拉致(17日目)
空気が変わったのは、アーサーが無事編入試験に合格した日の翌日だ。
出会ってからずっと4人で行動していたのが、今はゲーム内ではアントーニョだけ別行動をしている。
ギルベルトとゲーム内の方針で揉めたのが理由らしい。
今現在、証拠はないがおそらくこのゲームが原因で起こっているらしい殺人事件。
それに対して、アントーニョは自分の仲間が全員無事なら別に他に対しては興味がないらしい。
なので、さっさと自分達が魔王を倒してゲーム自体を終わらせてしまえば、もう人を殺しても意味がないのだし、殺人も起こらないという意見なのだが、実は警察関係者の息子で正義感がとても強いというギルベルトは、犯人をきちんと暴いたうえでゲームを終わらせたいので、犯人がわかるまではゲームを終了させたくないというのだ。
結果…アントーニョがパーティを出て行った。
「そんな顔せんといて。別にゲーム内がメインの関係やなくなったんやし。
親分、アーティの安全早く確保したりたいねん。」
それでも同じリビングに二人きり。
正面でゲームをするアントーニョに視線を送れば、すぐ気付いてわざわざこちら側にまで回って来てキスをしてくれる。
アントーニョが好きだ。
でもギルベルトの考えもよくわかる。
そして何より、アントーニョが今現在一緒に行動している相手が、以前アントーニョに強い関心を示していたイヴだと言うのもアーサー的に非常に気になってしまうところだ。
一応、何度かギルベルトと話し合いで歩み寄れないのか?と尋ねたものの、『堪忍な』と困った顔で微笑みながら頭を撫でられてしまうと、何も言えなくなってしまう。
(…イヴがリアルも女性だから…じゃないよな……)
アントーニョはそんな人間ではないと思うし、そういう風に少しでも考えてしまう自分はすごく失礼なのだと思うのだが、ゲーム内でたまにイヴ達と一緒にいるアントーニョをみかけると、すごく悲しくも寂しく、不安な気分になってしまう。
そうしてスッキリしないまま悶々と過ごす事3日。
日々、朝は二人きりで朝食。
その後はアントーニョに学校や寮のあちこちを案内してもらったり、アントーニョが作ってくれるランチボックスを持って寮の建っている敷地内の綺麗な場所でランチ、そのまま散歩をしたりと、日中はいつも楽しいのだが、ここ数日は以前はあれほど楽しみだった夜、ゲームにインする時間が憂鬱だ。
だから午前中を楽しく過ごして、午後に差し掛かるあたりで少し気分が落ち込んでくる。
しかしその日は違った。
朝、目を覚まして携帯を確認するとメールが1通。
先日アドレスを交換した兄からだ。
休みの間にもう一度くらいランチをしないかという誘いに、アーサーは二つ返事で了承を伝えた。
嬉しい…以上にホッとする。
別にゲームで別行動をしたからと言ってアントーニョが離れて行くとは思わないが、やっぱり顔も性格もカッコ良くて寮長なんてやっているくらいだからしっかりしていて人望もあって、その気になればいくらでも一緒にいる相手を作れるアントーニョと違って、人見知りで貧相な自分にはアントーニョ以外にそんな相手は現れないのだから、アントーニョがいなくなれば一人ぼっちになってしまう。
それでも…万が一があっても、以前とは違って家族…兄がいる。
それが心強くも嬉しい。
もちろんアントーニョみたいな対象とは違うが、結局血もつながっているし切っても切れない仲だ。
兄と会ってくる…そう告げるとアントーニョは今はこういう危ない時期だから…と、渋い顔をしたが、結局兄の所まで送り迎えをするという条件で許可してくれた。
こうしてアントーニョの家の車で待ち合わせ場所のカフェまで送られる。
「ほな、また迎えに来るんで、最近物騒やしまだ中学生のこの子1人にせんといてな。」
一通り兄から先日の贈り物のお礼やら挨拶を興味なさげに受けたあと、アントーニョはそう言ってアーサーの頭を撫でると帰って行った。
それを見送ると、兄は
「久しぶりだね。とりあえず移動して食事にしよう。」
急がないとどこも混むから。
少し歩くし、熱射病も怖いからこれ飲んで。」
と、ペットボトルの水を開けて渡してくれるので、アーサーはありがたくそれを飲み干した。
そんな感じにまだついたばかりのカフェを即出て、兄はアントーニョに注意を受けたからか、はぐれないようにアーサーの手をしっかりと握って街の雑踏に足を踏み入れる。
人ごみに慣れないアーサーにとってはまるで迷路のような地下街をグルグルグルグルと回ってすり抜け地上へ。
あまりの目まぐるしさに目が回る。
…ーサー……アーサー…?
眩しい日差し。
もしかして熱射病以前に貧血か?
ああ…どうしよう……
そう思った次の瞬間には、アーサーの意識は闇の中へと堕ちていった。
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