フラアサ
“フラアサは『どちらかが相手の息の根を止めないと出られない部屋』に入ってしまいました。
180分以内に実行して下さい”
「これ……」
蒼褪め…る事もなく、懐からナイフを出すフランシス。
「お前…マジか?!」
と、それにアーサーは一瞬蒼褪めるが、舌打ちをして自分もナイフを取り出した。
近年非常に良好な関係を保っていて、週末は互いの家に行き来もし出したので、アーサーの側は≪恋人と言うにはまだ早いがそのうちそうなるのでは?≫くらいには思っていた。
なのに裏切られた気分だった。
思い返せばフランシスとの関係はいつだってそうだった。
兄達のようにわかりやすく嫌悪もあらわに攻撃してくれればこちらだって割り切れるのに、フランシスはいつも中途半端に優しくしてアーサーを惑わす。
優しさに飢えていると知っていて、自分に都合の良い時だけ優しくして自己満足に浸る。
酷い男だ…と、アーサーは怒りを覚えた。
そして何度そうやって騙されても優しくされれば騙されてしまう自分の甘さにも……
もう…断ち切るんだ…それには良い機会なんだ…
アーサーはそう強く自分に言い聞かせ、向けられたナイフを避けて一旦は同じく避けられるだろうと次の動きを予測しつつ、ナイフを持つ手を相手の胸元に伸ばした。
……え………?
あっけなく相手の身体に埋もれて行く刃先に茫然と目を見開いて硬直する。
カタン…と力を失くした相手の手から落ちたナイフを床から拾いあげれば、その刃先は触れればひっこむイミテーションの武器だと気づく。
「…なんで…だよっ!!!」
目から溢れるものでゆがむ視界で振り返って叫べば、相手は
――こうでもしなきゃ、お前本気で息を止めにこれないでしょ…――と苦笑した。
――お兄さんの愛するベベちゃん、お前はね…もう少し愛されて愛を知ってから死になさい。いっぱい愛されていっぱい愛を知って、最終的に愛の国のお兄さんの隣で眠ればいいよ…――
その言葉を最期にその身体が崩れ落ちた時、カタンと側で扉が開く。
…愛の国が教えられねえままだったもんを…愛の国のお前以外の誰が教えるって言うんだよ…ばかぁ……と、それでもアーサーは泣きながら、1人ドアの向こうに消えて行った。
無理を承知で、それでも自分を生かした相手の最期の願いを叶えるために……
アンアサ
“アンアサは『どちらかが相手の息の根を止めないと出られない部屋』に入ってしまいました。
180分以内に実行して下さい”
「これ……」
蒼褪めるアーサー。
「ふ~ん?
なあ、自分とこ兄ちゃん3人もおるし、自分1人おらんくなってもなんとかなるんやない?
親分のとこは親分1人やしな?
世界に影響めっちゃ出るかもしれへんやん?」
こんな状況でも淡々とそういうアントーニョに、アーサーはさらに顔色を失くした。
「俺のために…死んでくれへん?」
にこりとこれ以上なく優しい笑みを浮かべて言うアントーニョ。
それは遥か昔、まだ双方の国の関係が良好だった頃にアーサーを可愛がってくれていた時を思い起こさせるような…まるでまだ愛されていると錯覚してしまうような笑みだった。
国策でかの国を陥れざるを得なくなってから、ずっと恋焦がれていた笑み…。
そんな微笑みを向けられれば、それから数百年も経った今もなお、アントーニョに秘かに叶わぬ想いを抱き続けているアーサーが否と言えるはずもない。
首に手がかかっても…その手に力が徐々に加えられても…アーサーは無抵抗でされるがままになっていた。
薄れゆく意識の中…
――愛しとるよ、Mi novia(私の花嫁)
そんな声が聞こえた気がして、アーサーは最期に微笑みながら呼吸を止めた…
シン…と静まり返る室内。
手の中の命が確かに消えた気配に、アントーニョはそれまで崩さなかった笑みを消すと最愛の花嫁の身体を抱きしめて号泣した。
カタリと開くドア。
しかし男は泣き続けたまま部屋から出る様子はない。
――堪忍な…
という男の手には大ぶりのナイフ。
「親分な…親分が死んだあと自分が他の男のモンになるなんて、どうしても我慢できひん。
そのくらいやったら一緒に逝った方がマシや」
――待っとってな?
男の首筋に当たる銀色の刃。
男がスッとそれを引けば飛び散る血しぶき。
…これで…ずっと一緒やで?
愛しい花嫁に折り重なるようにして男もまた呼吸を止めた。
その手はもう離さないと言わんばかりにしっかりと花嫁を抱きしめながら……
ギルアサ
“ギルアサは『どちらかが相手の息の根を止めないと出られない部屋』に入ってしまいました。
180分以内に実行して下さい”
「これ……」
蒼褪めるアーサー。
しかし彼が何か言おうとする前に、ギルベルトが言った。
「俺様が死ぬからっ!大丈夫、俺様は亡国だしな。
俺様は消えても大丈夫だけど、お前はまだ国だ。
世界のためにも消えたらダメだっ!」
「でもっ!!」
揺れる淡いグリーンの瞳に、自分が消えることを少しくらい惜しんでくれていると知ってギルベルトは満たされた気分になる。
そして…そっとその白い頬を手で撫でた。
「その代わり…一つだけ我儘きいてくんねえか?」
「…わが…まま?」
おずおずと見あげられて、この状況なら断りはしないだろう…と、ギルベルトは
「おう。最期にキス…させてくれ。
世界にとってもだけどな、俺様にとってだってお前は消えたらダメなんだ。
だって、俺様ずっとお前の事…好きだったからな…」
と言いつつ顔を近づけ、世界で一番大切な相手の小さな唇に口づける。
アーサーの目がころんと零れ落ちてしまいそうに大きく見開かれた。
それに小さく笑って、ギルベルトはもう一度顔を近づけ、
――あ…一つ訂正な…好きだって…過去形じゃねえからな?――
と、その広い額にちゅっと口づける…
………
………
………
ガタっ…と、いきなり開くドア。
「へ?」
ポカンと呆けたギルベルトは、目の前で“息の根を止められた”アーサーが真っ赤な顔で倒れかかるのを、慌てて支えて抱き抱えると、部屋を出た。
――世紀のバカップル誕生の瞬間である…
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