スペイン親分の焦燥
強引すぎたんやろか…でも元々はしたい言い始めたんはイングラテラの方やし……。
スペインは一人肩を落とす。
確かに強引だったかもしれないことは認めよう。
しかし、お互いがお互いに嫌われていると信じて避けていた両片思いだった…それがわかったあと、きちんと自分の気持ちも伝えたら、あとはやることは一つだと思う。
もちろん体だけが目的なわけではないが、スペインとて国体とは言っても、肉体は正常な成人男性のものだ。
好きな相手と想い合ってるとわかったら、することはしたいというのは決しておかしな事ではないはずだ。
前日はまだ幼い体だったにも関わらず、イングランドの方から抱いて欲しいと言われたのだから、あれは余計に普通の流れだったと思う。
確かに抵抗はされたが、優しく言い含め、愛撫を続けたら、抵抗もやんでいたように思うし、自分的にはこれ以上なくゆっくり優しく抱いたつもりだ。
なのに朝目覚めると、しっかりと抱きかかえて寝ていたはずのイギリスの姿が消えていた。
その時のショックときたらもう…呆然だ。
何百年もかけてようやく再び手に入れた愛しの花嫁がたった一日で消えてしまったなんて、ありえない。
頭の中が真っ白になった。
それでも今は500年前の時と違って、両思いだとわかっているのだ。
何かネガティブスイッチが入ってしまって逃げているのだろう花嫁をもう一度この手の中に閉じ込めて、もう疑う余地などないくらいに愛を囁き続けるのはやぶさかではない。
そうと思えばもうとにかく行方を突き止めるの一択だ。
素早く着替えてジーンズのポケットに携帯と財布とパスポートだけ突っ込む。
イギリスを探して移動するにはそれで十分だ。
他の荷物はあとから取りに来るなりすればいい。
何かに動揺したイギリスが逃げこむ先は不本意ながら一箇所だけ。
赤ん坊の頃からの付き合いの腐れ縁、フランスの所だろう。
確保…しておいてくれるなら連絡をつけてもいいのだが、それで引き止めておくようなら、イギリスもフランスに逃げ込んだりはしない。
スペインとイギリス…プライベートで同条件ならフランスは迷うことなくイギリスを優先する。
だから逃げられないところまで辿り着くまでは連絡は入れない。
こうして辿り着いたフランスのパリ。
フランス宅の前まで来てから電話を入れる。
『オーラ、親分やで。今うちの嫁さんがそっちおじゃましとるやんな?
迎えに来てん。返したって?』
いつもどおり言ったつもりだが、声に怒りと嫉妬と諸々がだだ漏れてたらしい。
フランスが電話の向こうで息を飲んでいるのがわかる。
『親分もな、自分の事殺したないねん。
ほんまは嫁さんが他の男んとこで二人きりとかめっちゃむかつくけどな。
まあ…今回だけは我慢したるわ。
でも…返さへんとか言われたら親分何するかわからへんわ。
自分だけやない。自分構成する全部が憎くなって、目につく人間全部捕まえて手足引きちぎるくらいの事してまうかもしれへんよ?
なあ…ほんま親分はただ嫁さん返して欲しいだけやねん。
あの子返したって?』
可愛い可愛いイングラテラ。
思えばあの当時二人の破局のきっかけになったのはフランスとの戦争だった。
ふつりと腹の奥からこみ上げる怒り。
しかしいつもなら情けなく泣き真似をするフランスが、今回はなかなか返事をしてこない。
これは…もうドアをぶち壊すしか…と、ポキリとスペインが指を鳴らした瞬間、
『スペイン、聞かせて欲しいんだけど…』
と、珍しくひどく真面目な口調でフランスが口を開いた。
「なん?」
『あのね、お前なにがあっても坊っちゃんの事ちゃんと愛し続けられる?
傷つけない?』
何か含みのある言い方に、若干イラッとくる。
「当たり前やんっ!親分どんだけ長いことあの子の事想っとったと思うてるん?
