「ただいま~」
そう言って部屋に駆け込み、リビングのソファの上のお気に入りのクッションを抱え込むアーサーが可愛らしくて愛おしくて、思わず顔に笑みが浮かぶ。
アーサーに変質者が何かしていたら…そう思ったらぞっとする。
自分はかなり理性的な方だと思うが、もしあの時アーサーの着衣の乱れでもあったなら、相手を殺さなかった自信がない。
しかしどんなに愛らしくても男の子だと思うのに、それでもアーサー相手に欲情する変質者の図が想像できてしまう。
それが想像できる時点で…と、ギルベルトは自覚した。
最初はエリザの本の影響で理性で想像できるだけだと思っていたが、おそらく違う。
自分もアーサー相手に劣情を感じる人種なのだ…。
最初はただ保護したいだけだと思っていた。
小さな頭に触れるのは安心させてやるためで、抱きしめるのは泣いているのを慰めてやるため。
だがそれは間違いだ。
本当は触れたい…髪だけではなく、頬だけでもない。
その細い肩、唇…薄い胸や腹…白い足やその奥に秘められた誰もしらない部分まで……
もちろん自覚しただけで、その劣情を表に出すつもりはない。
可愛い…愛しい…守ってやりたいと思う気持ちも確かに真実で、アーサーに求められ許されているのはそちらの気持ちの方なのだろうから…。
愛おしい守るべき相手にストレスを与えるような事をするくらいなら、自分の欲を抑える事くらいはどうという事はない。
――アルトが幸せなら、それで良い。
…頼れる年上の知人…その範囲を超えた事は望まない。
アーサーが困った時にはいつも側にいて助けて…自分の手が必要じゃなくなった時にはそっと離れて愛おしい相手の幸せを願って暮らそう…
それは悲しく寂しいが、アーサーを傷つけてしまう不幸に比べたらずっと幸せな生き方だと思う。
そんな風に決意して、それでも今日だけは…大切な大切な子を救いだせた事に免じて、一緒にすごしたいという我欲を許してもらおう。
そう思って連れ帰らせてもらう事にしたのだ。
しかしそんなギルベルトの決意を揺らがせる桜。
思えば彼女はいつも悪気なくギルベルトの気持ちを踏みにじってくれる。
アーサーを連れた帰り道、ギルベルトのマンションの前で桜は待っていた。
そして
――師匠…今回はアーサー君を助けて下さってありがとうございました。これ…お礼です。
と渡された寿印の紙袋。
何故寿?と思いつつ仲を見てみると、いわゆる“夜のための”グッズで、
…おい、これ……
と、呆れつつ言うと、真剣な顔で
『このたびはお泊まりということなので、大急ぎで用意させて頂きました。
師匠の事なので無茶な事はなさらないと信じてますが、優しくして差し上げて下さいね?
これっ!ちゃんと使ってくださいねっ!乱暴にしちゃ嫌ですよっ?!』
…と、ガシっと両手で手をしっかり握りしめて言うなり、
『じゃ。今日はこれで帰りますっ!』
と、反論する間も与えずに走り去って行く。
…おい…俺様の決意は……
と、走り去る後ろ姿に手を伸ばすも、振り向く事なく、しかしアーサーを連れているので1人にして追う事もできず…結局持って帰ってきてしまったわけなのだが……
とりあえず帰宅後、ゆっくり休ませてやるために湯船に湯を張って風呂を貸してやっている間に、ギルベルトはその袋を部屋の隅に放り出して、着替えを用意する。
もう本当に悪気はなく善意なのであろう桜には悪いのだが、これを使う日が来る事はないと思う。
アーサーはフランソワーズの趣味やストーカー達にさんざん振り回されて、おそらくその手の事には本当に嫌悪感しかないだろうから、間違っても唯一くらいの逃げ場であるギルベルトがそんな話をしてはならない。
辛くない…と言えば嘘になるが、ギルベルトは自分の理性には本当に自信があるのだ。
そうして待つ事30分。
「ぎ~る~、あがった~!」
と、あんな事があったにしては随分と元気に風呂からあがって来たアーサーは、タタタタタッとリビングを駆け抜けると、最初に座っていたソファにぴょんっと飛び乗った。
そしてちょいちょいと手招きをする。
「ん~?どうした?」
と、ギルベルトが近づいていって見あげると、アーサーは細い腕をギルの首に回した。
ふわりと香るボディソープの香り。
確かに自分の家で自分も使っているものなのだが、アーサーの身体から香るそれは、どこか甘やかで、ギルベルトの欲望を刺激した。
…あ…これ、やばい…か?
