ローズ・プリンス・オペラ・スクール・ねくすと後編_3

そんなこんなで、それでも舞台衣装である淡いグリーンのドレスを身に付けると、化粧を施されてカツラをかぶる。

昨日も思ったが、ふわふわと華やかで可愛らしいフェリシアーノに比べると、なんだか陰気でうすぼやけてて、可愛らしさなど皆無な気がする。

衣装のデザインはローズ・プリンス・オペラ・カンパニーの方から派遣されたプロがやっているわけだから、衣装が悪いわけではないだろう。

たぶん華がない自分が悪い。

主役の相手役…そんな大役につかせてもらうのが本当に申し訳ない。
ただ…魔力が高くて宝玉に選ばれただけなのに……。



そんな事を考えながら、美しく澄んだペリドットの瞳で物憂げに遠くを見つめる様子は、まるで物語から取り出してきた一枚絵のようなのだが、本人は至って真剣に自信がないのが不思議だ。

自分の置かれている恵まれているはずの環境に対して、自己評価が低すぎて申し訳無さしか感じない…

それはまさに今回のヒロインである美姫とアーサーの共通点である。


そして…

――アーティ、そんなに緊張せんでも大丈夫やで。何かあっても親分がちゃんとフォローしたるから、大船に乗った気でいい。

と、いつも自分の負担が少しでも少なくなるようにと気を回してくれる明るく強く頼もしい想い人を直視出来ないのも……。

そう。色々が似ている。
他者からどう思われると言うのを別にすれば、劇中のアイリーンの心情は手に取るようにわかり、演じるのはそう難しい事ではない。




開幕のベルが鳴り、幕が開くと、そこからは手の震えも緊張も、愛しのパートナーに迷惑をかけるかも…と気を病むアーサーのものではない。

強国の跡取りで華やかな空気をまとった婚約者と初めて正式に対面するヒロイン、アイリーン姫の緊張だ。

いくつもの強国と隣接している、小国を脱しかけている途上国と言えるであろう自国。
周りの国々に取り込まれないよう、同盟国として選んだのは輝ける太陽の国、シャイニーズサン。
そして…その明らかに国力の差のある強国との同盟にあたり、実質人質として相手国の跡取りの妻となる事になっていて、今日はその婚約者と初めて顔を合わせる事になる日だ。

普通ならそこに感じるのは恐怖と緊張…しかしアーサー、もといアイリーンの中にはもう一つ別の感情が生まれている。

――喜び…。

婚約が決まって以来、写真というものが存在しない世界で見合い写真代わりに送られてきた肖像画。
絵の中を通してさえ伝わってくる、躍動感。
いきいきとして、生命力に溢れ、いかにも人生を謳歌していますといった感じの表情に惹かれた。

ただ生まれ、ただぼんやりと生きている自分とは大違いだ。


それからそれとなく耳を傾けてみれば、自分と不釣り合いに輝かしい婚約者様は、性格もずいぶん明るく、周りに人が集まる性格らしい。

もちろんその中には多くの女性たちもいて、かなり浮名を流しているようだが、それもこれだけの強国の跡取りでこれだけの容姿でこれだけ人好きのする性格をしているなら仕方のない事だ。

せめて自分が、親友のマーガレット(フェリシアーノ)のように可愛らしく華やかな容姿の明るい性格の娘であったら…そう思わないでもないが、思ってどうなるものでもない。

おそらく結婚しても正妻とは名ばかりで、自分のようにつまらない女は丁重に捨て置かれるのだろうが、それでも自分みたいな女がこんな魅力的な男性を側で見ていられるのは幸せな事なのかもしれない。

もちろん肖像画など美化はされているかもしれないが、半分くらい差し引いても、随分魅力的な男性に思われた。


まるで舞台の上の人気役者に会うような、そんな非現実めいたドキドキ感。
それはまさにアーサーが高等部に上がればアントーニョを近くで見られるかも…と、秘かに楽しみにしていた時の気持ちと類似している。

つまらない自分を注視されるのは嫌だが、こちらは思う存分憧れの存在を見ていたい…。

そんな極々後ろ向きな期待に胸をふくらませ、アイリーン姫は同盟国となった婚約者のいる隣国へと足を踏み入れるのである。



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