ダンデライオン_1章_2

自らの目から流れ落ち、頬を伝う雫を追うように、柔らかい温かい何かが頬に触れる。
久々に感じる心地よさ。

ああ…温かい……

やがてスッと離れていこうとする温かさに焦って手を伸ばすと、ビクリと震えたぬくもりは、しかしそれ以上離れては行かなかった。

――薬草…変えるから…

と、言う声は思いのほか高い。


おそるおそるといった感じでそう言って、一瞬逡巡したあと、また小さなぬくもりがそっと離れる気配がする。

今度はスペインはそれを大人しく受け入れた。

 抵抗なく放された手にホッと息をつく気配。


不思議に思って目を開いてみると、そこは薄暗い穴蔵のようだった。
どうやらスペインは落ち葉を集めた上に寝かされているらしい。

そして目の前には小さな子ども。

「少し染みるぞ?」

と、まるで大切な宝物に触れるように、ソッとスペインの腕の傷を覆っていた布を取ってその布と肌の間に挟んであった煎じた葉をつぶしたものを丁寧に取り去ると、また新しい葉を塗りこむ。

それからまた小さな手は薬草を塗った傷口に布をあて、不器用な手つきで細い布切れでそれを固定した。

「これでよしっ」

息をつめるようにその作業をおこなったあと、ふ~っと満足気に笑みを浮かべたのは、どこか薄汚れた格好をしているが、黄金色の髪に真っ白な肌、そして新緑色の綺麗な目をした、本当になんとも可愛らしい子どもだった。

まるで宗教画の天使のようだ…と、スペインがぼ~っと見とれてると、子どもは完全に覚醒したスペインを認識し、

「ちょっと待ってろ」
と、狭い穴蔵のほんのわずか奥に入っていく。

「腹減ってんだろ?これ…食えよ」
と、小さな手で差し出されたのは小さなリンゴ。

そう言われてスペインは初めて空腹な事に気づいた。

「おおきに…」
と、おそらくそれだけでは到底腹が満たされはしないだろうと思いつつも、リンゴを受け取り、シャクリとかじると、じ~っとそれを食い入るように見ている視線を感じた。

チラリと横目で伺うと、大きな目がプイっとそらされる。
…が、隠そうにも隠し切れない、グ~という腹の虫が子どもの空腹をつげている。

「自分…腹減っとるんちゃう?これ…食べ?」
と、かじりかけではあるがないよりはマシだろうとリンゴを再び子どもに差し出すと、子どもはぴょん!と飛び上がり、それからぴゅ~っと穴蔵の奥へと手を伸ばした。

「お、俺はこんなに食べ物持ってるんだからなっ!
今は食べたくないだけでっ!
だからさっさと食えっ!」

と、小さな手にいっぱい掴んできたのは、小さな木の実達。
どう見ても空腹を満たすには足りないであろう。

おそらく…スペインが空腹を満たすには到底足りないと思いつつ受け取ったこのリンゴは、子どもにしてみればとっておきのごちそうだったに違いない。


「なあ…なんで自分、俺の事助けてくれたん?」

ふと見れば子どもも小さな手や足は傷だらけで、今スペインに使ってくれた薬草も、本当は自分用に集めたものなのだろう。

そんな、自分の分ですら満足にない状態で、精一杯スペインを助けてくれようとするこの子どもに、返すと言ってもきかないだろう。

だからスペインは厚意はありがたく受け取ることにして、聞いてみることにした。

すると子どもは薔薇色の頬を赤くして、またぷいっと横を向く。
照れているらしいその様子がなんとも可愛らしい。

「べ、別にっ!妖精さんが俺と同じ存在が海辺で倒れてたって連れてきたからっ!
前ここに来てたジジイみたいに家族みたいになれるかなとか思ったわけじゃねえよっ!
ただっただっ、妖精さんが連れてきたから、しかたなくなんだからなっ!」

明らかに照れ隠しの言い訳なそれに、スペインは久々に胸の奥がほわっと温かくなるのを感じた。
随分と長い間、こんな気持ちを向けられた事も向けた事もない。

子どもが素直でないなら、自分のほうが素直に気持ちを語ればいい。
素直な心のうちを誰かに語るなんて事も、もう随分とできなかったことではあるのだが…


「おおきに。俺な…もう随分と一人やってん。
誰かに一所懸命好意向けても、だあれも俺の事なんて考えてくれへん。
痛い思いして守っても下手すれば気味悪がられたりとかな…。
そんな周りに嫌気がさして、さっき昔馴染みに会うてきたんやけど、なんや迷惑がられてもうた。
俺…誰からも要らん奴なんやなぁって思うて、もう頑張って生きるのやめたろか~って、溺れてもええやって思うて、そこらの小舟に飛び乗って海にでたはずなんやけどな」

