それはじわりじわりとアーサーの生活に入り込んできた…
日が傾くにつれて次第に大きく伸びて行く影のように…だんだんと…大きく……
休日のカークランド邸。
広いリビングには大きなテレビ。
その正面の特等席とも言えるソファは最近ギルベルトとアーサーの専用になっている。
ソファの前のテーブルに並ぶ数々の御馳走に菓子。
それらは全てフランソワーズの手作りで、ギルベルトは自分の足の間にアーサーを座らせて、その口にカナッペを運んでやりながらDVDを見ていた。
熱烈大歓迎と言ったところではあるが、そのソファから左右の床には腐女子達。
ギラギラとした目で何やらスケッチをしているのは気にしない事にしている。
気にしたら負けだ。
気にせずに御馳走とDVDを楽しんでいればアーサーの身の安全と自分の腹は満たされる。
そう思ってギルベルトは雑談を交えながらDVDを見つつ、時折り自分の口にも御馳走を運ぶのである。
どうやらギルベルトがモデルを断ったことでその後釜にとフランソワーズが連れて来たらしい男はとんでもない変態野郎で、あろうことか、アーサーが学校から帰宅した時に、全裸で股間に薔薇というありえない格好で出迎えたのだと言う。
それに怯えて雨の中、こっそり自宅を逃げだして駅に避難していたアーサーを回収、自宅へ連れ帰ってその話を聞いた時には、もう開いた口がふさがらなかった。
とにかく保護しなくてはっ!安全を確保してやらねばっ!!
自身も弟がいる根っからの兄気質のギルベルトがそう思ったのは自然なことだった。
しかしながら…味方はいない。
フランソワーズはアーサーの実姉で、非常に美人で愛想も良いため、親を始めとする周りの大人からの信頼も厚い。
もちろんギルベルトとて幼い頃からふざける時はふざけるが、基本真面目に生きて来て学級委員だとか生徒会長だとかも歴任してきたため、大人の信用も厚くはないかと言えばそうではないのだが、どちらも同等の場合は、未成年に対する対応を論じる場合は親族の方に圧倒的に分がある。
そういうわけで、ギルベルトがどれだけアーサーの身の安全を訴えたとしてもフランソワーズが問題ないと言いきってしまえば何も出来ない。
非常に腹立たしい事ではあるが、相手の要求をある程度飲むことで、交換条件を出すくらいしか出来ないのである。
ということでギルベルトが取った行動は腐女子3人組の中でも、自分と親しく、また、アーサーの気持ちも比較的考えてくれている桜を間に挟んで、極力アーサーに負担をかけたり嫌な思いをさせたりしないように…その代わり自分が色々負担を受けるということ。
具体的には、自分がアーサーと付き合うと言う形を取っても良いし、色々なモデルをやっても良い。
その代わりに本にする内容については、自分の方はアーサーの事をそういう眼で見てる言うのは良いが、アーサーの方はまだそういう意識はしていないという形にしてやること。
単に親切にされた大学生に懐いている高校生とそれに惚れてる大学生の片思いってとこまでにするという事で、まあこれは桜も両思いまでいかなくても、それはそれで美味しいだろうと説得してくれて了承された。
これで万が一アーサーがモデルだとばれた時に、アーサーが変な目で見られることはないだろうと思う。
もう一つはR18は不可。
これはアーサーは18歳以下なのだから当たり前と言えば当たり前だろう。
エリザとフランソワーズは渋っていたが、これは桜も断固として主張して、条件に加わった。
…というわけで、とりあえずギルベルトの毎週末はカークランド家でアーサーと過ごしているのを腐女子達にスケッチされる日々になったわけなのだが、これについてはもう仕方ないと諦めた。
もう視線を気にしなければ良い話だ。
――飯も美味いし、アルトだって可愛いし、普通の招待と思えば良いんだよな
と、開き直りながら過ごしていた。
まあ平和な日々だった…が、そんな日々に徐々に刺激の不足を覚える腐女子。
「ねえ、ギル…」
「ぁあ?」
突然筆を止めて声をかけてくるエリザに、アーサーに話かける柔らかい口調とはうって変わって邪険な声で応えるギル。
なまじ綺麗だがキツイ顔立ちなので、意識して笑みを浮かべたり柔らかい声音で話さないと、とたんに威圧感が溢れ出る。
そこでビクッと振り向くアーサーに気づくと、ギルベルトはまた柔らかい表情に戻って
「ああ、あいつとはこれが通常だから気にしねえでいい。
別に不機嫌なわけじゃねえからな?」
と、優しくその小さな頭を撫でてやり、そのやりとりに、桜がうっとりとした表情で、ほぅっとため息をつく。
彼女はとにかく推しは優しく優しく愛されて欲しい派ならしい。
ギルベルトがフランソワーズとの交渉の仲立ちをしてほしいと頼んだ時に言っていた。
『アーサー君は私にとってはとてもとても可愛くて可愛くて可愛くて…幸せにしたい子なんですっ!
本当は私の手で幸せにしてあげたいんですけどね。
でもアーサー君は世界で一番可愛いからよくストーカーとか痴漢とか変質者とかに遭ったりするし、そんな時、私じゃちゃんと守ってあげられないじゃないですかっ。
本当に、もし私が包容力のあるイケメンなら絶対にアーサー君を自分の手で幸せにするところなんですけど…私じゃ無理だから…私が知っている中で一番優しくて頼りになってアーサー君を幸せにしてくれそうな師匠にお任せしたいと思ったんですっ!』
…と。
まあ…若干思考がぶっとんでいるが、桜自身はそういうわけでギルベルトがアーサーを大切にしていて、アーサーが幸せなら満足らしい。
なので、もちろん件の変態男の一件は彼女の耳には入っていなかったらしく、それを知った桜は穏やかな性格の彼女にしては大激怒。
印刷、会場、サークルの宣伝など、雑務の諸々を全部桜が取り仕切っていたので、あとの2人は大慌て。
そんな経緯もあって、今回の交渉が割合とスムーズに進んだと言うのもあったりする。
それに懲りて後の2人も大人しくしていたというのもあったのだが、そろそろ困った性癖が頭をもたげて来たらしい。
ギルベルトのつっけんどんな返答にもめげずにエリザが言う。
「あんた達って…キスくらいしないの?」
けほっ!とアーサーがむせて咳き込んでむせたので、紅茶を手渡しつつその背をさすってやりながら、ギルベルトはエリザに
「死ね」
と、短く返す。
それに対してすかさず
「萌え死にさせてっ!!」
と、返すあたりが、エリザのすごいところである。
それに対してため息で応えるギルベルト。
その後、
「…18歳以下には清く正しくプラトニックだろ。
俺様はまだ犯罪者にはなりたくねえ」
と、当たり障りのない言葉を吐くギルベルトには
「ね、アーサー君の誕生日っていつ?」
と、キラキラした目でフランソワーズに尋ねるエリザだが
「18歳になっても高校生のうちはR18はダメなんですよ」
と、にこにことしかし眼だけ笑っていない桜が釘を刺すのには、
「そ、そうだったわね」
と、あははと笑ってそれ以上の言葉を飲み込んだ。
桜と言う強大な壁を得て保たれていた平和…。
しかしながらその守護の範囲が及ぶのは飽くまで腐女子2人の範囲まで。
その範囲外からひたひたと、変態の足音が近づいて来ているのを、ギルベルトもアーサーも…腐女子3人ですら、この時点ではきづいてはいないのだった。
Before <<< >>> Next (12月19日0時公開)
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