青い大地の果てにあるものGA_10_10

頭が痛い...気持ちも悪い...

ウッと吐き気にうめくと、すかさず柔らかい布が敷き詰められた袋が口元に差し出された。



「我慢せんと吐とき」

上から声が振ってくるのに促されてそのまま袋の中に吐いていると、大きな手が後ろから背中をさすってくれる。

気持ち悪くて苦しいのだが何故か懐かしくて心地よい。

無茶というのをここ久しくしてなかったが、それでも体調を崩した時に看病をしてくれる手は頼りない弟の手で、甘えるというよりは少しでも心配をさせないように無理に元気なフリをしてきた。

無条件に看病の手に甘えられたのはもう何年前の事だっただろうか...

子供の頃から対等な人間などいなかった。

ブレイン本部長という権力者の祖父をもったおかげで、物心ついた頃には他から隔離されて教育を受けていた。

大人ですら自分に敬語を使って、研究になると色々お伺いをたててくる。


友達などもちろんいない。
母は怖かったのは覚えている。綺麗な人ではあった。

弟と自分はいずれも母親似だ。
自分に英才教育をほどこしたのは母だ。

そして父の死後、自分達が生きて行く場として祖父のいるブルーアースを選んだのも...

一方父は無口な一見無骨な人だった。
口数が少なく、でも強く温かい人だった。

いつでも仕事は休めない、と、研究機関を転々とする母の代わりに体調を崩すたび看病をしてくれたのは父の大きな手だった。自分が12歳の時に事故死をする日まで。

遺された12歳の自分と泣きじゃくる8歳の弟をここに放り込んで母は失踪した。
自分達は捨てられたのだ、と、自覚すると同時に、自分が今度は弟のために失くした両親や忙しい祖父の、その大きな手の代わりにならなければならなかった。

本部長の孫とはいえ、本来は居るべきではない幼子が職場で養われる事を影ではよく言わない大人達に意味のない笑顔を浮かべて従うふりをする事も覚えた。

摩擦を起こさない様に、それが齢12歳で両親を失くして弟を守らねばならなくなった子供の生き残る術だった。

死ぬ思いで学んで10年後、本部長だった祖父が亡くなったために異例の早さで出世してブレイントップに登り詰めたが、それはそれで今度は足を引っ張って追い落とそうとするベテラン勢との戦いの始まりにすぎなかった。

それがなんとか一段落ついたら今度はレッドムーンとの戦闘が激化。
攻勢に転じる為の下準備と強くなる敵に備えてのジャスティス強化のジュエルの研究でもう何日も寝ていない。

いったい自分が何をしたと言うんだ。
疲れた...

...とうさん...
胃液まで吐いて涙がまじる中で思わずつぶやく。

「こんなにおっきな息子持った覚えはあらへんけどな」
上から振ってくる声に力なく顔を上げると、そこには信じられない顔が...

「うあああ!!」
思わず悲鳴を上げて後ずさると、

...自分なぁ...ひとんこと化け物みたいに...
と、自分の事を嫌いなはずの俺様親分が顔をしかめる。

「あ...なんで俺...
さっきまで背中をさすっていたのはこいつだったのか。

いったい何が起こっているのかわからずに混乱するロヴィーノに、ロヴィーノの汚物の入った袋の口を縛って処理すると、アントーニョはコトリとベッドラックに水差しとコップを置いた。

「水...飲んどき。薬は?要るか?」

「えと...ここは?」
見回してみると見覚えのない部屋で、何故ここにいるのかさえ思い出せない。

おそるおそる聞くロヴィーノにアントーニョは水差しから水をコップに注いでロヴィーノに差し出す。

「親分の部屋や。
酔いつぶれたまま人目のつく所に放り出してくるのはさすがにあかんやん。
一応ボスなんやし」

...バーで飲んで...つぶれたのか、と記憶がつながる。

元々強い方ではなかったが、このところ徹夜続きだったから...ロヴィーノは青くなった。


「まだ気分悪いん?…薬要るか?」
返事のないロヴィーノにアントーニョは言って顔を覗き込んでくる。

「なっ...なんでてめえがそんなに優しいんだよっ、気味が悪いっ!!」
さらに引くロヴィーノにアントーニョはロヴィーノの眼鏡を投げてよこした。

「考えてみたら…自分、実は親分より若いんやな」
うあああ...ロヴィーノはあわててそれを受け取ってかけた。

眼鏡は...実は度は入っていない。
それでもかけ続けるのはひとえに箔づけのためだ。

ロヴィーノも弟も母親似で..弟は良いにしても集団のボスで居なければならない自分にとっては絶望的な女顔だったりするわけで...

「どうせ女顔のガキだよっ!せいぜい馬鹿にしたらいいだろっ!!」
コンプレックスをまともにつかれて思わず感情的になるロヴィーノ。

「あー堪忍。
別に馬鹿にしてるとかやなくて、単純に若い子ぉやったんやなぁと思うて」

意外にあっさり謝るアントーニョに拍子抜けするロヴィーノ。


「あ…いや、こっちこそ悪い。
酔いつぶれて介抱までしてもらったのに...

