何がすごかったかと言えばファンの女たちの熱気と洋一に対する視線。
(…やだ…なにあのヒッキーっぽいの……)
(…あれもギルとアーティのファン??)
(…なんか笑えるね)
こそこそと聞えよがしに小声で言いあう女達は、まるで洋一の学生時代の同級生の女達のようだ。
そう、だいたい女達が洋一に向ける視線は侮蔑に満ちていたし、放つ言葉は悪意に満ちていた。
そんな中で彼女だけ…優華だけだったのだ。
彼女だけが洋一を愛してくれるはずだった。
それがこんな性格の悪そうな女をはべらせてご満悦の…しかもホモの男に騙されるなんて!!!
そう、奴はゲイで今一緒にステージに立っているパートナーを恋人としているのだという。
女が好きじゃない癖に、たぶらかすだけはたぶらかすとはっ!!
許せない!!という感情がコンサート会場に来てよけいに募った。
鞄の中にはナイフが忍ばせてある。
よく切れるナイフをさらによく切れるように磨いできた。
それを確認するように、洋一は普段は背負っている鞄を手にしっかり握りしめて、きらびやかなステージ上をにらみつけるように視線を仇敵に向けた。
コンサートはアンコールにさしかかっていた。
一度舞台袖に引っ込んで、またパートナーの手を取ってステージに出てくるギルベルトにファンが嬌声をあげる。
調子にのりやがって!と思いつつ、洋一は鞄の中からナイフを取り出して上着で隠す。
最後の1曲を歌い終わってファンから花束をもらっているギルベルト。
今がチャンスだっ!!!
ドン!!と、近くの女達を突き飛ばし、洋一は奇声をあげながらギルベルトに向かって一直線に走りだした。
「邪魔だっ!!どけっ!!!」
一斉に周りが悲鳴をあげて引いていくが、前列で逃げ遅れたらしい女が立ちふさがっているので、それを排除しようとナイフを振りかざしたその時だった。
…何かがその前に立ちはだかった。
黒い衣装のギルベルトとは対照的な白い物体。
瞬間、手に衝撃が走る。
一瞬体勢がゆらぐものの洋一はすぐに立て直して再度ナイフを振りかざす。
何かを切り裂く感覚。
しかしすぐに再度衝撃が走って手からナイフがはじけ飛んだ。
「くっそおぉぉ!!!!死ねっ!!!死ねよっ!!!!!」
武器がなければせめて拳で、と、殴りかかろうとした洋一の身体にまた何かがぶつかってくる。
「死ぬのはてめえだっ!!!
よくも俺様のアルトを傷つけやがったなっ!!!」
と、言う声と共に横腹に走る衝撃。
ズザザザザーーーっと床に吹っ飛ばされてあまりの衝撃に息もできない。
が、凄まじい殺気と共にさらに黒い影が駆け寄ってくるのが視界の端に移るが、逃げる事すら出来ない。
これは…第二撃がくるかっ?!と、洋一は頭をかばうように腕で抱え込むが、幸い警備員が駆け付けて、ぶざまに床に転がったままの洋一を引きずり起こして退出させた。
こうして当座の身の安全が図られた時点でまた
「死ねっ!!死ねえぇぇ!!!!」
と叫び続ける洋一の視界に最後に入ったのは、洋一の方など見向きもせずに背を向けているギルベルトの姿だった。
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