自信があったはずの理性に若干揺らぎを感じて、ひとたび離れようとすると、ぐいっと引き寄せられ、アーサーの愛らしい顔が焦点が合わないくらい至近距離まで近づいてきたかと思うと、唇にふにゅっと柔らかい感触…。
へ?とギルベルトは目を丸くした。
一瞬状況が理解できなかった。
ポカンと見あげれば、アーサーのまるい大きな目から零れおちた涙がギルベルトの頬を濡らす。
「…ある…と?」
本気でどう反応すれば良いかわからなくて、とりあえず名を呼べば、
「…ごめん…もう…来ないから……ごめん…今日…だ…け…」
と、アーサーがしゃくりをあげながら言った。
「…いや…だった……ギル…以外は…やだった…だからっ……拉致られて改めて、ギル以外に触れられるの…すげえ嫌だって思った…からっ……最初にギルとっしたいっ…
ギルは…やなの…わかってるけどっ……一度だけっ…一度でいいから…ギルにっ…愛されたい……」
…幻聴…?
…それとも夢か?
俺様疲れてる??
ぽろぽろと泣くアーサーが可愛い。
可愛すぎて自分は今絶賛妄想中なんだろうか……
あまりに現実感がなさすぎて、でももうそれは習慣で、しゃくりをあげているアーサーを抱きしめて、落ちつくように背をさすりながら、頭をなでてやる。
すると肩口から、嗚咽に混じって、
…しつこく…つきまとわない…から……一度でいい…から…
と、声がして、ギルベルトは思わず
「…いや…そこはつきまとおうぜ?
一度きりとか言わず……」
と、突っ込んでしまう。
「今したら…一度きりなのか?」
もう色々意味がわからない。
状況の整理ができない。
「…俺様…何度もしてえんだけど……」
ダダ漏れたギルベルトの本音に、アーサーがガバっと顔をあげた。
まんまるの目が驚きにさらにまんまるになる。
…あ…言っちまった……
一瞬焦ったが、もう今さらだ。
こうなったらちゃんと説明した方が良いだろう。
「ごめんな、アルト。
俺様、お前の事好きだ。本音を言うと抱きてえ。
でも守ってやりてえし、今まで見たいに逃げ場にだってなってやりてし、大切にただ慈しんで可愛がってやりてえってのも本当で……
だから絶対に無理強いはしない」
「む…無理じゃないっ!!
ギルが好きだっ!
馬鹿あぁっ!!」
ふみぃぃ…と、それだけ言って泣きだすアーサー。
もう好きだと言う告白と、馬鹿という罵りが同居するのが本当にらしいな…と、そんなところに思わず苦笑して、ギルベルトは
「実は…な、俺様、自分の心ん中で思ってただけで誰にも言ってねえわけなんだけど…桜になんでか見透かされてたのか、ゴムとか色々夜の必需品差し入れられたんだけど、さっき…」
と、言いつつ、よっこいしょとアーサーを片手で抱えて、もう片手でさきほど部屋の隅に放置していた桜の紙袋を持って、寝室に移動する。
そして
「俺様の人生で唯一の法律無視なんだけど…あと半年待てねえ。
一緒に法律破ってくれるか?」
と、アーサーをベッドに座らせて紙袋を揺らした。
もちろん…アーサーに異存があるわけもない。
こうして2人は小さな街の片隅で、こっそり共犯者になったのだった。
幸せな幸せな犯罪については…もちろん半年後、アーサーが18歳の誕生日を迎えるまでは2人だけの秘密である。
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