オンラインゲーム殺人事件あなざーその6・魔王探偵の事件簿_4

「あ、ギルベルトさん、お久しぶりです。大きくなられましたね。」

しばらく待って辿りついた車から降りて来たのは、警察官というのが嘘のように優しげで温和なトーリス、父の古くからの部下だ。

「トーリスさんは本当に変わりませんね。若々しくて」

確かギルベルトが12歳の時、新人だった彼はあれから5年経った今では27歳になっているはずだが、そんな年には見えない。

「そうですか?これでもずいぶん年を取った気がするんですけどね。」
と、トーリスは穏やかに笑った。

親の関係で気軽に接してはもらっているものの、トーリスはこう見えてもキャリア組だ。
毎年、地方公務員としての警察官採用者数は15,000人近くにのぼるが、国家公務員としての採用は、わずか10〜15名程度。
ギルベルトも将来的にはそこを目指しているのだが、そう考えればかなりのエリートなのである。

そんなすごい人間であるにも関わらず、全く威圧感を与える事無く、腰が低く、他人を緊張させる事がないというのは、ある意味すごいことだ。

そんなエリート様が個人的に動いてくれると言うのである。
ありがたい話だ。


とりあえず…と、トーリスが乗ってきた車に待機。
アントーニョの連絡を待ちがてら事情を説明すると、トーリスはしきりにメモを取りながら、頷いている。

「…じゃあ…上手くすれば高校生連続殺人犯確保ですね…。
とりあえず知人に、状況がはっきりし次第、そのアゾットことクリストファ・カークランドの自宅を捜査出来るよう、準備しておいてくれるように頼んでおきます。」

と、全ての説明を終えた時、トーリスは自分の携帯を取り出した。

その時である。
ギルベルトの携帯が振動した。
差出人は当たり前だがアントーニョ。

しかも内容がいきなり
『東京都○×市……の一軒家にアーティの兄貴の遺体あったから、警察呼んだって。親分これから家ん中探索してアーティ救出するさかい』
で、ギルベルトは無言で自分の携帯をトーリスに向ける。

「本部に連絡します。」
と、そこでトーリスは迷うことなく、着脱式赤色回転灯をつけるとそのまま車を発進させつつ、無線で連絡を入れた。



「…これは……ギルベルトさんのご学友も危険ですね。急がないと…」

今まで当然ながら平常時にしか会った事のなかったトーリスの初めてくらいに見る厳しい表情。

…あ~…一般的な認識だとそうなのか……と、ギルベルトはそれに対して、むしろ逆の心配をする。

おそらく遺体が一緒にないと言う事はアーサーは生かされてはいるのだろうが、その扱いによっては犯人の命が危ない。

アントーニョは…寮長選抜の時の試合で他の候補の雇ったプロをあっという間に伸しただけでなく、勢い余って殺しかけたという過去がある。
(森陽の寮長選抜には本人の学力、人望、運動能力など以外に、武器なしでどちらかが倒れるまでという試合も含まれているが、その試合は動かせる人材の有無ということで、大抵は実家で雇ったプロに依頼する。それをアントーニョのように自分で出て、しかも圧勝してしまうなど長い森陽の歴史の中でも前代未聞である。)

おそらくそこらの高校生に毛が生えた程度の小悪党だと、下手すれば瞬殺だ。


こうして辿りついたイヴ宅では、ギルベルトが危惧したように中央に自分のジャケットに包んだアーサーを抱きしめたアントーニョがいて、部屋の端の木の壁にイヴがめり込んでいた。

ここに来る途中にあったアーサーの異母兄の遺体を先に調べているトーリスが来ないうちにと、ギルベルトは慌ててイヴに駆け寄って脈を取り、生きている事を知ってホッとする。

いくら父でも相手を殺してしまっていたら、正当防衛と庇いきれないものがあるだろう。
過剰防衛…で済めば良い方だ。

とりあえずアントーニョに事情を聞いて、トーリスに事情を話し、その後来た警察にはトーリスが説明をしてくれる。

その間ずっとアーサーが虚ろな目で無反応なのがひどく気になったが、そのあたりは自分が出るよりアントーニョに任せた方が良いだろう。

ということで、一通りアントーニョに事情を話させたあとは少しだけアーサーにも話を聞いて、無理を言ってアントーニョとアーサーは寮に帰させてもらい、その代わりに自分が残ってこれまでの経過その他を説明することにした。



ゲーム開始からゴッドセイバーの殺害を経て今回のアゾットことアーサーの異母兄殺害まで、かなり長い時間をかけて知っている事、調べた事を説明していると、かなりの時間が過ぎていた。

そして夕食後、トーリスに呼ばれて応接室へ。

「今回はお疲れ様でした。国内有数の大企業三葉商事絡みということで、警察も現行犯でないとなかなか調査もできなくて、大変な思いをさせて申し訳ありません。
でも助かりました。」
と言うトーリスに勧められてソファに腰をかけると、テーブルの上には1冊の大学ノート。

意味ありげに置かれたそれにギルベルトが視線を移すと、トーリスは
「本当は…今の時点で外部の方に見せてはいけないんですけど、内緒ですよ?」
と、シッとばかりに唇に人差し指をあてる。
そんな動作をすると、ますますただの温和なお育ちの宜しい坊ちゃんにしか見えない。


せっかく見せてくれるのだから…と、手を伸ばすギルベルトにトーリスは説明を加える。
「クリストファ・カークランドの自室を調べたところ、PCから彼が三葉商事のゲームにアゾットという名前で参加していた事は確認が取れました。そしてそれはその際に見つかった彼から見たゲームの流れを綴った日記です。」


え……?
その言葉にギルベルトはノートにかけた手を止め、驚いたように視線だけをトーリスに向ける。

それに対しトーリスは少し困った顔をしながら
「もちろん彼も未成年者ですし公に公表する事はありませんが、あなたとあなたの周りの…特にクリストファの異母弟の後輩の少年について書かれています。
今回ああいう被害にあってあの少年のメンタルのケアというのも必要でしょうから、なるべく多くの情報を持っておいた方が良いと判断しました。
もちろん…どう伝えるか、何も伝えないであなたの胸の内だけにとどめるかは、ギルベルトさんの判断におまかせします。」
と言って、お茶でも淹れてきます、と、席を立った。

おそらくこれはギルベルトをよく知るトーリスの格別の配慮なのだろう。
もう今回は何度そう思ったかわからないが、本当にありがたい。

ギルベルトはトーリスの後ろ姿に手を合わせ、視線を再びノートに移した。


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