街を出て海岸とは反対方向に進んだ山の中。
忘れもしない一番最初のミッションで麓の兵隊の手紙を渡した山の上だ。
戦闘を黒い鎧のトーニョが歩き、その後ろを真っ白なローブのアーサーがちょこちょことついて行く。
そしてその後ろにフラン。
最後に後方を警戒しながらギルが続く。
最初に出会った日に落とし穴に落ちたアーサーと違って、どうやら落とし穴の場所を把握しているらしく、トーニョは器用にそれを避けながらも、山まで直線コースをたどっていた。
それでも街から山のふもと、そして山のふもとから山の中腹までという、短くはない道のりでトーニョが
『ほな、ギルちゃん説明したって』
とギルに促す。
いつもこういう細かい事は几帳面なギルの仕事だ。
ギルも慣れたもので、あたりへの警戒もしつつも、頷いて説明を始める。
『今回の敵は2体だ。もちろん1体ずつやる。
手前の敵はスイッチを押さない限り出現しないんだが、そのスイッチを押すと奥の敵も襲いかかってくる。
だからスイッチを押さずに先に奥の敵をやる。
だがスイッチを押さないと奥の敵がいる場所に行くドアが開かない。
ドアを通らないで奥に行こうとすると脇道を通らないとなんだが…これが炎吹き出すは落とし穴が移動してくるはで、一定のタイミングはかれないと奥に辿り着くの無理なわけだ。
まあ俺様とトーニョは良いとして…アーサーは頑張ればもしかしたら……フランはもう絶望的に無理だな』
ギルの言葉にフランはコクコクうなづいた。
正直この手のアクション要素があるものは苦手である。
しかも…失敗でもすれば余計な時間を取らせるなとばかりにリアルで魔王様の制裁が待っている。
無理、とあらかじめ主張しておくのが正しい。
そんなフランの反応も当然想定内で、ギルは当たり前に
『ということで、だ、距離がちとあるから万が一を考えて打たれ強いトーニョが奥行って敵釣ってくるから他は全員スイッチのちょっと手前で待機だ。
そこで戦闘な。間違ってスイッチ押すなよ。
んで奥の敵倒したら初めてスイッチ押して敵出現させて戦闘。以上』
と続けた。
これを確認するためにさきほどアーサーとフランを待たせて二人が出かけていた事を知って、ここまで二人だけで死なずに試して調べたのはすごいと、アーサーは素直に感心する。
自分がソロでいたら、きっとここまで来られずに終わっていただろう。
たかだかゲームとは言っても、単純に問題を解くのと違って、その攻略には視野の広さと的確な状況判断が求められる。
方向性はそれぞれ異なるモノの、それぞれそれを持っている二人が協力して何かを成し遂げていく様を近くで見る事が出来る事にわくわくした。
こうして現地に着くと、トーニョが
『ほな、行ってくるからここで待っててな~。』
と、吹き上がる炎や移動する落とし穴を見事なまでに軽やかに避けつつ脇道に消えて行く。
こうして触れれば即死状態の炎を避けながら、しばらく行くと普通に
『とりあえず奥には辿り着いたさかい、これから連れてくわ~。準備しといてな』
と、トーニョが言う。
『了解~』
と、全員一応答えるが、まあ連れて来た場所でトーニョがそのまま固定するのを殴る形なので、皆、せいぜい心の準備くらいしかやることはない。
全員ぼ~っと待つ。
だが、ぼ~っととは言いつつも、とりあえず…敵はトーニョがファーストタッチのヘイトだけ持ってくるから、キャンプ地に落ち着いてアビリティの挑発を入れて1,2回殴り、完全にタゲ固定をしたら、まず徐々にHPを回復するりジェネレーションを入れて……と、アーサーは脳内で自分のやる事をシュミレーションはしている。
下見も攻略も全てお任せなわけだから、せめて自分が出来る事、自分だけしか出来ない回復だけは完璧にやらねば…
トーニョに迷惑をかけて見捨てられたら泣く…と、本人が聞いたら驚いて大慌てで否定するような事を考えつつ、悲壮な決意でやるべき事を脳内で反復だ。
そんなアーサーとは対照的に、本当にぼ~っとしているのはフランだ。
支援魔法は即かけないと死ぬと言うほどのものでもないだろうとの認識の元、手持無沙汰にその場をクルクル回っていた。
まあ、木々に囲まれている麓とは違い、このあたりは火山帯で岩と溶岩しかない。
なので暇になったのか、そのあたりの岩を飛び渡りながらキョロキョロあたりを見回している。
『ねえ、ギルちゃん、この赤いの何?』
と、そこで、ストン!と、灰色の中に浮かび上がる赤い岩の前に止まった。
『フランっ!やめろぉぉおお!!!!』
顔面蒼白になったギルが止めた時には遅かった。
何を聞いてたんだか…いや、何も聞いてなかったに一票……
フランは押した……ポチっと……押してはいけない例の物を……
『うあぁぁあ~~!!!』
と思わず悲鳴を上げるアーサーに、ポカンと立ち尽くすフラン。
『アホ…やらかしたんかい。』
と、リアルで舌打ちしながらも
『フランはええからアーティ巻き込まんで死んどいてな。』
と、釣った敵を連れて走りながらも器用に文字を打つトーニョ。
そんな中でギルの対応は早かった。
『フラン!その位置でいいっ!回避の魔法!!』
とりあえずクリアのための生命線のアーサーを死なせるわけにはいかないっ!
