それは本当にお伽噺のようだった……
自宅におそらく姉の趣味で自分と絡めるように呼ばれた男。
綺麗な顔はしているもののなんと全裸!…ではなく、股間に薔薇の花。
全裸より変態臭い。
これは絶対にやばいやつだ…!!
そもそもいつも3人一緒の腐女子仲間の中で、自分に対して割合と優しい桜が居ない時点で、すごく危険な感じがピリピリする。
そう、一言でいえば貞操の危機!!
あまりに恐ろしくて、でもその場で動揺したら即まずいことになりそうなので、なんとか平静を装って自室に戻り、窓からこっそり逃げだした。
外は雨…。
靴は玄関なので持ち帰った上履き。
現金は与えられていないため、持ち物は携帯と定期…そしてもし何かで戻れない場合に置いて行くのが忍びなかったお気に入りのティディベアをバッグにつめた。
お金がないので店には入れず、公園などは変質者でも出たら怖いし、屋根もない。
そんな理由で向かったのは電車の駅。
最寄駅は待合室があるような大きな駅ではないので、吹きっ晒しで、それでもベンチがあるだけありがたい。
駅のホームの固いベンチに座ってぎゅっと鞄から頭だけ出したティディを抱きしめて、震えながら今後を考えた。
駅だって終電の時間が来たら閉まってしまう。
そうしたらどこに行こう……
突然行って泊めてくれるような友人なんていないし、親を含めた親戚一同海外だ。
そんな事をかんがえているうち、1人の銀色の髪の青年の顔が脳裏によぎるが、アーサーは否定するように小さく首を横に振る。
ありえない……
ただの姉の同級生で、姉に騙されて巻き込まれただけだったのに、同じく巻き込まれているアーサーに同情して、毎日のようにアーサーにご飯どころかおやつまで提供してくれている。
もしかしたら今の状況を言えば同情して一晩くらい泊めてくれるかもしれないが、今でさえ迷惑をかけまくっているのに、それ以上とかあまりに図々しい。
そう考えると……
自分は本当に1人なんだな…と思う。
家族も同級生も…誰も助けてくれない…頼れない……
唯一手を差し伸べてくれたのが、ほぼ他人に近い関係性の姉の同級生だなんて、どれだけ自分で人間関係作るのがへたくそなんだ…と、ため息が出た。
雨に降られたせいで、水がじわじわと体温を奪って行く。
身も心も寒すぎて、それがこの世で唯一の頼りとばかりにティディベアを抱きしめた。
…あ…だめだ…泣く……
寒くて悲しくてみじめで、いい加減目元が熱くなってきた時……電車が止まって開いたドアから降りる人影。
まるでお伽噺の王子様のように…電車の車内の光を背に、キラキラと光る銀色の髪。
こつ、こつ、と靴音を響かせてアーサーの前にその人物が立った時、堪えていた涙が安堵のあまり溢れ出た。
ぱさりとかけられる上着のぬくもりが、冷え切った身体に染みわたる。
――馬鹿…俺様に連絡しろよ…
汚れるのも構わずその場に片膝をついてアーサーを見あげると、ギルベルトはそう言ってため息をつくと、当たり前に
――…話は家で聞くから。行くぞ
と、アーサーの手を取って立ち上がらせると、丁度来た反対方面への電車に飛び乗った。
――…もう、仕方ねえか…
結局ギルベルトの家に舞い戻って、湯を張ってくれた風呂で温まって、ほかほかと湯気をたてながらギルベルトの着替えを借りてリビングに落ちつくと、コーヒーのマグを差し出しながら、ギルベルトが言った。
…しかた…ない?…仕方ないって…??
さ~っと全身から血の気が引いた。
もしかして迷惑をかけすぎて呆れられた?
