ぺなるてぃ・らぶ・アナザー2章_1

侵食


目の前がクルクル回る。
このところ忙しくて睡眠が足りてなかったせいだろうか。
ああ…食事もあまり取ってなかったなぁ…。

で?ここはどこだ?


目を開けると透き通るような青みがかった暗闇が広がる。
月明かりにのみ照らされている室内。
開いた窓から入ってくる涼しい風がレースのカーテンをゆらゆらと揺らした。

「…気ぃついたみたいやな。よお寝れたか?」
柔らかい声に視線を向けると、暗闇の中で細められる深い緑の目。

まるで最愛の子分に向けるような慈愛を帯びた声音で話しかけられて戸惑うイギリスに向かって伸ばされた手は、汗で額に張り付いた前髪をソっとかきあげて、柔らかな布でその汗を拭う。

何かおかしい…と違和感の正体を探ってみて、ああ、普段騒々しい男が妙に静かなのか…と、思い当たった。

闇の中で静かに浮かべる笑みは、妙に落ち着かない気分にさせる。

思い出した…。

“あの頃”こんな一見穏やかな中に何かを無理やり押し込めたような笑みを浮かべられて、自分はこの男と距離を取るようになったのだ。

何もかも…心の奥底まで見透かされているような、どうにも落ち着かない気分になる。
気まずいような恥ずかしいような……エメラルドの瞳に覗きこまれて、イギリスは息を飲んだ。

「おはようさん。何か食べれそうか?」
と、するりと頬をなで上げられて硬直していると、スペインは、ん?と言うように少し首をかしげて、それから

「熱…出てきたんかいな。顔赤いわ。」
と、コツンとイギリスの額に軽く額を当てた。

ち、近いぃぃ~~!!!!
いたたまれなくなってイギリスはワタワタとそれを押し返した。
しかし元々の力の差に加え、体制的な不利も加わって、ビクともしない。

「どけよっ!」
と、もう半分涙目で言うと、スペインはクスっと小さく笑みを浮かべて

「はいはい。なんや今日は自分どこか変やで?」
と、最後に一度くしゃりとイギリスの髪を撫でると、あっさり離れた。


そこでようやく落ち着いてあたりを見回す。

ここは…自宅ではなく、しかもスペインがこうして居るということは、スペインの家?
と、そこでようやく記憶が繋がった。

そうだ、今日はフランスとの罰ゲームでスペインに告白してOKを貰いに来たんだった。
ところがなかなかチャイムを押せないでドアの前で立ち尽くすこと1時間ほどで、貧血を起こしたらしい。
そして気分が悪いなら休んでいけと言われてそのまま眠ってしまったのだろう。
ほんの2,3時間休ませてもらうつもりが、とんでもなく長い時間眠ってしまったらしい。
午前中に訪ねてきたはずが、もうどう見ても夜だ。


「ワリイ…なんか随分眠っちまってたらしいな…。」
身を起こしてみると、若干クラリとはくるが、起きられないほどではない。

「礼は今度改めてするから。今日は出直す。」
と、そのままベッドから出ようとすると、ガシッと腕を掴まれて、そのままベッドにまた引きずり込まれた。

「今メシ持って来たるから、もうちょい寝とき。」
と、逆に座っていたベッドわきの小さな木の椅子から腰を浮かせるスペイン。

「い、いや、もう帰らないと…」

「何言うとるん。もう飛行機に間に合わへんわ。」

「じゃ、ホテル取るから。」

「そんな事せんでもうちに泊まっていき。
自分フラフラしとるで?
ええからそのままそこで大人しゅうしといてや。
もうせっかく用意した夕食食べへんとか言われたら親分かてがっかりやわ。」

常にない強引さでそう言うと、反論は聞かないとばかりに、スペインは部屋を出て行った。

そうまで言われてしまうと、それでもと帰ると言うのもかえって失礼な気がして、イギリスは仕方なくそのままベッドに座ってスペインを待つ。


本当に…何故こうなった。

何故だかわからないが本当に居た堪れない気分になってきた。
スペインに足を踏み入れた時の決意は脆くも崩れ去り、もう一刻も早く帰国して、フランスを殴って終わりにしたいと切実に思う。

そんなイギリスの内心を当然知る由もなく、スペインは食事のトレイを持って戻ってきた。

「体調悪いみたいやから、消化良さそうなもん揃えてみたから食い?」

そう言って差し出してくるトレイにはトマトリゾットを中心に美味しそうな料理が並んでいる。

「悪いな。」
とイギリスはそれを受け取って口に運んだ。
とにかく気まずくて、黙々と口に運ぶ。

ふと顔をあげると、それをニコニコと眺めているスペインと目があってイギリスは慌てすぎてまたむせた。

「あ~、もう。自分大丈夫か?」
クスクスと楽しげにハンドタオルで口を拭かれて、また調子が狂ってくる。
礼を言ってまた今度はスペインの方を見ないように黙々と食事を続けると、スペインは鼻歌交じりに酒を傾けながら、また椅子に腰を落ちつけた。

「なあ…」

イギリスがデザートを食べきったところで、スペインはグラスをテーブルに置いて、身を乗り出した。

「で、自分、結局何しにきたん?」

いま一番追求されたくないあたりを追求されて、イギリスはカチーンと固まった。


このまま一晩泊めてもらったら、なし崩し的に要件を言わずに帰宅してしまおうと思ったのに、こんな時ばかり気のつくKYに頭痛を覚える。

「なんでもねえよ。ちょっと観光に来ただけだ。」
半分ぼ~っとした頭では良い言い訳も思いつかずにそう言うと、スペインの目がキラリと光った。

「何ごまかしとるん?
いくらなんでもそれはないやろ」

…まあそうだ。
口にしてしまってから自分でもそう思った。
スペイン観光をするのに何故スペイン宅の前で立ち往生しなければならないのだ。

「ごまかさなあかんような事しとったん?」
と、若干責めるような口調で問われれば、きゅうっと胃のあたりが痛んで来た。

他になにか良い言い訳がないだろうか…と、プライベートになると急に鈍くなる二枚舌を呪いながら思っていると、スペインはスッと目を細めた。

「…言いたないん?」
口調は静かなのに、ひどく緊張感を増長させる。

「何しにきたん?」
それはまるで悪魔の囁きのように、理性は乗るなと告げているのに拒む事ができない。
これは…言うまで許してもらえないっぽい。

「何って…ただ……」
まるでひどく怒られた時の子どものように、半泣きで唇を噛む。
「…ただ?」

「告白しにきただけだっ!ばかあぁ!!!!」



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