ローズ・プリンス・オペラ・スクール第三章_3

同級生


「ほな、親分はここまでやな。
無理せんといてや?また後でな」

ちゅっと当たり前に頬に落とされる口づけと、周りから上がる悲鳴だか歓声だかわからない叫び声。

一年生の教室の前で出来ている人だかり。
その中心にアーサーはいた。

正確には…その人だかりの原因の隣にいると言った方が正しいのだろうか…。

アントーニョ・ヘルナンデス・カリエド

校内で3つしかない宝玉のうちの一つ、太陽の石に選ばれた青年。
そして…校外でも有名な歌劇団、ロード・プリンス・オペラ・スクールの主役を演じる事のできる3人のうちの一人。
学園内での憧れの存在。

そんな青年の対を務める人間を選ぶ月の石に選ばれた事が、アーサーの高校生活を大きく変えた。

なにしろ宝玉の対面式が終わった昨日から1日…初めて普通に教室で学園生活が始まるという日に、その有名人が何故か自分を1年の教室までエスコートしてくるのだ。
目立つ事この上ない。


幼い頃から目立つということにあまり良い思い出がないので、――ああ、俺の高校生活終わったかも…――そんな気分にすらなってくる。

もちろんアントーニョを間近に見たいと願って高等部に進んだわけだが、間近すぎだ。
一緒に暮らすとかありえないだろう。

というか…自分だって自分みたいなチンチクリンがあの雲の上のスターの相手役に選ばれたとか言ってベタベタしてたらムッとすると思う。


アントーニョが自分の教室へと向かうと、周りの視線が一気に自分に注がれるのを感じて、アーサーは泣きたくなった。

それでなくても人付き合いが上手い方とは言えないのに、思い切り距離を取られたり悪意を持たれても仕方のない立場になってしまった…。

しかし、アントーニョがここに来るまで持っていてくれた自分のカバンをギュッと握りしめて、意を決して顔を上げた瞬間、

「アーサーさん、おはようございます。」
と、ホッとするような落ち着いた声と共に肩を軽く叩かれた。


「菊~~!!!」

もうどん底から一気に天国へと登りつめた気分だった。
思わず自分より若干低い背の旧友に抱きつく。

彼、本田菊は中等部でのアーサーの数少ない友人の一人だ。
穏やかで優しい性格で、口下手で面白みのない自分といつも一緒にいてくれる素晴らしい友人だ。

「お前一緒のクラスだったんだなっ!!」
「ええ、またご一緒できて嬉しいです。」

にこにこと嬉しい事を言ってくれる菊の姿に、アーサーは一気に高校生活が光り輝いたものになった気がした。

「フェリシアーノ君もロマーノ君も同じクラスですよ。」
行きましょう、と、菊がうながす先には、同じく中等部からの親しい友人達。

スターの相手役としてはこちらのほうがよほどふさわしいんじゃないかと思える整った容姿の双子の兄弟。

「ジジイに聞いたんだけど、お前、入寮の日、アントーニョんとこ泊まってたんだってな。」

まず口を開いたのは双子の兄のほう。
口下手で感情を素直に表すのが苦手な仲間、ロマーノだ。

「ああ、知らせないで悪い。」
「…ったくだっ。探しちまったじゃねえかっ」

ちぎーと特徴的な声をあげながらそう言う兄を、こちらは人当たりの良さは学年一くらいの愛想良しの弟が

「仕方ないよ。アントーニョ兄ちゃんの押しの強さだもん。アーサーが振り切るの無理だって。」
と、にこにこ可愛らしい笑みを浮かべながらなだめる。

中等部から変わらぬ光景にアーサーは心底ホッとしつつ、そこでふと気づいた。

「なあ、お前らなんかアントーニョの事詳しい?」

一昨日廊下で出会うまでも押しが強そうだ…とはアーサーも思っていたが、フェリシアーノの言い方は随分断定口調だ。

するとフェリシアーノは、
「あれ?言ってなかったっけ?」
と、キョトンと双子の兄を振り返り、兄の方も
「あ~、言ってなかったか…?」
と、弟を見返した。

「あのね、俺達ちっちゃい頃ってジイちゃん忙しかったし、よく幼稚舎でアントーニョ兄ちゃんに遊んでもらってたんだ。」
「つまり…幼馴染ってやつか。」
弟の言葉を最終的に兄が引き継ぐ。


――まじか……

アーサーはガックリと机に手を置いて肩を落とした。

それならそうと言ってくれればサインの一つくらい頼めたかもしれなかったのに…と、思わずつぶやくと、双子の方も

「まさか…アーサーってアントーニョ兄ちゃんのファンだったりしてたの?」
「言えよ~。紹介くらいしてやったのに。」
と、こちらも額に手をやり、空を仰いだ。



「じゃあさ、今回月の石に選ばれてアーサーすっごくラッキーだったね♪」
と、いち早く立ち直ったのはフェリシアーノ。
一緒に舞台たてるじゃない?と、ニコニコ言う弟を兄は冷ややかな目で見る。