さすがに見捨てたくなったのだろうか……
言葉もなく呆然と見あげると、それに気付いたギルベルトは、――違う、違う、と、苦笑した。
「別に怒ってねえし、面倒とかも思ってねえよ。
むしろ余計に心配になっちまっただけだ」
と、笑いながら温かい手で頬に触れてくる。
少しキツイ印象を与える綺麗な切れ長の紅い目は今は優しく笑みの形を作っていて、どこかホッとさせるものがある。
「とりあえずな、アルトは不本意かもしれねえけど……」
と、ギルベルトは少し迷って切り出した。
「俺様な、自分も弟がいるせいか、なぁんかもう、お前のこと心配で気になりすぎんだわ。
今回こんな事があったと思うと、たぶんなぁ…毎日自宅に返しても、またフランソワーズが変な奴を自宅に連れ込んで変なことさせようとしてねえかとか、もう一晩じゅう気になってそうだしな。
だからな、別に本当にそういう意味で見られるかは別にして、それでそれ以上変なことしてこねえって言うんなら、形だけでも付き合ってるって事にしねえ?」
………
………
………
…びっくりした。
びっくりしすぎて咄嗟に言葉が出ずに、アーサーはただぽかんと目を丸くして呆けた。
目の前にいる青年はすごく整った顔立ちをしてて、スタイルも良くて…そして桜いわく成績もトップクラスで、いつも学級委員だの生徒会長だのをやっていて、人望もあるらしい。
つまり…まあいわゆる非の打ちどころのない男だ。
女性にだってモテて何度も告白されているのだと、聞いている。
そんな男が良いのか?
周りにだってホモと思われるんだぞ?
たかだか同級生の弟を助けるために人が好過ぎないか?
と、さすがに呆れかえったのだが、ギルベルトはその沈黙を別の意味に取ったらしい。
慌てて顔の前で手を振った。
「あ、もちろん俺様は変な事はしねえぞ?
物理的には今まで通りで、形だけ、名前だけな。
あいつらのエゴ通すのも癪なんだが、アルトの身の安全には変えられねえしな…」
…うん…それはわかってる。
ギルは好き好んで自分みたいなのに手を出したりはしないだろう…
ギルは好き好んで自分みたいなのに手を出したりはしないだろう…
そんな意味を込めてこっくり頷くと、アーサーはギルベルトを見あげた。
「でも…ギルは良いのか?
俺にとってはありがたい話だけど…ギルにとってのメリットなんて何もないだろ?」
こんな貧相な子どもを相手にしなくても、こいつならいくらでも綺麗なお姉さんが寄ってくるだろうし、じきに年末、クリスマスだの初詣だの、それこそさらに少し先にはバレンタインデーと、カップルイベントが目白押しだ。
そんな時期に本気で恋愛を放棄するつもりか?
申し訳なくて…申し訳なさ過ぎてポロリと零れる涙を、ギルベルトの固い指先がぬぐってくれる。
仕方ないな…とでも言うように笑う顔が、まるでドラマに出てくるイケメン俳優のようにカッコいい。
「あのな…さっきの俺様の話聞いてたか?」
柔らかい声音の問いかけに、アーサーがことんと小首をかしげると、ギルベルトは自分の額を軽くアーサーの額にぶつけてきた。
「…心配すぎて…落ちつかねえんだよ、俺様の方が。
メリットって言うなら、とりあえず毎日毎日心配でハラハラせずに済む」
――俺様の方のメンタルの都合だからな?アルトは何も気にしなくていい…
なんて優しい声で言われて、アーサーが断れるはずないだろう。
「とりあえず桜を間に挟んで交渉すっから、しばらくゆっくり休んでろ」
ふわりとかけられるブランケットが温かくて…隣に座って桜と電話で話すギルベルトの声が心地よすぎて…時折り宥めるように頭を撫でる手が安心感に溢れすぎていて……
アーサーはいつのまにかそのまま意識を手放してしまっていた。
そして気づいた時には、公称ギルベルトの恋人…という立場になっていたのである。
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