オンラインゲーム殺人事件あなざーその4・魔王探偵の事件簿_4

「男のくせに馬鹿みたいなんだけどな……」
と、結局付けっぱなしだったPCを見せるため自室まで行き、繋ぎっぱなしで放置していたゲームの画面に映るオスカーからのウィスを見せて、アーサーは今までの変質者が怖かった経験なども全て話した。

そんな輩の姿と重なって、それが逃げ場である自宅で言われた事で、すごく追い詰められた気になってしまったのだと…。

話したい事を話し終わった後、アーサーが後ろで一緒にディスプレイに目を向けていたアントーニョを振り返って苦笑すると、背にアントーニョの手が回って、そのまま引き寄せられてポスンとその腕の中に収まった。

「馬鹿みたい…やないよ?」
「…え?」
「アーティはまだ子どもなんやから、おかしな大人がおったら怖いのも当たり前やし、得体のしれない奴からセクハラウィスが来て怖い思うのも当たり前や。
全然おかしい事ちゃうよ。」

…子どもだから当たり前………

そんな風に言われたのは初めてで、アーサーはきょとんと一つ瞬きをする。
本当に小さな頃から、そんな風に言ってかばってもらった事はなかったと言って良い。

「未成年…っていう意味では親分も大人とはちゃうけどな。
でも体格はもう大人と変わらんし、環境的に大人の世界を渡り歩いてきたさかい、大人と争っても勝てるし、いざとなったら人も雇えるけどな、アーティはまだ成長途中で普通の生活しかしてへん子やん。
手やってみてみい、こんな違うし、大人に本気で襲われたら勝てへんやん。」
と、アーサーの手首を掴んで少し上に持ってくる。

確かに大人並みに大きくがっしりとしたアントーニョの手とは違って、アーサーのそれはアントーニョの手よりも一回りも二回りも小さく細い。

アントーニョは少し伏し目がちにその手に視線を落とし、顔を近づけた。

「めちゃ心配やねん…。守ってやりたいて思うとる。
せやから…守らせたって?いつも側におって、何でも相談して、どんな事でも頼ったって?」

そう言いつつ瞳を閉じて、そのままソッと手に口づける。
柔らかく温かい感触。

こうして見ると睫毛長いな…。
端正でどちらかと言うと精悍な顔立ちなのに、表情が大人びてて甘く色っぽい…。
まるで恋愛物語の異国の王様みたいだ……

それまではまるで世間一般の親、保護者のようだと感じていたのだが、そんな事を考えてアーサーは赤面する。

それこそ女の子じゃないんだから、男のくせに…と思うモノの、どうしようもない。
男だって見惚れちゃうくらいイケメンなトーニョが悪い…と、心の中で開き直った。

それでもそんな風な目で見てみたとしても、この近すぎる距離が全く不快じゃないし、安心感で心が満たされる。

「…でも…トーニョなら俺みたいな可愛げのないガキ相手にしなくても、守って欲しいって言う奴はいくらでもいるだろ…」

という自分の言葉は十分甘えだと自覚しながら、おそるおそる口にしてみると、アントーニョはフッと目を細めて笑った。

「おるよ?自分で言うのもなんやけど、親分結構モテルしな。
でも親分の方が守ったりたい思うのはアーティだけやから、しゃあないやん?
それに…可愛げないとかはないよ?アーティは世界でいっちゃん可愛えよ。」

もうどこに突っ込んで良いのかわからない。
でもまあそうだ。そうだろう。モテルだろうなと思う。

こんなイケメンがそんな事ないと言ったらむしろ嫌味だと思うし、そこは良い。

もうこの自信満々なところも、照れもなく常人なら恥ずかしくて言えないであろうような台詞を当たり前に口にするのも、アントーニョだから、の一言で片づけるしかないと思う。

しかし…

「でも…頼る事に慣れきっちゃったら、トーニョいなくなったら生きてけなくなるし…」

そう、そこだ。
今ですらもう片足突っ込んでいると言うか…頼りにしすぎてしまっていると思うのに、これ以上甘やかされたらトーニョが自分に飽きて離れていった時に自分は死んでしまう。