ギルはフランに叫ぶなり、咄嗟に近くにいたアーサーに襲いかかろうとする大きな悪魔に殴り掛かった。
『アーサー、下がれっ!!』
さらにそう言いつつフランが唱え中の回避UPの魔法の効果範囲まで移動。
敵はとりあえず殴ったギルへついて行く。
『アーサーは何があってもトーニョが戻ってタゲを固定するまでは魔法厳禁!何もすんなっ。
よしんば俺が死んでもお前とトーニョが生きてればなんとかなるし、死んでてもパーティが敵倒せばミッション自体はクリアできっからっ』
と、自身は防御態勢を取りながら、ギルがアーサーに注意し、アーサーはそれにうなづいて、少しギルから距離を取った。
フランはそのギルとアーサーの丁度間の位置に移動する。
そうしているうちにトーニョが戻った。
『おぉ…すごいな…。何者や、シーフって…』
戻ったトーニョの第一声。
それもそのはず。
決して打たれ強いわけではないシーフとエンチャとプリースト。
そこにミッションの中ボスレベルの敵が襲いかかってくれば死人の1人くらいは出ているかと思いきや、パーティのHPバーは全く減っていない。
そんなトーニョの台詞に、敵の攻撃を避けまくって無傷なギルが説明する。
『シーフは回避が基準値の4倍で…さらにフランの回避UPでそれが倍、さらに…防御態勢取る事でさらに倍になって…今全部で回避が基準値の16倍になってっから。ついでに俺様、普段釣り役だから全てをかなぐり捨てた回避装備してっし、たぶん基準値の20倍くらいにはなってんじゃね?』
なにしろ敵のヘイトをがっつり稼げるトーニョと違って、もし自分がHPを減らした状態で戻った時に回復役のアーサーが脊髄反射で自分にヒールをかけてしまったら、敵はアーサーにまっしぐら。
それでなくてもレベルが低く、さらに防御の薄いプリーストのアーサーは、万が一にでも殴られたら即死の可能性もあるから、絶対にそんな事はさせられない。
だから、レベルが下のプリーストのアーサーが加わった時からギルは回避特化に装備に変えているのだ。
その説明で、納得したトーニョが指示を出した。
『それやったら下手に手出すよりそこでキープさせておいた方がええな。
よし、ギルちゃん、俺らがこっちの敵倒すまで自分そのまま敵キープな』
それだけ言ってトーニョは自分が連れて来た敵を、魔法のヘイトがギルの敵の感知範囲に乗らないようにギルベルトからかなり離れたところまで連れて行った上で、倒す事に集中する。
『フランの回避UPが切れる前に削りきるようするつもりやけど、間に合わんかったら、出来るだけ俺らから離れて死んどいてな~』
とさらにそう付け足すアントーニョ自身ももちろん防御をかなぐり捨てて攻撃系アビリティ全開だ。
『死ぬってそんな……』
と、青くなるアーサーには、言われた当のギルが
『ああ、さっきも言った通りパーティ内の誰かが生き残って倒せればミッション自体はクリアできるし、アーサーが生きてれば蘇生魔法で蘇生してもらえばデスペナも少ねえから気にすんな。』
と、フォローを入れた。
もちろんそのあとに
『でも死なねえに越した事はないからな。張本人は必死に攻撃アップの魔法かけて必死に殴れよっ』
と、フランに苦言を呈するのは忘れない。
『はいはい。わかってるって。ごめんてばw
今度何か埋め合わせするからw』
と、そんなドタバタも日常のフランは軽く謝罪をすると、支援魔法を切らさないように気をつけながら自分も敵を殴る。
こうして結局トーニョが大急ぎで最初の一体を倒し終わるまでギルは無傷だった。
おそるべし、本気回避装備のシーフの回避率。
そして一体倒し終わってからギルが引きつけておいた敵を無事倒した。
『やったか…』
と、ため息をつくギル。
『フラン、リアルでぐーぱんや…』
と、今回はさすがに焦ったのかトーニョの言葉にも今ひとつ力がない。
『悪かったって。ちょっと間違っちゃっただけで…。明日フィナンシェ焼いたげるから勘弁』
『フィナンシェ……』
と、そこで入ったアーサーの呟きで、命拾いをしたらしい。
『明日、アーティに持ってったるわ。あ、マカロンも追加な。』
『了解っ』
と、どうやらそれでなんとかチャラになりそうで、フランもホッと肩の力を抜いた。
アーサー様々である。
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