第二の殺人(10日目)
この夏休みは良い事も悪い事も、全てが現実感なく起きていく。
この日、アーサーは朝から物が若干少なくなった部屋を掃除していた。
突然…本当に突然に降ってきた慈愛の手…。
まるでおとぎ話のシンデレラのように、自分はこのひとりぼっちのマンションから、まるで王子様のように格好良くて優しいアントーニョに連れられて、全寮制の名門私立校に行く事になったというのだ。
本当に現実感など欠片もない。
それでも…自作のタペストリがなくなって広くなった壁だとか、おそらく学校が変わる為使わなくなるであろう教科書等がしまわれたダンボール。
ここ数日分の着替えを残して片付けられたタンスに、それよりなにより、母親が亡くなって2年もの間ほぼこなかった父親の電話が、それが夢ではない事を物語っている。
――お前の何をそこまで気にいって下さったのかわからないが、くれぐれも粗相のないようにしなさい。
今までにない優しい言葉でアーサーの事はずっと気にしていて、何不自由のない暮らしはさせていたこと、愛していることなどを語った最後に、そんな言葉でしめられた電話。
ああ…名門の家の子息であるアントーニョに気に入られた事で、父にとっては初めて自分の価値が出たのか……
と、別に皮肉でも恨み事でもなく、単純に他人事のようにストンとそう思った。
(逆に…俺がただの俺なままだったら、何の価値もなかったんだな……)
と、そんな事を考えていると、亡くなった母の姿が何故か脳裏に浮かんで知らず知らず小さなため息が口から出る。
そういえば母にとっても自分は父と結婚して家族であるという証の一つでしかなかったようにみえた。
自分がオール1を取ろうとオール5を取ろうと、運動が出来ようと出来まいと、泣いていようと笑っていようと、母は何の関心も示さなかった。
誰にとってもアーサーというただの子どもは必要ではなかったのである。
そう、アントーニョを除いて…。
ああ、いけない…と思う。
暗く沈んでいく思考を振り切るように、アーサーは軽く頭を振って、そして思考を今回のゲームの方に向けた。
昨日メグから来たメッセ。
それまではキャラ名しか知らなかったメンバーのジョブやレベルまで載ったリストが送られてきて、それを確認中感じた違和感。
単に自分の主観かもしれないし、アントーニョに言うべきかどうか少し迷う。
くだらない事を耳に入れて嫌われたら…と、そんな事を思うと胸がぎゅっと締め付けられるように痛んだ。
唯一自分を気にかけてくれているアントーニョに見捨てられたら、自分は一生ひとりぼっちな気がする。
結局思考が元に戻ってじわりと浮かんでくる涙。
足から力が抜けてそのまま床にペタンと座り込み、ベッドにつっぷす。
痛い…痛い…
それまで気にかけた事もなかった胸の痛みに、アーサーはしゃくりをあげて泣いた。
そうしている間にいつのまにか眠ってしまっていたらしい……
……ティ…アーティっ?…アーティっ?!!
ゆさゆさと肩を揺さぶられ、アーサーはゆるゆると目を開けた。
そしてぼ~っと見あげると、ひどく動揺したような宝石のようにキラキラした瞳と視線がぶつかる。
「アーティ、どっか具合悪いん?!医者呼んだろか?!」
と、意識が戻った事に気づいて反転しかける相手の足に、やだ、としがみついた。
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