「やっぱり家の側まで送って行った方が良くないか?」
アーサーの家の最寄り駅まで電車で5駅。
自分の自宅マンションの最寄り駅まで送って来てくれたギルベルトは少し気遣わしげに少しだけ身をかがめてアーサーの顔を覗き込んだ。
それが少しだけ申し訳なく、でも嬉しい。
今まで誰もアーサーの事をこんな風に気遣ってはくれなかったのに、初めてくらい気遣ってくれる相手がスクリーンから出て来たようなモデルのように整った容姿の男なのだ。
女の子ではなかったとしても嬉しくないはずはない。
いや、もしかして自分は姉の趣味に毒されすぎているのだろうか?
そんな事を考えながら、それでも自宅の最寄り駅まで送ってもらって姉に見られたら、そんな優しいギルベルトをまた変な事に巻き込んでしまうと思うので、アーサーはそこで分かれて1人で電車に乗った。
そう、諸悪の根源は姉である。
BL本を描くのに参考にできる絡みの図が欲しい…
そんなふざけた理由で、アーサーを食事で脅し、腐女子仲間と共にギルベルトを騙してモデルとして使おうと呼びだした。
………
………
………
それがアーサーとギルベルトの出会いである。
その後、姉のアーサーに対する扱いのひどさにギルベルトがキレて、その日は解散。
後日、実姉のした事があまりにも申し訳なくなって謝罪に出向いたのだが、優しいギルベルトは不快に思うどころか、なんとアーサーを心配してくれていたらしい。
事情をきかれて泣きだしてしまったアーサーを自宅に招いてくれて、実はアーサーに会う前に姉にあって注意してくれたのだと伝えられた。
「この前言ったのと同じような事を言ってみたんだけどな、それはうちの姉弟関係の問題だしって拒否られるし、親に言うぞって言っても自分は親からも信用されてるから信じないから言いたきゃどうぞって言われてな…」
と、眉尻を下げて申し訳なさそうに言うギルベルト。
いや、申し訳ないのはこちらの方だと思う。
本当に申し訳なさ過ぎて言葉も出ずに俯くアーサーの頭をギルベルトは自分が悪いわけでもないのに、
「力になってやれなくて、ごめんな」
と優しく撫でてくれた。
その気持ちだけで本当に十分だった…十分すぎるほどだったのに、彼は根っから優しいのだろう。
「フランソワーズの方を変えるのは難しそうだし、もしああいうあいつの趣味につきあわねえと食事やおやつ食わせねえとか言うだけだったら、良かったら俺ん家で食ってけよ。
俺様、大学のために実家出てずっと1人で飯ってのも味気ねえなぁって思ってたし、一緒に飯食ってくれる相手がいると楽しいから」
と、そんなことまで言ってくれる。
そこまで迷惑かけるのも申し訳ない…と、思うのだが、
「2人だったら二倍食えるから二倍作れるしな。
いろんな料理を一緒に作ってみようぜ」
なんて、さも自分も楽しいのだとばかりに誘ってくれるので、ついつい好意に甘えてしまう事にした。
こうしてそれからもう1週間。
アーサーは学校が終わると毎日のように自宅までの帰り道にあるギルベルトの自宅の最寄り駅で途中下車。
ギルベルトの自宅に寄ってギルベルト自作の美味しいお菓子と料理をごちそうになって帰宅することになったのだ。
そして今日もギルベルトの家でおやつを食べて食事を食べての帰宅。
姉に怪しまれないように、放課後、学校の自習室でクラスメートと勉強し、その時にクラスメートが大量に持ってくるお菓子をわけてもらっているのだと言いつつ自宅でも一応夕食は摂るようにはしている。
当然自宅で食べる食事量は減ったが『貰ってばっかじゃ悪いから、あんたも持って行きなさい』と姉の自信作のお菓子を持たされるので、疑っている様子はない。
そのお菓子は本当に学校でクラスメート達に配っていて、なかなか好評ではあった。
と言う事で、アーサー的には非常に平和に日々を過ごし、今日は週末なので明日はギルベルトに会えなくて残念だな~などと呑気な気分で帰宅。
「ただいま~」
と、ドアを開けて玄関を入ったら見慣れぬ男物の靴……があったのは良いが、
「「「おかえり~」」」
と迎えに出て来た面々を見てアーサーは硬直した。
姉…は、まあいい。
エリザ……は、嬉しくはないが、まあ仕方ない。
しかし…最後の1人…
………
………
………
ありえねえだろおーーー!!!!
叫ばなかった自分を誰か褒めて欲しいと思う。
ギルベルトとは違い、割合と甘ったるい雰囲気を纏ってはいるが、目の前の男は綺麗な顔はしていた。
少し長めのふわさらなはちみつ色の髪は光の波のようにつやつやと輝き、体型もギルベルトのように筋肉隆々とまではいかないまでも、まあ細すぎもせず太りすぎもせずで、大体の服装は綺麗に着こなせるであろうラインを保っている。
………そう…これで服を身に着けていれば!!!
目の前の男はなんと全裸だった!!
「………ちょっと着替えてくる…」
何事もなかったようなトーンでそう言って、アーサーは二階への階段を登って自室に入る。
バタン!とドアを閉めて鍵をかけると、吹きだして来る冷や汗。
膝がわらっている…。
何故いきなり他人の家で全裸になっているんだ?
というか、訂正だ。
全裸…に近いけど正確には全裸ではなかった。
股間に赤いバラ…
そう、男は何故か股間を赤いバラで隠していた。
それが全裸よりまだ変態臭い!
何故そんな変態が自宅に待機していたのか…考えるだに恐ろしい。
腐女子で絡みが欲しいとギルベルトを騙して呼びだした姉とエリザの事だ。
目的なんて一つだろう。
というか…ギルベルトの時より事態はずっと悪化している気がした。
これはもう貞操の危機なんじゃないだろうか……
恐怖で歯の根が合わなくてカチカチと歯がなった。
頭をよぎるのは…逃げなくては!!…のただ一言。
靴は玄関に置いて来てしまったが、幸い今日は週末だった事もあって上履きを持ちかえっている。
裸足よりはましだろう…とそれを履き、ベランダから木を伝って庭に降りてこっそり逃げ出す。
現金は持っていないし、家出のお伴は定期と携帯とバッグに入れたティディベア。
これではコンビニにすら退避できない。
…というか、以前姉に命じられて夜にコンビニに行ったら小学生と間違われて補導されかけた事もあるので、コンビニはダメだ。
ずっと立ちつくしているのも辛いしと思っても、当然お金がないのでマックにすら行けない。
公園…という手がなくはないが、人がいない公園というのは色々な意味で怖い。
タイミングの悪い事に雨まで降って来てアーサーは途方に暮れた。
屋根と椅子のある…定期と携帯とヌイグルミしか持っていない男子高生でも入れる場所…
そう考えれば選択肢は一つだ。
駅……
アーサーは上着を被って雨をしのぎながら、自宅の最寄り駅まで急いで駈けだした。
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