たった一人の兄を失うかもしれない…。
そんな、それでなくても寂しがり屋で孤独を恐れる彼にとってはひどく衝撃的な事実に泣き疲れて眠ってしまったアーサーをベッドに寝かせ、その傍らでアントーニョは自身の携帯のアドレス帳を探った。
その時はお礼をもらうためにやったわけじゃない、自分はただ大事な幼馴染だったから助けただけだと、突っぱねたわけだが……今はそんなちっぽけなプライド、主義主張にこだわっている場合ではない。
アーサーはどんな事をしても守ると決めたのだ。
アントーニョはその番号を表示させたあと、一瞬手を止めたが、すぐ通話ボタンを押した。
「こんばんは、夜分遅くにすんません。
ロヴィーノの隣に住んどったアントーニョ・ヘルナンデス・カリエドです」
3コールで相手が出たところで、まずこちらからそう名乗ると、
「お~、久しぶりだなっ。どうした?カークランドの事か?」
と、相手はまるでお見通しらしく、そう言葉が返ってくる。
「なんで知ってはるんです?」
知ってるなら話は早いとは思うものの、そこのところは気になって聞くと、
「そりゃあな、カークランド家の坊主達の後見人を任されていたところに、去年の殺人事件で下の坊主のすぐ側に孫の恩人がいればな。一応チェックくらいはしておくだろ」
と言われて、納得した。
「まあ、そんなら話早くて助かりますわ。
カークランドの当主さんに会うて話したいんですわ。
今後の事とか話させてもろたらと思っとるんですけど」
どこまで自分達の関係を知っているのかは知らない。
が、とりあえず相手はヴァルガス財閥の会長だ。
自分がアーサーの家に入り浸っているくらい親しい仲である事は当然調べ上げているだろう。
「会ってそれで?何を話したいんだ?良い顔はされねえと思うぞ」
と、やはりどことなく察しているような言葉に、アントーニョは正直なところを話す事にした。
「まず、あ~ちゃんが知る前に今あ~ちゃんの兄ちゃんがどういう状態なのか知りたいんですわ。
もしめっちゃ悪い状態やったらいきなり知ったらこの子壊れてまうかもしれへんし…。
繊細な子やから」
そう言ってアントーニョは自分のすぐ側で眠るアーサーの涙の跡の残る頬をソッとなでた。
身体ならいくらでも守ってやれる。
自分が切り刻まれてもアーサーには指一本出させたりはしない。
しかし心の傷は…つけさせまいとしてつけさせないと言う事ができるわけではない。
電話の相手、ヴァルガス財閥の会長、ローマ翁はふむ…と少し言葉を選ぶように考え込んだ後、慎重に口を開いた。
「あのな~、カークランドはすげえ財閥だ。
その跡取りに関わるっつ~ことはだ、半端な覚悟じゃできねえぞ。
身の安全が脅かされるのは当然ながら、常に“財閥の御曹司に取り入りやがった一般人”っつ~誹謗中傷が付きまとう。それも一生だ。
おめえにそれが耐えられるか?」
おそらくアントーニョが何をしたいのかわかっているのだろう。
ローマの言葉は軽い言葉ではなかったが、アントーニョにとっては自分の身に降りかかるであろうそんな程度のデメリットも、重要視するものではなかった。
「そんなん別にかまへんわ。
俺がボロボロにされて、ボロクソ言われて、それであーちゃんの負担が少しでも減るんやったら、いくらでも罵られたるわ。
この子守ったるって思った日から手段なんてとっくに選んどらん。
俺はどんだけ傷つこうとかまへん。
この子守るためやったらプライドなんていくらでも捨てたるで」
あ~、お前はそういうとこあるよな…と、納得したようにつぶやいたあと、だがな、とローマ翁は続けた。
「一般人のお前がそういう世界に関わろうと思ったら、もう今後何も大切なもん持てないと思った方がいいぞ」
「あ~ちゃんより大事なモンなんてないからええわ。
この子のためなら何でも捨てたるって誓ってん」
「…本当に本気か?」
「本当に本気やで?」
即答するアントーニョに、電話の向こうでローマが笑った。
「ま、じゃあ会わせる手筈だけは整えてやる。せいぜい罵られて来い」
ローマはそう言うと、すぐ迎えを寄こすと言って、電話を切った。
すぐかいな…と、実はローマはこの事態を予測でもしていたのだろうかと呆れるが、確かにこうなったら早い方がいい。
アントーニョはアーサーが熟睡しているのを確認すると、ソッと部屋を出た。
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