こうして何度か訪れたことのあるマンションの前へ。
自分達より色々な意味ではるかに強い従兄弟がそこに待っていてくれたことに、ロヴィーノは心底ホッとした。
と、アントーニョはタクシーの運転手に運賃を渡して、二人をマンションの中へと促す。
そしててっきりまず事情を聞いてくるものだと思った従兄弟は、
「あんな、今親分のとこ同居人がおんねん。
で、ちょお事情があってかくまっとる子ぉやから、その事は絶対に余所にもらさんといてな?」
とちょっと困ったような顔をして笑う。
なんと…先客がいたのか…。
従兄弟の中でも本当は教会から離されて奉仕活動とかと縁遠くなったはずなのに、自分達もだが、こうして困っている人間が続々と駆け込んでくるなんて、コイツ自体が救いの神の家、駆け込み寺なのか…などと、ロヴィーノは柄にも無いことを思った。
そうしてアントーニョについてエレベータに乗り、6Fへ。
「アーティ、来たで~」
と、鍵をあけてドアを開くと声をかけるアントーニョに、
「おかえり。今紅茶いれたから…」
と、奥からパタパタと足音がする。
「お邪魔しま~す」
と、にこやかに頭を下げるフェリシアーノの横で、ロヴィーノは出てきた人物を見て悲鳴をあげた。
「へ?」
と、3人がそれぞれ驚いた顔で振り返る中、ロヴィーノはアーサーを指さして叫んだ。
「なんでこいつがここにいるんだっ?!こいつ一体誰なんだっ?!」
それぞれが驚きで固まる中、まず我に返ったのはアントーニョだ。
「せやから同居人おるって言うたやん?この子アーティがそうなんや。
一緒におるのが気まずいなら、親分フランかギルちゃんに連絡取ったるから、そっちに行っとき」
不器用なロヴィーノを可愛がっていたアントーニョが若干気分を害したような表情をするのを初めて見て、フェリシアーノが慌てて間に入る。
「兄ちゃん、いきなり失礼だよっ。
ごめんなさい。兄ちゃん人見知りだから失礼な事言って。
アントーニョ兄ちゃんもゴメンネ」
しかし、そう頭を下げるフェリシアーノを押しのけて、ロヴィーノはズイッと一歩前に乗り出した。
そして聞く。
「なあ、もしかしてかくまってるって、エンリケからか?!」
「え??」
ロヴィーノのその言葉に、少年の零れ落ちそうなくらい大きな淡いグリーンの瞳が揺れる。
ああ…やっぱり……。
ロヴィーノは小さく息を吐き出して、自分のポケットから携帯を出すと
「とりあえず何で逃げてきたか事情を説明する。
部屋にいれてくれ」
と、返事を聞かずにリビングへと上がり込んだ。
「兄ちゃん、勝手にっ…!」
と非難の声を上げるフェリシアーノをアントーニョは制して、
「手短にな。今ロヴィらがここにおるのがアーティ関係やったらちょおまずいかもしれんからギルちゃんに指示あおがなならんから」
と、ドアの鍵をかけ、アーサーとフェリシアーノを促してロヴィーノのあとを追う。
リビングに着くと、ロヴィーノはかつて知ったるとばかりにどっかりソファに腰を下ろし、追ってきた3人が同じく座ると、スマホをいじりだした。
「俺な、今日エンリケに夕飯届けに行ったんだけど、ドアベル押しても出てこねえし、外に食べ物放置すんのもなんだからって、ヤツの家の中に入ったんだけどな…こういう状況だったんだよ」
と、さきほど撮り続けた写真を出して差し出せば、覗きこんだ3人はそれぞれ青くなった。
特にアーサーは一気に血の気を失ってトイレへと走り出していく。
一瞬それを追おうと腰をあげかけたアントーニョだが、優先順位を考えたのだろう。
「フェリちゃん、悪いけどアーティ頼むわ」
と、フェリシアーノに声をかけて、慌てて自分のスマホを取り出すとギルベルトに電話をかける。
その上で
「ロヴィ、とりあえずギルちゃんのメアドにそれ送ったって」
