「…えと…仕事関係の方とおつきあいとかは…ごめんなさい、できません」
少し困ったように眉を寄せて考え込み…そして、うつむき気味に小さな小さな声。
ああ、彼女はそういう真面目な子だった。
確かに社内恋愛は嫌われるとか、同じ社内で結婚する場合、どちらかが会社を辞めるとか、よく聞くもんな。
洋一はそんな事を思い、自分はそういう事まできちんと考えている大人なのだと教えてやることにした。
そうだよね、社内恋愛とかって煩い奴いるもんね。
俺もそう思ったからさ、そろそろバイト先変えようかな~とか思ってるんだ。
だから“仕事関係の”人間じゃなくなるから、大丈夫っ!」
別に今の今までそんな事をかんがえていたわけではない。
が、余裕のある男に見えるように安心させるように微笑んでそう伝えてやると、彼女はますます困った顔をした。
視線が泳いでいる。
…えーと……などと口のなかでごもごもと言い、結局少し視線を反らしながら、信じられない事を口にした。
「好きな人…いるんです。だから……ごめんなさい」
思い切り頭をさげられて、洋一は茫然とする。
だって、どう見ても彼女の態度は自分への好意に溢れていた。
彼女は一昨年からずっと洋一の事を好きだったはずだっ!
…誰だっ!誰が俺の優華をたぶらかしたんだっ!!
怒りにぶるぶると体が震えた。
彼女にもそれがわかったらしい。
「…あ、あの…新しいバイト頑張って下さいっ」
と、身をひるがえそうとした彼女の腕をガシっとつかむと、ヒッと小さな悲鳴が漏れたが、それさえも耳に入らない。
「…どんな奴?」
思いのほか低い声が出た。
すっかり怯えきった彼女はあたりを見回すが、あいにくと今の時間は客がいない。
「…どんな奴?」
もう一度同じ問いを繰り返すと、彼女は震える声で言ったのだ。
――…ミュージシャンで……ギルベルト・バイルシュミット……
そのあとどうやって家に帰ったのかわからない。
洋一は気づけば着替えて自室にこもっていた。
無断で帰ってきたのでバイト先から電話が来たと親が言っていたが、それどころではない。
「…ギルベルト・バイルシュミット…。…ギルベルト………」
ぶつぶつと1人ネットで検索する。
もちろん有名な芸能人だから洋一だって名前くらいは知っている。
しかし名前を知っているだけでは消せない。
そう…彼女と自分の仲をはばむものは全て消さなければ……。
そうして洋一は知る。
今年の1月30日。
ファンクラブの中から抽選で200名のみの、ミニコンサートが開かれるらしい。
そうとわかればあとはファンクラブに入会するしかない。
そしてコンサートのチケットに応募する。
…当たれ…当たれ…当たれっ!!!!!!
神は洋一に味方したらしい。
熱心なファンが必死に応募し続けてもなかなか当たらないコンサートチケット。
それがにわか会員となった男の手に落ちて来たのだ。
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