの候補の中の1着を着て頂いてます。
とりあえず対面してみて、どうしても生理的に無理なようでしたらおっしゃって下さい。
かなり難しくなりますが、なんとか内々に代理を探してみますので…」
と、少し気遣わしげに眉を寄せる本田の表情ももう目には入らない。

相手が誰かてあーちゃんが成長したんやと思えばええ。

胸がないのはスレンダーやからや。
フランが言うてたやないか。
日本では貧乳はステータスなんやで。

ちょっとごついのは………ええやないか、体が弱かったあの子がしっかりした体格になれるくらいまで育ったんやったら。

大丈夫。大丈夫や、俺。
あーちゃんやったらどんなふうに育っとっても愛せるはずや。

このドアの向こうに居るのはブッキングした男のモデルやない。あーちゃんや。
そう、あーちゃん、あーちゃんとウェディングの写真を撮るんや。

そう自己暗示をかけながらブツブツと小さな呟きを零すアントーニョを、本田は今度は本気で心配そうに見上げてくる。

それに悲壮な顔で頷いて

「おん、どんなんが来ても大丈夫、大丈夫です」
と頷くアントーニョに、本田は心底不安そうにドアを開いた。



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