すると、向こうも何やら用があったらしい。
寮のエントランスを抜けて寮長や副寮長の部屋がある1階の廊下に足を踏み入れたとたん、ギルベルトが待ち構えていた。
「お、やっと戻ったか。
昨日の事で一つだけ報告しておきたかった事があるんだけど、5分時間寄越せ。」
「ええよ。親分もアーティの事で報告しときたい事あるし。」
と、以前とは逆にギルベルトの方から腕を掴まれ、部屋へと連れて行かれるアントーニョ。
それでも
「まず親分の方からな。」
と自分を優先するのは彼らしい。
「おう。俺の方はこみいった話だから後で良い。」
と、ギルベルトもそんなアントーニョには慣れたもので、彼らしい飾り気のないマグカップにコーヒーを二人分入れて一つ寄越した。
「おおきに。」
と、おそらくフランシスが真夏にそれをやったなら文句の一つも言うであろうアントーニョも相手がギルベルトだと、そう言って素直に受け取って飲む。
そして
「アーティの異母兄言う輩を見て来てん。」
と、前置きも何もなく、報告を始めた。
アーサーの家庭環境から2歳上の異母兄のこと、森陽の寮に入るとわかったら急に連絡を取ってきた事、心配だったのでこっそりお近づきの証の贈り物と称して小型盗聴器付きの腕時計を贈って会話を盗聴しつつ様子を見て来た事、その会話の大まかな内容など、実際にあった事実だけを話し、その後、
「おこぼれ目当てやと思うんやけど…付きまとわれてもアーティにとっても良くない思うし、どないしたらええと思う?」
と、カップに顔をうずめたまま、視線だけをギルベルトに寄越す。
「つきまとわれんのもアレだけど、それはそれで身元わかってっから良いんだけどな…」
と、それまで黙って話を聞いていたギルベルトは、そこで考えを聞かれて初めて口を開いた。
「そっからお前とアーサーがこのゲームやってるのが万が一広まるのは面倒だな…。
とりあえずあれだ、俺様の方で文面考えておくから、あとで親の方に、『今日、息子さん二人が会って色々話をしたと思うんだが、他の人間にあまり広まって他にも紹介して欲しいという人間が殺到したら困るから、今回の具体的な事情は他言無用に願います』って言う内容のメールを送っておけ。」
「あ~、そっちの方もあったか。さすがギルちゃん。」
自分も大雑把な方向性を決める事にかけてはほぼ外さない自信はあるのだが、こういう細かい所は本当にギルベルトはよく気がつくし助かる。
まあ付きまといなどで面倒が起きてもギルベルトがなんとかするだろう…と、非常に楽天的に考えて、アントーニョは
「ほな、そっちに関しては何かあったら対処は任せるわ。
で?ギルちゃんの方は何なん?」
と、時間もあまりないことだしと切りあげることにして、ギルベルトの方の要件へと話を振った。
「あ~、これ、とりあえず見てくれ。」
と、ギルベルトがPCのディスプレイをアントーニョの方へと向けて言う。
それは今回のオンゲーのスクリーンショット。
アゾットの呼びかけで集まった時のものだ。
ギルベルトにプレイヤーの1人から来たウィスからのやりとりである。
(突然ごめん。僕の長年培われてきた洞察力だと、君が一番人間性的にも理性的にも信用できる気がしたんで相談したい)
と、なんだかほめ殺し(?)から入ってきたのはエドガー。
イブが怪しいと本人に詰め寄っていたウィザードだ。
(あ~、まあなんつ~か、自分で言うのもなんだが、その判断は正しいと思うぞ?)
と、アントーニョなら思い切り怪しいと思うようなそのギルベルトの返しに何故か
(頭も…良いらしいね。安心した。最初に言っておくけど、僕の事は君の他の仲間にも言わないで欲しい。)
と、信用して返すエドガー。
(あ~、はいはい。お前の名前出さなきゃ情報はもらしてもおっけーか?
例えば…俺らがショウが秋本翔太って知らなくてお前がそれ知ってて俺にショウ=秋本翔太だと言ったとして、それをある筋から知ったんだけどショウ=秋本翔太らしいぜ、みたいな感じで)
(ああ、それはいいよ。漏らして欲しくない事の時はその都度僕の方がそれを付け加えるから。)
(了解。んで?相談て?)
(それを証明する術は本当にないんだけど、僕は今回の殺人には一切関与してないし、君もそうだと僕は確信してる。というか…僕の判断で一番犯人だという可能性が少ないのが君だと思ってるんだ。
で、僕は誰が犯人なのかを突き止めて行きたいと思ってるんだけど、個人で動いてるあたりはともかくとして固定パーティーだと人物像を把握しにくいんで、できれば君の仲間がどんな感じの人物なのかとか教えてもらえるとありがたい。
もちろん別に君の仲間を特に疑ってるとかじゃなくて、とにかく集められるだけの情報を集めて、その中から必要な情報と不必要な情報を取捨選択して推理を進めていきたいんだ)
(ちょっと考えさせてくれるか?俺は俺の仲間を全面的に信じてるから、万が一にでもその仲間から信用をなくすのは怖い。こういう状況だから余計にな)
(もっともな話だね。一応…僕が言いだした事だし僕の方からは随時情報が入り次第送らせてもらうよ。)
と、そこで会話は終わっている。
アントーニョがそれに大方目を通し終わったであろうタイミングで、ギルベルトは補足した。
「まあ…流す情報はこっちで選択できるわけだから個人情報とかもらさなければいいだけだし、向こうが勝手に情報流してくる分には、ガセの可能性もあるが、自分で取捨すればいい。
てことで、完全にシャットする事もねえなと思って繋いである。
まあ俺様だけで判断してれば良いっちゃ良いんだけどな、一応1人だけ知ってるっつ~のも誤解招いても嫌だしな。
フランはこういうの向いてねえし、お前にだけは言っておこうかと思ってな。」
「あ~、まあそうやな。そのあたりの情報は俺らで共有な。」
「おう。明日にでも犯人についてちと考えてみようぜ。」
「おん。そうやな。あ、そろそろ時間や。親分も部屋に帰るわ。」
そんなやりとりを交わしてちらりと時計に目をやり、アントーニョは立ち上がる。
「ん。そろそろミッション4に行きてえな。インしたらとりあえず下見行くぞ。」
と、ギルベルトもPCの方に向き直って、手だけヒラヒラと振って見せた。
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