「舞台は…な。
でも私生活がアレじゃね?うっとおしくねぇ?
ちったぁ一人にさせろっつ~か…」
「え~?そうかな?普通だと思うけど?」
「俺は正直、お前の距離感もうっとおしい。」
「ひどいよ~兄ちゃん。」

双子がそんなお約束のようなやり取りをしていると、いつのまにやら後ろからヌッと大きな人影が割り込んできた。

「ハイ!君、月の石の適応者だろ?俺はアルフレッド・F・ジョーンズ☆
鋼の石の適応者。ヒーローさっ☆」

キラリ~ンと白い歯を見せながら笑ってウィンク一つ。
中等部ではクラスが違ったのかみかけない顔だが、無駄に爽やかだ。

…というか…結構苦手なタイプかもしれない。

別に嫌いなわけではないが、テンションが違いすぎて何を話していいのかわからず居心地が悪い…そんな感じだ。

それでも紳士としては無視するわけにもいかないので

「ああ。アーサー・カークランドだ。よろしく」
と手を差し出す。

こちらこそっ!と、飽くまでにこやかにその手を握り返すと、アルフレッドはそのままその手をマジマジと見た。

「対の適応者って本来ヒロイン役って聞いてたけど、君ほんとにそんな感じだな。
手とか俺より二回りくらいちっちゃいんじゃないかい?」

秘かに気にしている事をズケズケと言われて一瞬ムっとするが、相手は悪気はなさそうだ。
ここで怒り出すのも大人気ないと考えて、アーサーは逆にアルフレッドに言った。

「俺がそんな感じってより…お前が対にしてはデカすぎないか?
下手すればパートナーの夢の適応者よりデカイんじゃ?」

おそらく自分も無神経だが、他人の言葉もそう気にしないのかもと思って言うと案の定で、アルフレッドは気を悪くする風もなく、そうなんだよっと、むしろ同意をする。

「どう考えても俺がヒーローだよね?対の石の方なんておかしいんだぞっ!」

ああ…そっちの方向に話がいくのか…と、アーサーが少し視線を逸らして遠くを見始めると、ふと視線に入った菊もロマーノも同様の目をしていた。

「そうだね~。フランシス兄ちゃんも髭それば結構綺麗な顔してるし、逆でも良さそうだよね♪」
と、そんな中でフェリシアーノだけがそれにそう答えている…が、

「え~?彼がかい?俺はちょっと勘弁してほしいな~。」
と、さらに失礼な発言のアルフレッド。

主役の宝玉の適応者に対して畏怖も憧れもないっぽい。
…というか、もう自分大好き!と顔に書いてある。

そして、それよりもさ、と、彼はそのままアーサーの視界の先に回り込んだ。

「君なら俺のヒロインにピッタリだと思うんだよねっ!
どうかな?!」

「ど、どうかなって言われても……」
いきなり言われて戸惑うアーサーに、アルフレッドはさらに言い募る。

「俺達はラブロマンスの舞台はヒロインは別から連れてくるって事になってるからさっ、ヒーローの相手役として君を出してあげてもいいんだぞ☆」

「い、いや…でも…」
「こいつはっ!アントーニョのヒロインだからなっ!
他の劇のヒロインなんて無理だし、ありえねえよっ」
と、そこで珍しくロマーノが割って入った。

「君には関係ないだろ?邪魔しないでくれないかい?俺はアーサーに話してるんだ」

一回り大きい男に見下されてロマーノは一瞬身をすくめるが、それでも震えながらも立ちはだかる。

「か、関係あるぞ、このやろう。俺はこいつの親友だっ」
「ふ~ん、でも俺だって今日から親友だぞっ。」
「そんなの認めてねえ!」
「それこそ君が決めることじゃないよ。」

二人のやりとりに困り果ててアーサーが視線をやると、菊も困ったように微笑んで、それでも間に入ってくれた。

「お二人とも…アーサーさんが困ってますよ?
そもそも基本的にパートナー同士は全てにおいてペアを組むものなので、アントーニョさんがいる以上、アーサーさんだけお借りするという事は出来ないと思いますよ?」

「そんなの…ズルいんだぞ!
俺だってあと1年早く宝玉に対面してたら太陽の石に選ばれたかもしれないじゃないかっ。」
納得ができない様子で口を尖らせるアルフレッドに
「それは…末端の一般生に言うよりは理事長に言うしかありませんね。」
と、菊は苦笑した。


丁度そこでチャイムがなって、各自決められた席についてホームルームが始まった時点でその話は終わった…とアーサーは思っていたのだが、終わっていなかったようだ。



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