――敵だ…あいつは俺の…いや、世の男の敵だ。
きらきらとライトに照らされたステージ。
その上でどこか退廃的な雰囲気の衣装を身にまとって歌う男。
乙女達の黄色い歓声を浴びて、なのに男は同じステージで歌う同性のパートナーにばかりまとわりついて、客である乙女達に視線を向ける事すらしない。
なのに女性達はそれを見て男に夢中になる。
対するパートナーは白地に金を施したまばゆいばかりの衣装で、まるで光を体現したようなそれはそれで心を苛立たせた。
『みんな、今日は本当にありがとな~』
と、抽選で当たった非常に幸運なファンのためのこのコンサートが終了間近なのを告げる、甘くハスキーな声。
――人気ユニット【Eden's wings】のギルベルト・バイルシュミット…
大勢の女達をたぶらかす極悪人が目の前にいる。
売れっ子俳優で売れっ子歌手、イケメンでスタイルが良くて運動神経すらとてつもなく良い。
さらに頭も良くて金もあるというおまけつきだ。
そんな風に世の男が切望するたくさんの物を独り占めしている男…。
…奴は全てを持っている。
なにもかも持っているくせに、たった一つしか持たない人間から、そのたった一つを取り上げて行くのだ。
そう…ごくごく普通に生まれ、イケメンから遥かにかけ離れた容姿。
子どもの頃から走ればビリ、試験は落ち、告れば振られてきた洋一がずっと片思いをしている天野優華。
彼女は同じコンビニのバイト仲間だ。
一昨年に洋一から1カ月遅れで入ってきた。
おばちゃんの中で唯一の若い女の子。
洋一を散々バカにしてきた学生時代のクラスメートの女たちと違って、ストレートの黒髪の清楚系の女性だ。
一か月とはいえ先輩だからと、きちんと洋一をたててくれてる。
バイトのシフトもだいたい同じ。
いつも隣にいる。
これはもう、運命なのではないだろうか…洋一がそう思ったのはおかしくはない、当たり前のことのはずだ。
――おはようございます。益子さん
涼やかな声。
いくら洋一で良いと言っても、仕事関係の方ですから…と、頑なに名字でさん付けなのが少しよそよそしい気がするが、おそらく生真面目な性格なのだろう。
きっと“仕事関係の方”じゃなくなれば、その距離もいっきになくなるに違いない。
彼女だってその方がいいだろう。
そう思って、店内に客がいなかった時に彼女に言った。
「優華ちゃん、今更だけど…俺らつきあわない?
そうしたらさ、君も俺の事、気軽に名前で呼べるよね」
洋一がそう言うと、ポカンとされた。
口を小さく開けて目を丸くして固まっている様子は可愛かった。
これは…次の瞬間真っ赤になるパターンだな…と、洋一は前夜も自宅でやっていたギャルゲーを思い出して内心小さく笑う。
しかし彼女の反応は予想に反したものだった。
Before <<< >>> Next
0 件のコメント :
コメントを投稿