イギリスさんが思ったこと
「あんな、親分ずっと自分の事好きやってん。つきあったって?」
ある晴れた夏の日の朝、来客を告げるチャイムの音に玄関のドアを開けたイギリスは、そう言われてパチクリと目を瞬かせた。
まず思ったのは“ありえない”だ。
確かに…イギリスの方はずっと秘かにスペインの事が好きだった。
陰鬱な性格の自分とは正反対の明るい性格も…
程よく筋肉がついたしなやかな体躯も…
健康的な褐色の肌も…
そして…薄ぼやけた自分のモノとは色合いのハッキリ違う綺麗なエメラルドのようなキラキラした目も…
みんなみんな好きだった。
ずっと憧れていた。
だからこそわかる。
ありえない。
この展開だけはありえない。
伊達に1000年近くも片思いをしていたわけではない。
数百年前、イギリスとスペインの上司が婚姻関係を結んで…そして破綻した頃のゴタゴタのあたりから始まって現在進行形でスペインはイギリスの事を嫌っている。
「なんや昔の事で皆に色々誤解されとって言い難くなって言えんかったんやけど…」
――嘘だ
「ホンマはずっと好きやってん」
――嘘だ
「せやから…つきあってくれへん?」
飽くまで無表情のイギリスにちょっと困ったように笑いかけるスペイン。
それはまるでレディの我儘を許容する大人の男の包容力みたいなモノが感じられて、イギリスの心に警笛を鳴らした。
結果…
「嘘をつくならもう少しマシな嘘をつくんだな。俺も暇じゃない。」
と、存外に硬質な声が出た。
まるで自分ではないような…。
しかし紛れもなく好きな相手を突き放す言葉を吐く自分の声に自分自身が傷ついて、イギリスはクルリと反転、逃げるように家の中へと戻ろうとしたが、後ろ手に閉めかけたドアは、昔は戦斧を、今は鍬を握る大きくゴツゴツとした男らしい手で押さえられて止まった。
「ちょ、待った。嘘やない。
親分かて意味もない嘘つくために、こんな休日の朝から高い飛行機代使うて渡英したりせんて。
今までが今までやから信じられへんのもしゃあないけど…。
ホンマ嘘やない。好きなんや。信じたって。」
折しもその日は7月5日。
毎年体調が最悪で寝こむアメリカの誕生日の翌日で…心身ともに一年で一番余裕のない時期に、この突き放すのが一番つらい嘘は正直堪えた。
よりによって、かつて大事なモノを失って空虚になった心の隙間を埋めようと溺れるように縋った小さな子どもとの束の間の幸せを失ったその日…その子どもに縋る要因になった失ってしまった大事なモノが今また終わりの始まりの扉を開けろと迫ってくる。
耐えられなかった…。
力が抜けた膝はガクガクと震えて身体を支えきれずにズルリと崩れ落ちかけるのを支えたのは、かつて何よりも欲していた力強い腕だった。
「…放せ……」
吐き気がした。
いや、実際に吐いた。
目の前が赤く染まる……
薄れゆく意識の中でイギリスが最後に聞いたのは
「…あほかぃ。放したら倒れるやん。」
という、どう考えても好きな相手を心配しているとは思えない、淡々と事実を述べる太陽の国の言葉だった。
>>> Next
0 件のコメント :
コメントを投稿