と言えば、ロヴィーノは頷いてその写真を添付したメールをギルベルトに送った。
そうしているうちに電話がつながる。
『どうした?何かあったか?』
と少し疲れた声のギルベルトに事情を話すと、マジか…と、舌打ちする声。
「とりあえずどないしたらええ?」
と聞くアントーニョに、
『ちょっと待て、メール確認すっから』
と、しばらく無言。
PCでメールを確認しているらしい。
『これは…すげえな』
と、やがて苦笑交じりの声。
その時…ロヴィーノの携帯が鳴って、ロヴィーノがすくみ上がった。
「ギルちゃん、ロヴィの携帯鳴っとるんやけど…。番号、エンリケから」
チラリとロヴィーノのスマホを覗きこんで言うアントーニョに、ギルベルトはやや厳しい声で指示する。
『何の用件かは聞いたほうがいいな。出るように言え。
でもエンリケの部屋を見たことは絶対に言うな。危ねえ。
あと、当たり前だけどお前ん家に居ることは言わず、飽くまで友人宅を押し通せよ』
とギルベルトの言葉をそのままロヴィーノに聞かせると、ロヴィーノは緊張した面持ちで頷いて、震える手でスマホをタップする。
「…俺だけど?」
と出ると、電話の向こうからは普段の不機嫌な声ではなく、極々普通のエンリケの声。
それがかえって不気味だ。
そして、いつもと違っていっそにこやかとも言えるような調子で聞かれた。
『ロヴィ、今友達のところなん?どこらへん?友達居るにしてはえらく静かやん?』
普段口数の少ないエンリケのそんな矢継ぎ早の質問に、ロヴィーノは気持ちを落ち着かせようと、一度大きく深呼吸をする。
「ああ、急で悪かった。親いないなら、泊まりで遊びにこねえ?って誘われてさ。
ベル鳴らしても出なかったから飯は玄関に置いておいたから。
室内は結構うるせえし、電話鳴ったから今ベランダ出てんだ」
どこらへん?は下手に答えてボロを出したくないのでスルーして、自分の方も一気に畳み掛けるように話すと、電話の向こうで、
『…ふ~ん……』
と値踏みするような相槌が聞こえて、ロヴィーノはじっとりと手に汗をかいた。
『なあ…ロヴィ…』
「なんだよ…」
しばらくの沈黙のあと、静かに切りだされた言葉に反射的に答えると、電話の向こうで一言一言区切るように、ゆっくりと言葉が紡がれる。
『自分…部屋に入らんかった?』
ああ…やっぱりそれか…と思いつつも、ロヴィーノは全神経を集中して声の震えを抑えこみ、極々普通の口調で答えた。
「部屋?玄関なら入ったぜ?」
『…その奥には?』
と言われて脳裏に浮かぶ不気味な室内の光景を無理やり頭から追いだすと、ロヴィーノはさらに答える。
「飯運ぶだけで、なんでそこまで入るんだよ。入ってねえよ」
と、ややぶっきらぼうに言うと、エンリケは静かに…静かに笑った。
『そうか…それならええねん』
と、返ってくる言葉にロヴィーノがホッと緊張を解いた途端、笑いが消えて、エンリケの低い…低い声が耳を突き刺す。
『ほな、なんでやろうなぁ…?
家開ける時は確かに開いとった寝室の机の上のノートPCが家戻ったら閉じとったんや…』
ああっ!!やらかしたっ!!!
ロヴィーノは目の前が真っ暗になった気がした。
そうだ…あの時反射的にPCを閉じてしまった気がする。
「ふ~ん?記憶違いじゃねえの?無意識に閉じてたとか…」
なんとか答えた言葉は自分でも白々しい。
『…まあ…そうかもしれんな…』
と、返ってはくるが、絶対に信じてない響きだ。
これ以上話してたら自分が何かまずいことを言ってしまいそうだ。
「じゃ、悪い。ダチ呼んでるから、用ないなら切るな」
と、ロヴィーノは強引に通話を打ち切り、スマホの電源を落とす。
そしてアントーニョの手からアントーニョのスマホをひったくった。
Before <<< >>> Next
0 件のコメント :
コメントを投稿