青い大地の果てにあるものGA_10_8

「フリーダムの方から尋ねてくるなんて珍しいじゃねえか」

同じ頃、ブレイン本部には珍しい訪問者が姿を見せていた。

全身黒い制服に身を包んだその姿に一部の女子ブレイン部員が歓声を上げる。


「フリーダム側からの要望を伝えに来てん」
フリーダムの若き長はバサっと書類をロヴィーノの机に放り出した。

「そっちの仕事を増やす類いの物やない。
全てこっち側から人員をさくさかいな。文句はないやろ?」

イライラとした感情を隠す事なく言うアントーニョをチラっと見上げて、ロヴィーノは机の上に投げ出された書類を手に取った。

そのまま無言で目を通す。

「ジャスティスの労働条件の改善案...か」
一通り目を通すとロヴィーノは眼鏡を少し直してアントーニョを見上げた。

「まあ、座れよ」
と、ロヴィーノが椅子を勧めるが、アントーニョはそれを手で制して言う。

「いや、長居をするつもりはないさかい、必要無いわ。
目ぇを通して了承だけもらえればええ」
その態度にロヴィーノは舌打ちをした。

「相変わらず...用件だけ言って歩み寄りの気持ちはなし、かよっ」

その言葉に部員達はぎょっとしてアントーニョの様子を伺うが、アントーニョは表情もかえずに

「ことさら馴れ合うつもりはないわ。
...今の時点ではな」
とやはり苛立ちを隠さずに言い放つ。


両者の間に冷ややかな空気が流れた。

一部の女性部員達以外は、フロア内みんなが息を飲んでそのやりとりを凝視している。


「任務に赴く時の運転手と医療スタッフの同行。
本部以外どこの支部でもやっている事やで?
運転手はフリーダムから、医療スタッフについては医療チームの方で手配してもらえるよう了承はとってあるさかい問題はないやろ?」

...そうだな」

「現場が遠距離の場合は、現地に宿泊場所の手配をする。
これも事務方に話はつけてある」

アントーニョの言葉にロヴィーノが軽く肩をすくめた。

「これは...少し困る。
車内で休息を取る場合に比べて時間的なロスが多すぎて、次の任務につくのが遅れっからな」

ロヴィーノが言うと、アントーニョは怒りを含んだ声で言う。

「ジャスティスの...過重労働は問題やと思うけどな?」

「今のこの状況だとある程度はしかたない事だろ」

...ブレイン本部長は一部私情が入っているとしか思えないスケジュールの組み方をしているように思えるんやけど?」

アントーニョは口の端を少しあげるが、目は全くわらってはいない。
ロヴィーノもその言葉に冷ややかな笑顔を浮かべた。

「フリーダム本部長も一部のジャスティスに肩入れして案を練ってるようだよな?」



氷点下の南極の風がブレイン本部を吹き荒れる。

うあああ...やばいよ、これ。

ブレインの副本部長は青くなってその場を離れ、ピッポッパととりあえずこの場の空気をなんとかできそうなあたりに電話をかけた。

『はい、エリザ』

「あ、エリザさん?フリーダムの部長とね、うちの部長が今すごい事になっててね...もうブレイン本部全員いたたまれなさすぎて...きてもらえない?」
言って一通りの状況を説明すると、

