ローズ・プリンス・オペラ・スクール第十章_3

ツンツンとルッツにクチバシで髪を軽く引っ張られてフェリシアーノの意識は覚醒した。
午後の柔らかな日差しに誘われるように、いつのまにか眠ってしまっていたらしい。


「夢だったのかぁ…」
フェリシアーノはフルフルと犬のように頭を左右に振った。
祖父にあんな話を聞いたせいだろうか…こんなおかしな夢を見たのは…。

日々疲れている…と思う。
今日も夜になればギルベルトと外へ出かけなければならないのだ。
まだ5日目だが、魔の気配が強い場所を選んで暗い街中を徘徊するのはひどく疲れる。
魔法が使えないくせに魔の気配は感じてしまうため、ひどく恐ろしくも気味が悪い。

2日に1度はアントーニョに連れられたアーサーも同行してくれる。
その時は彼が持つ月の安らぎの魔力のせいなのか友人と一緒な楽しさなのかだいぶんマシで、毎日そうだといいのだが、アーサーの負担を考えたアントーニョが渋々許可をしたギリギリが2日に1度なのだ。

それでも今日はアーサーと一緒の日だ。
少しテンションがあがる。

元々はアーサーに拾われてギルベルトが引き取ったと聞いていたがそのせいだろうか、ルッツも心持ち嬉しそうに見える。

「今日は何を着ようかな~。
ね、こっちの小花模様とこっちのチェック、どっちが可愛いと思う?」

一応女性の服を着て女性っぽい仕草を学ぶという指示は変わってない。
フェリシアーノは戦闘能力皆無なので、逃げやすいように舞台衣装のように重いモノではなく裾も引きずるほどのものではないが、一応こんな時でもドレス姿だ。

最初はつらかったそれも最近では楽しんでいて、今もルッツを前に二枚の外出用のドレスを当ててみて尋ねる。

――チェックもいいが…お前には可憐な花が似合うな…

などと恥ずかしくて口に出しては言えないが、小鳥なので当然それを求められる事もない。

それでも少し照れくさくて少し視線を逸らしながらも、ルッツはちょんちょんと飛び跳ねながらフェリシアーノに近づくと、クチバシでソっと小花模様のドレスの裾をツンツンと突いた。

「そっかぁ。うん!お前の選んでくれた方着ていくよ♪」

途端に自分の方がぱぁ~っと花が咲いたように笑うフェリシアーノにルッツもなんだか幸せな気分になる。

この姿でいる限り、自分はフェリシアーノを笑わせる事が出来る…一緒に居ることを許されるのだ。

いつか…フェリシアーノに大切な相手ができた時でもこの姿であれば側にいられる。

まあ…フェリシアーノが誰かと相思相愛でいる中にいるのはもしかしたらツラいかもしれないが…一緒に居られなくなるよりはいい。

そう、例えばギルベルトのように相手も自分が好きな人間だったら…なおいいかもしれない。
少しもツキリと心が痛まないと言えば嘘になるが、ギルベルトが相手なら自分も祝福しながら一緒に居られる。

そんな事を考えていると、身体が温かい手に乗せられてふわりと浮く。
顔をあげると目の前に愛おしい榛色の瞳があった。

「ねえルート、なんでだろうね?
お前は小鳥で俺は人間なのに、俺は最初に会った時からなんだかお前が好きなような気がするんだ。」

チュっと自分のクチバシより当たり前に大きな…でも人としては小さめの可愛らしい唇がクチバシの先端に触れる。

――えへへ、奪っちゃった♪

ボフン!と全身が火がついたように熱くなった。

――俺ね、実は今のファースト・キスなんだ♪万が一の事考えるとちゃんと好きな相手としておいた方がいいよね?
いやいやいやいや、どうせなら奪われるのではなく奪いたかった……じゃなくてっ!!
ちゃんと好きな人間とするべきではないのか?と、思うものの、飛び上がりそうに嬉しい。

どうせならギルベルトのようにカッコいい、フェリシアーノを抱きしめられるような人間の体でしたかった…などと贅沢は言うまい。

ああ…幸せだ。

…じゃなくてっ!!!
――小鳥相手にしている場合ではないだろうっ!何を考えているんだ貴様はっ!!
パタパタと思わず羽を激しく羽ばたかせるルッツの心の中など当然わからないフェリシアーノは

「ルートは…嫌だった?」
と、しょぼんと眉尻をさげる。

――そんなわけなかろう…。そんなわけは……ただ……お前はそれでいいのか?
パタパタと小さな羽を動かしてしゃがみこんでいるフェリシアーノの肩にとまると、ルッツはピィっと鳴いて、ツンとクチバシでフェリシアーノの柔らかな頬を軽く突いた。

――あれ?もしかして…お返し?
しょぼんとしていたフェリシアーノがまた笑みを浮かべる。
花が咲き誇るような笑み。

「ねえ、ルート。俺はお前が好きだよ。お前も俺を好き?」

可愛らしい笑顔でそんな風に聞かれては否と答えられるわけがない。

ピィと肯定の意を伝えると、

「嬉しいな。俺とっても嬉しいよ」
と、またフェリシアーノは満面の笑みを浮かべた。


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