自分で言ってても今ひとつわかりにくい。

しょうもない…と、スペインはハハっと頭をかくが、子どもは零れ落ちそうな大きな目でじ~っとスペインを見上げた。

「要らなくない…」
「はぁ?」

唐突な言葉にスペインがポカンと視線を合わせると、子どもは慌てて視線を反らすが、それでもぼそぼそと言葉を続けた。

「…お前は……誰からも要らない奴なんかじゃない。
一生懸命気持ちを向ければ、きっと誰かが要るって言ってくれる…
誰からも要らない奴なんて、いるはずないっ……」

小さな手が薄汚れた服の裾を掴んだままプルプルと震えている。


「お…俺だって…今はこんなだけどっ……いつか絶対、俺の事要るってやつが会いにくるからっ……」

まあるい目から溢れて落ちる涙。
子どもも…誰かを…自分を必要としてくれる誰かを待っていたんだろうか……


「俺じゃ……あかん?」

自然と言葉が口をついて出ていた。

「俺、自分の事めっちゃ欲しいわ。
自分も同じ存在みたいやから気づいとると思うけど…俺、スペインちゅう国でな、今国内のほとんどが異教徒に占領されとる。
国民も他の国もみんな俺の事なんてどうでもええんや~って思うて、めっちゃ色々がどうでも良おなってたんやけど、自分が一緒におってくれれば頑張れる気ぃする。
いや、頑張るわっ!
異教徒追い出して世界一の国になって、自分に毎日めっちゃ美味しいもん食わしたる。
宝もんみたいに大事に大事にするさかい、一緒に来たって?」

小さな子どもの両腕を取って、縋るように懇願すると、子どもはびっくりしたように泣き止んで、丸く大きな目をさらに大きく見開いた。

「自分がおってくれたら、俺は世界一の国になる!
…けど…おってくれんかったら、死んでまうわ…。
お願いや…俺と一緒に来たって!!」

絶対に欲しくなった。
これを逃したらもうこの世の幸せを一切欠片もつかめない気がした。

子どもは必死に視線を合わせようとするスペインから頑なに目をそらそうとするが、そっぽを向いても隠れない小さな耳が赤く染まっている。

「ど…どうしてもって言うなら……行ってやっても…」

「どうしてもやっ!!」

オズオズと紡がれる言葉を最後まで言わせるまでもなく、スペインは強く言い切ると、以前…いにしえの大国の元にいた頃はよく見せた、まるで太陽のような…と称される明るい満面の笑みを浮かべると、子どもの小さな身体を抱きかかえた。

「なあ、自分の名前、教えたって?」
と額と言わず頬と言わず、顔中にキスを落としながら聞くと、子どもは腕の中でワタワタとスペインを押しのけようとしながら、

「イングランドっ!イングランドだっ!!」
と叫ぶ。

「イングラテラ…なっ。これからは自分は俺のもんで、俺は自分のもんや。
ずっと一緒やでっ」


これが後に保護国でありながら、覇権国家スペインの最愛の半身と呼ばれるイングランドとスペインの出会いだった。

そして…この時の誓い通り、スペインはイングランドの補佐のもとメキメキと力を付け、世界の覇権国家へと上り詰めていくことになる。





なあ…イングラテラ、そう言えば自分が言うとった家族みたいなジジイって…誰なん?

海の精にも愛されているらしい子ども、イングランドを連れて小さな小舟で船出をすれば、それは最短距離でドーヴァーを超えてフランスの海岸へとたどり着いた。

そこから自国までは徒歩だ。

陸地伝いなら、多少の路銀は持っているし、二人旅ならそう不自由もない。

乗り合い馬車で揺られながら、ふと気になってスペインは聞いた。

もちろん返す気などさらさら無いが、イングランドが家族のような…と言う存在はやはり気にかかる。
取り返しに来たらすみやかに撃退しなければならないし、情報はあったほうがいい。

が、そんなスペインの考えはただの杞憂に終わった。

スペインの言葉にイングランドは少し視線を落とし、ぽつりと言った。

「お前に少し似てる…。
昔俺の国にきて…ウサギとか色々置いてって…でもまたフラリとどっか行ったまま戻って来なかった。
…ローマってオヤジ…知ってるか?」


うあ~おっちゃんかいなっ!!

スペインは片手で顔を覆って空を仰いだ。


一応国であるイングランドが自分のことをさほど警戒せず受け入れてくれたのは、孤独であったという以前に、フラリと立ち寄ったローマに可愛がられたという経験があるかららしい。


あ~…でもイングラテラにもおっちゃん死んだ事とか説明せなあかんなぁ…。
まあ…もう少し俺に慣れてもうて、孤独感じへんようになったら…

そんな事を考えながら見上げた空には白い雲。


――まだ迎えには行ってやれねえけどよ、俺のとっておきの宝モンの一つやるから、ま、頑張れ


スペインにはちょうど中年男の顔のような形になった雲がそう言って笑ったように見えた。



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