自分かて知っとるやろ?!」
即答すると、少し考えこむように黙り込んだあと、フランスは
『ちょっと待って。今開けるから。』
と、自ら玄関のドアを開いた。
「あの子、リビングにおるん?!」
と、すり抜けようとするスペインの腕を、フランスが掴んで引き止める。
「会う前に事情聞いて。でないとあの子また斜め上の方向に暴走するからっ!」
と言われれば、なるほど、と思う。
「まあ…そうやな。で?親分の何がそんなに問題やったん?」
とりあえず会いたくないというイギリスの意思を置いておいても会わせるべきだとは思っているらしいフランスに、スペインも少し頭が冷えてくる。
もうこの際、可愛い花嫁を取り戻せるなら出来うる限りの事はしようと思う。
「あの子取り戻せるんやったら、親分どんな努力でもしたる覚悟なんやけど?」
と聞くと、フランスは
「あの子に引かないでね?」
と少し言いにくそうに言うので、
「当たり前やん。引かへんで。」
と即答すると、
「実は…ね…」
と、事情を話し始めた。
「まじ…か……」
全てを聞き終わってスペインがへなへなとその場に崩れ落ちると、
「あの…スペイン?」
と、心配そうにその顔を覗きこんだフランスは、次の瞬間、ヒッと悲鳴をあげて飛び退いた。
「……なに……その楽園………」
もう危ないレベルで緩みきった顔でつぶやくスペイン。
次の瞬間…
「なんでそれ早く言わへんねんっ!!
親分いないうちにあの子の大事な体に何かあったらどないするとこやったんやっ!!」
と、理不尽な怒りのアッパーカットが、哀れ世界のお兄さんの顎にヒットした。
「アーティっ!アーティィィ~!!!
あかんわっ!あかんっ!!
こんなヒゲ臭いとこおったら、胎教に悪いわっ!!
親分がめっちゃ美味しくて栄養あるトマト食べさせたるから、スペインに帰ろっ!!」
こうして、バン!!とリビングのドアを蹴破って飛び込んできたスペインに呆然としている間に、コートに包まれ、抱き上げられるイギリス。
「あ…あの……」
「ああ、かわええお目目が真っ赤やんっ!糞ヒゲに何か言われたん?
親分が抹殺しといたろか?」
にこやかに慈愛に満ちた笑みを浮かべながら吐かれる恐ろしい言葉に、やはり声もなくイギリスがフルフルと首を横に振ると、
「そんならマタニティブルー言うやつやな。大丈夫っ!美味しいトマト食べたら憂鬱な気分もあっという間に吹っ飛ぶで?
それまでは親分が元気が出るおまじないしたるな~?ふそそそそ~~~」
と、言いつつも、当たり前にフランスの車のキーを手に、イギリスを抱きかかえたままスペインの足は玄関へ。
――お兄さんの…車?
と一瞬そちらへ手を伸ばしかけたものの、車で命が助かるならいいのかもしれない…と、思い、その手を引っ込めるフランス。
ブ~ン!と遠ざかる車のエンジン音を聞きながら、フランスは引きちぎられたリビングのドアを前に涙した。
うん…終わり。これでお兄さんの巻き込まれ人生も終わりだよね?
イギリスのネガティブ気質はスペインが度を超えたポジティブ気質で相殺してくれるはず。
お兄さん、春コミいけるよね?
日本、お兄さん生き残りましたっ。
遠く東の島国に心の中で話しかけるフランス。
しかし彼は知らない。
ちょうど3月の春コミの頃、妊娠3ヶ月にあたるイギリスがつわりで吐き気を訴えつつ、幼い頃から慣れ親しんだフランスの料理が食べたいとつぶやいて、嫉妬に狂ったスペインがそれでも可愛い嫁のためにと、黒いオーラを撒き散らし殺気をみなぎらせながら料理を習いにくることを…。
世界のお兄さんの巻き込まれ人生はまだまだ続く…。
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