「おっけぃ。」
と受話器の向こうでエリザが小さくため息をつきつつ了承した。




「トーニョ、喧嘩売りにきたんですって?」

呆れたように腕組みをしたエリザが顔をのぞかせるとブレイン本部の部員一同ホッと安堵の息をついた。


「喧嘩は...売ってへんよ。
こちらの偉い坊ちゃんがあんまり一般人にわからない理屈で動いてはるからな」

うあ...とエリザも苦笑いをする。


「エリザからもなんとか言ってくれっ…
こちらの勇猛果敢な勇者様は弱者にも強者並に戦えと無理なご所望なんだけど…」

あらあらこっちもなの...と内心頭を抱える。


「ごめん、あたし一人じゃこれ無理よ。応援呼ぶわね」

元々迫力で押し切る系の交渉はとにかく、こういう仲裁には自分は向いていない。
が、桜に頼まれているのでどちらにしてもなんとかしなければならない。

…とすると…あいつ呼ぶしかないわよねぇ…と、エリザは携帯を取り出した。


おそらく昨日愛しの子猫ちゃんが退院して、思い切りいちゃいちゃ構い倒したいとおもっているんだろうし、出来れば突きたくないわけなのだが、そんな事も言っていられない。

これを放置すれば自分達ジャスティスの方にも色々飛び火しかねない。


......で?どうしてそこで俺様を呼び出すんだ?」

5分後...ブレイン本部にはさらに不機嫌な表情のギルベルトと、若干困った顔のアーサーがさらに加わった。


「くだらねえ用事だったら殴るぞ?」
と不穏な空気の人間がもう一人増えて、ブレイン部員一同震えあがる。

が、そこで飽くまでマイペースなアーサーは南極の風ふきあれる本部の二人の若き部長の間に進んでいった。


そして

「モーニン。これ見せてもらって良いか?」
と、返事を待たずにフリーダムの要望書を手に取って目に通し始める。


そんなアーサーに注目する事なく、ギルベルトの方に向かう両部長。

「おはようさん。せっかくの休暇やのに呼び出したりして堪忍な。
自分らに迷惑をかけるつもりはないさかい、帰って休んでくれてええで?」
と、アントーニョがギルベルトに言う。

それに対しては同意見らしいロヴィーノも

「ギルまで呼んだってどうなるもんでもねえだろ」
と言うのに、ギルベルトは呆れた顔で少し後ろに目をやった。

「お前ら2人が揉めてるから、他が困ってんだろうが」
と言うと、二人ともバツが悪そうに目をそむける。


「困らせても...言っておかなあかん事もあるやん。
ジャスティスは希少で代わりはいないんやし無理をさせて体を壊されたりしても困るわ」

それでもアントーニョが言うとロヴィーノも

「希少で代わりがいないからこそ、どうしても行ってもらわないといけない事もでてくるんだろうがっ」
と声をあげた。

「そのわりに自分の弟にはいつも基地内でフラフラすんの許してる気ぃするんやけど?」
「あいつはまだ今の厳しい戦闘に対応できるほど育ってないし…」

「育てる気があるのか甚だ疑問やんな」
「どういう意味だよっ?!」

また始まる争いにギルベルトはため息をついた。


...あのなぁ...
と、そこでエリザに23質問したアーサーが今度はギルベルトの服の裾をツンツンとひっぱる。

「ん?どうした?タマ」
「ん。これなんだけどな…」
と、アーサーはギルベルトに要望書を差し出した。

「エリザにきいたところだと...いくつか提示された案件の中で遠距離の場合に現地宿泊か車内宿泊かというのが直接の論点という事らしいけど…
どうせ移動距離伸びて日帰りできねえんなら、車でかくして、ベッドとかおいてテーブルとか椅子とか...可愛いクッションとか置いてみたりして、豪華版キャンピングカーというか…移動ホテルみたいな感じになれば、小旅行っぽくて楽しくね?」

「…任務兼小旅行……?…」
「そそ。個室とかあると尚可…だけど…」
「…タマと旅行……」

「………」
「………」
「………」
「いいなっ!それっ!!よしっ!それで行こうぜっ!!」

ギルベルトが嬉々として声をあげるが誰も聞いていない。


「……モディフィケーション」
ギルベルトはジュエルに手をやってつぶやいた。

するとジュエルが光を帯びて剣に変化する。

「「...??」」
その光にさすがに両部長も何事かと疑問の目をギルベルトにむけた。


「ああ、良かった。ようやくお話ができそうだな。
ジュエル、こんな使い方するもんじゃねえけど…」
言って2人の顔を見回すギルベルト。

どうやら二人の気をひくために発動させたらしい。


「とりあえず二人の間では一通り話がすんでるんだろうし、少し俺様に話をさせろ」

「おん」
「おう」
二人ともバツが悪そうに下をむいた。

「エリザから限りだと、いくつか提示された案件の中で遠距離の場合に現地宿泊か車内宿泊かというのが直接の論点という事なんだけどな、実際もめてんのは、実はジャスティス間の労働時間格差だよな?」