そう主張したら、それまで余裕の表情だったアントーニョが、まるで鳩が豆鉄砲を喰らったかのようにぽかんと大きく目を見開いて固まった。

そして次の瞬間…ぱぁあぁ~っと日差しが一気に差し込んだようなまばゆいばかりの満面の笑みを浮かべる。

「なんやそれっ!ええなぁ!!めっちゃええっ!!」

わけがわからない。
本気で何が良いのかよくわからないが、トーニョがめちゃくちゃ喜んでいることだけがよくわかる。

「…???」

どう反応して良いかわからず、アーサーが目をぱちくりしていると、アントーニョは上機嫌で自分の首から金鎖に通した十字架を外した。それをソッとアーサーの首にかける。

そしてアーサーの首にかかった十字架を手に取ってちゅっと口づけた。

「ん、これでええ。」
と満足げに微笑むアントーニョにアーサーが小首をかしげて見せると、アントーニョは少しかがんでアーサーに視線を合わせる。
そして、まるで秘めごとのように真剣に…誰がいるわけでもないのにすぐ近い距離にいる二人きりにしか聞こえないようなトーンで囁いた。

――これは…アーティが特別やって言う証やで。

キラキラと光るエメラルドの瞳がアーサーをとらえる。

「俺は感情的には器用な方やないから、いっちゃん大事なモンは常に一つや。
両親は覚えてへんくらい昔に亡くして、ばあちゃんの兄ちゃん、関係からすると大伯父な、に引き取られて育てられて、5歳までは大事なのは俺のルーツ、両親が遺したその十字架やった。

そこから猫飼い始めてな、唯一の俺だけの家族になった。
学校入っても寮にも連れて行って、学校にいる時間以外はいつも一緒。
俺の手で育てて躾けて世話をして…世界中の人間より大事な家族やったんや。
でも去年寿命で死んでもうて…。
種族違うと寿命違いすぎてあかんな。一緒に生きられへん。

そいつが生きとる頃から色々言い寄ってくる人間もおって、もちろん亡くなってからも寄ってくる奴はぎょうさんおって…でもあかんねん。
俺はずっと一緒に生きる特別が欲しいから。

相手の事はめちゃ大事にしたる。
全身全霊で守ったるし、そのために心変わりはもちろん、相手より先に死んだりも絶対にせえへん。

俺の全てをくれたるけど、その代わりに相手もそうやないと嫌やねん。
絶対に俺より大事なモン作らんで欲しいし、何かあれば俺に一番に言うて欲しいし、一番頼りにして一番に相談して欲しい。
俺がいなくなったら死んでまうなんて最高や。
なあ、俺の手の中におって?
俺に甘えて依存したって?
俺に全部まるごと預けたって?」

ああ…そうだったのか…と、アントーニョの独白を聞いて、ストンと合点がいった気がした。
資質も能力も環境も…全て全然違うけれど、アントーニョも自分と同じ不足感の中で育ってきたのだ。
当たり前に愛を注いで注がれる家族を持たずに生きて来たからこそ、強烈に飢え、それを切望する。

「俺で…良いのか?トーニョと違って何も出来ないし、これと言って取り柄もないけど…」

気持ちがわかりすぎて不信感など微塵もわかなかった。
ただ自分がその相手として値する人間なのかと言う事だけが不安でおずおずとそう聞くと、

「アーティがええ。
俺にとってアーティは存在自体が世界のどんな奴も敵わんくらいの取り柄や。
実を言うとな、アーティに嫌や言われても、もう離されへん気分になってしもうとるんやけどな。
嫌や言われたらこれから口説くわ。」

ふわりと抱きしめられ、しかし抱きしめる腕に徐々に力がこめられていく。
温かさが心地よくて思わず抱きしめ返してコツンとアントーニョの肩に頭を預けると、なんだか幸せそうな小さな笑みが返ってきた。

「とりあえず…試験明後日やしな。もう今日からうちの寮へおいで。
夏休みで寮監もおれへんし、寮でいっちゃん規則にうるさいギルちゃんも了承済みやさかいな。
オスカーの事は明日にでも親分がちゃんと言うたるから、まかせとき。」

そんな言葉に、さきほどまでの不安がす~っと溶けていく。

「…迷惑ばっかかけてごめん。でもこれから何か役に立てるように頑張るから…」

アントーニョの腕の中に身体を預けたまま言うと、大きな温かい手がゆっくり頭を撫でる感覚と共に、静かに優しい言葉が降ってきた。

「迷惑やないよ。
いつか嫌でも大人になってまうんやろうから、今はまだ甘えたな子どもでおって?
大丈夫。アーティの事は全部親分が責任もったるから。安心し?」

子どもでいて良い…その言葉はずいぶんと心地よくて、このまま時が止まってしまえばいいのに…とすら思う。


結局その日はそのままアントーニョに連れられて、初めて森陽学園の門をくぐる事になった。

荷物はアントーニョに言われて以前からおおかた送ってしまっていたので、それから着替えを詰めて、ノートPCや筆記用具、そしていつも一緒に寝ているティディベアを持って、アントーニョが待たせていたという車に乗り込む。

それはさながらシンデレラのカボチャの馬車のように、アーサーを希望の地へと運んでいったのだった。



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