「ああ、そういうのは慣れとるから気にせんといて」
と、アントーニョはさらに水の入ったコップをロヴィーノに差し出した。


「自分も苦労しとったんやな。悪かったわ」

「いや、こっちこそ…」
礼を言ってコップを受け取るとロヴィーノは少し水を喉に流し込んだ。

「親分、うわべで判断しすぎるとこあるから、ほんま余分な苦労かけて悪かったわ」
アントーニョはそういってくしゃっと頭をかく。

高慢な俺様勇者だと思っていたフリーダムのトップは、実は意外に素朴で潔い人柄らしい。

おそらく本当は俺様...というより親分肌なのだろう。

それに比べて自分は...とロヴィーノは自らを振り返って情けない気分になった。
虚勢を張って迷惑かけた挙げ句、礼も言わず女子供のようにわめき散らした。

「いや...俺の方こそそういう誤解を与える態度取っていたのかもしれねえし…。
色々虚勢を張らないとやっていけない部分も多かったから。悪かった」

ロヴィーノの言葉にアントーニョは少し目を丸くして、それからニカっと笑った。


「実は真面目で責任感強い長男気質やんな」

「は?」
確かに自分は長男だが....

「プーちゃんも年下やけどそんな感じやねん。
友達やし、なんかわざわざ大変な方向行くとこあるし、放っておけへんっちゅうか…。
フォロー入れたらなあかんなぁ…思うただけやねんけど、その分自分にきつく当たってたとこある気ぃするわ。堪忍な」

友達...自分は生まれてからこの方そんなものを持った事はないからわからない。
ロヴィーノは肩を落とした。

「俺は...ガキの頃から本部長の爺に引き取られてここで育って、周りに同年代いなかったし…家族以外と友人づきあいみたいなプライベートなつきあいをした事一切はねえから...

「あ~…そうやったん?!」
目を丸くするアントーニョ。

「こんななさけねえ嘘ついてどうするんだよ。
お前はギル以外にも友人多そうだよな…」

「ある意味すごいやんな。そしたら親分が最初なん?もしかして。」

アントーニョの言葉にロヴィーノはきょとんとする。

「は?何が?」
「プライベートなつきあいに決まっとるやん」

「はああ?いつ俺がお前とプライベートな付き合いしたんだよ?」

思わず今までの調子で言ってしまって、ロヴィーノはしまった、と口を押さえるが、相手は気にしてないらしい。

さらに
「今。これってどう見ても仕事の域超えとるやん」
と、言ってくる。

「む...確かに...
そういえば弟以外の人間の私室に入るのすら初めてかもしれない。

「ま、どっちにしても、もうしばらく寝とき。
戻ったらどうせ仕事なんやろうし。
今は外部的にはトップ会談中って事にしとるから。
夕飯時になったら起こしたるよ。夕飯食って解散やな。
親分は居間におるから、何か会ったら遠慮なく呼びや?」
言って止める間もなくアントーニョは部屋から出て行った。



意外に...というか、かなり良い奴なのかもしれない。

思い起こせば...完全につぶれる前にかなり暴言吐いた気もするし、勝手に酔いつぶれたのだから放っておけば良かったのに、人目につくと本部長という立場だけに体裁が悪かろうと気を利かして自室に連れ帰ってくれるあたりが大雑把な人間に思っていたが気遣いが細やかだ。

上に立つ器というのはこういうのを言うのか...。自分とは大違いだと思う。

ロヴィーノはだるい体をまたベッドに横たわらせた。

考えるのはまた後で。とにかく寝よう。

器であるにしろないにしろ、もう後戻りする時間はない。
倒れるわけにはいかないのだ。





「やっぱり二日酔いだね」

居間に戻ったアントーニョをソファで迎えたのはもうかなり長いつきあいになる医者の旧友。

...夕方に奴が起きてくるまでには帰ったってな、フラン。
あんまこういう所見られたくないやろ」

汚物入れをダスターシュートに放り込むと、アントーニョは小さめのそれ用の湯のみに中国茶を入れてフランシスの前に置いた。

「自分で呼んどいて冷たいなぁ、トーニョ」

「しゃあないやん。つぶれんのはええけど死にそうに青い顔しとったから。
急性アルコール中毒って下手すれば死ぬさかいな。
考えてみれば、あの子親分よりまだ年下やし…。
子どもが子どもの弟守ったらな思ってきばっとったって知ったら、なんや放っておけへんようになってもうた」
と、アントーニョはは~っと額に手をやってため息をつく。

「いや、お前って子供に弱いよね。ほだされてるし」
「うっさいわ!本人には言うんやないで、気にしとるみたいやし」
「はいはい」
フランシスは肩をすくめてお茶をすすった。

「そんなに子供好きだったらさっさと自分の子でもつくったら?」
にやにや言うフランシスにアントーニョは言う。

「女は...めんどくさいやん」
「面倒ごと好きなくせに...

「子どもは...いつか手が離れるやん。女は死ぬまでやし」
「なるほど」
フランシスは喉の奥でクックっと笑った。




Before <<<      >>> Next (12月10日0時公開)     


0 件のコメント :

コメントを投稿