ギルベルトの言葉に二人とも少し考え込んでうなづく。

「トーニョはこのところ俺らベテラン勢が任務に送られる頻度が高いから、心配して今日こっちに交渉にきてくれたんだよな?」

にっこりとアントーニョにギルベルトが笑顔を向けると、アントーニョは視線をそらしたまま

「おん…。まあ、あれや。強い自分らを強い敵にあてるのはしゃあないねんけど、それやったら弱い敵ん時は平等やなくて、あんま強くない子ぉ達が全部引き受けるくらいやないとあかんやろ。」
とボソリとつぶやく。

「それを別にしても任務が一部に傾きすぎると、体調を崩したり最悪死んだりした場合に遺された者達ではその後の任務をこなせなくなる、という危険性もあるしな」

「せやろっ?!」
ギルベルトの言葉にアントーニョが大きくうなづく。

「でも...
ロヴィーノがそこで口をはさもうとするのを、ギルベルトは、

「もう少し話をさせろ。ロヴィーノの話もあとで聞くから」
とやんわりと、しかし有無を言わせない口調で制して続ける。


「でもそこで戦闘慣れしていないジャスティスをいきなり戦闘に放り込んでも、戦えないんだよな。
逆に慣れてる奴の足を引っ張りかねねえ。
だから任務に放り込めばいいってわけでもないんだよな」

「そうなんだよっ!そう思うだろっ?」
ギルベルトの言葉に今度はロヴィーノが勢い込んで同意する。

「二人の意見や心配はそれぞれ正しいんだよな。
...というわけで、もうちっと冷静に、現場、分析任務双方の立場から、現在戦闘慣れしていないメンバーがどうすればより低リスクで戦闘に慣れるようになるかという知恵を借りられれば、ありがてえなとは思うんだけどよ...

と、話を進めて行くギルベルトに、桜に頼まれてはみたものの、強く押し切るのは得意でも宥める事は苦手なエリザは

「さすがにあいつはこの手の仕切りは上手いわね」
と、胸をなでおろす。

それで両本部長が押し黙ったところで、これはタマからの要望だから反対意見は却下なんだけどな…と、ギルベルトは話をさらに進めた。

「移動手段の車なんだけどな、思いきって思い切り大型にして、移動ホテルくれえのモンにしてもらえれば、任務続きになっても道中は心身ともに休めるからいいんじゃね?って思うんだけど?」

「あー、それええやん!
それやったらメインの車は個室で、フリーダムが資材積んだ車で随行したらええわ」
と、アントーニョはテンション高く、

「ああ…それなら可能だな……」
と、ロヴィーノがホッとしたように、それぞれ頷く。


「居残り組はどうしても基地内待機になるし...それでジャスティス的には任務行っても行かなくても、多少疲れるけど楽しいか、退屈だけど危険なくゆっくりできるかでどちらに転んでもそう悪くないかと思うんだけど…」

と、最終的に発案者のアーサーが補足すると、

「まあ、どうせせなあかんことやったら楽しくっちゅうのはええんちゃう?」

と、さきほどまでの不機嫌さが一転、機嫌良く言うアントーニョに、このところ緊張続きだったロヴィーノは心底安堵したように大きく息を吐きだす。


そして

「とりあえず...ジャスティスを見習って、どうせ会談しないとなら場所移さねえ?
カフェテリアにでも。」
と、ロヴィーノが提案すると、アントーニョは

「バーならつきあってやってもええで」
とボソリ。

「お前...ワガママだよな…」
ロヴィーノがあきれた声をあげる。

「まあ...いいぜ。バーでも茶くらい隣から持ち込めっから」
「男のくせに...酒も飲めへんの?」
「飲めなくはねえけど...今何時だと思ってるんだ?」
お互い文句を言いながらも立ち上がって足は6区に向いている。

「研究者なんて人種はどうせ日の光のも当たらず室内にこもってるんやろし、夜も昼も一緒なんちゃう?」

「おかげさまでな。
昼も夜も作れねえほどだからバテてんだよ」
二人は誰もいないバーのカウンターに腰をおろした。



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