基地から15km圏内のはずの現場から何故か随分と帰還にかかっていると思えば、なんとアントーニョはそう言って、実はそのあたりをクルクル回っているのだ…という事を打ち明けた。
「何なさってるんですかっ」
と、呆れる桜に笑うギルベルト。
「トーニョらしいな」
という言葉にアントーニョは当たり前に言った。
「ずっと全力はあかんよ~。
適度にサボる事覚えな潰れてまうわ。
特にこれからは戦いも厳しゅうなるしな。
実働部隊は瞬時の判断が作戦の成否わけるさかいな、疲労で最善尽くされへんかったらあかんねん。
せやからほんまは仕事の1.5倍は休憩必要なんやけどな。
先輩や同期にも親分より優秀な人材は仰山おったけど、そんなかで親分だけが死なんでこうやって頭張っておれるのは、そうやって潰れたりせえへんで作戦成功させて生き残ってきたからや。
そのあたり、現場に出えへんブレインあたりは分かってへんし分かってもらえへんから、親分いっつも実力行使しとってん」
という言葉にはなるほど実体験に基づいた真実味を感じる。
確かに今戻ればまた何かに追われそうなのは確かなので、さすがに桜も黙り込んだ。
結局それから完全休憩の時間と称して2時間ほどクルクルしている間に、おそらく今回一番冷静なアントーニョから説明があった。
まず最初に桜の元に実家で諜報を司る鉄線の宗家を継いでいる実兄から、連絡が入ったのだと言う。
いわく…豪州支部と極東支部を壊滅させたイヴィルが本部方面に向かっていて、梅が重傷を負い、フェリシアーノが彼女を連れて撤退。
今アーサーが1人で応戦中。
お館様の特別を死なせるくらいなら、死ぬ可能性があってもお前が向かって助けてから死ね…と。
「まあ…私もお館様のためなら死ねと言われれば喜んで死にますが…
そう育てられておりますし。
実兄はお館様のために死ぬのが夢と言う男なので、彼にしてみたら妹に酷い事を言っているなんて気持ちは欠片もありませんね。
むしろ羨ましい桜、そこ代われと思っていると思います」
妹に対するにはあまりな言い方に驚いたアントーニョやアーサーに対して淡々とそう言い放つ桜。
それに対してギルベルトだけが
「…あいつ……まだそんな事言ってやがるのか……」
と、頭を抱えて深い深いため息をついた。
「んでな、桜ちゃんが1人やったらお姫ちゃん助ける前に瞬殺されてまうから、護衛欲しい言うてフリーダムにきてん。
でもやばいイヴィルが本部に向かっとる言われたら、少なくともエリザやギルちゃんが戻るまでの壁くらいにはなれる数のフリーダムを確保しとらなあかんやん?
そう考えたら人員は裂けへんから、広範囲守るために数は本部に残して、ピンポイントで防ぐんやったらむしろ数いらへんなぁ思うて、フリーダムでいっちゃん強い親分がでてきてん。
もちろんブレインには内緒な。
あっこ通すと決断が遅なるから。
でもそれで正解やったね。
親分達現場についた時にはお姫ちゃん抱え込んでギルちゃん呆然としとってん。
あれあと5分遅かったらあと追ってた感じやったな。
で、失血死ぎりぎりやってんけど、桜ちゃんのジュエルで蘇生。
ほんまギリギリやったんで、傷もふさがって血ぃもだいぶ戻ってんけど、完全元通りとまではまだいかへんから、今も貧血状態やし、身体、ちょおきついやろ?
でも2,3日も休めばまあ元通りやから安心し?
むしろ元通りにならへんのはギルちゃんの精神状態ちゃう?
もう、いくら言うてもアーティの事抱え込んで放さへんから、そのまま抱えこましとるんやけど…」
と苦笑するアントーニョ。
なるほど、それでこの状況なのか…と、そのアントーニョの説明でアーサーは納得した。
出会ってからいつもいつも余裕だったギルベルトが何かに怯えるように自分を抱え込んでいる。
アーサーの方だって同僚が死ぬのなんて慣れきっているはずだったのが、ギルベルトが死ぬかもと思った時には泣き崩れたりしたのだから、自分達は本当にわからない…と思う。
よくわからない…わからないが、ギルベルトはアーサーにとってどこか特別なのだ。
そしてギルベルトもおそらく同じような感覚をアーサーに感じているのかもしれない。
宝玉に仕え、人類のために死ぬ…。
人として生まれても、人ならざる者として生き…そして死んでいく…
そんな風に流れて行くはずだったアーサーの人生。
そこに突然割りこんできた世界最強のジャスティス…。
攻撃特化の圧倒的な破壊力がそんな人生を壊して行く。
そんな感覚。
それは破壊と言いつつ全く痛みも辛さも伴わず、むしろ高く険しく憂鬱な気分にさせる壁を取り払うようなもので…暗い人生にわずかに開いた心地よい空気が入り込んでくる風穴があいたような感覚なのだけれど……
ちらりと見上げたのに気づかれると、大切なもののように抱きしめられて、愛しいもののように額に唇をよせられた。
そこで普段は全く空気なんて読むことをしないくせに、
「ちょお親分運転に集中するさかい、後部座席閉めとくなぁ~」
と、アントーニョは運転席と助手席と、後部座席を分断出来るようにできる自動のシャッターをさ~っと閉めた。
それで今の状況が急に思い出されて恥ずかしくなって、
「…ちょ…恥ずかしいだろ」
と少し胸を押しのけるが、ギルベルトは
「おう、俺様も恥ずかしいけどな」
と言いながらも腕の力を緩める気配はない。
「…なんだよ……」
と、押しのけるのを諦めて赤くなったまま顔をあげると、
「恥ずかしいけど…でも仕方ねえだろ。
すっげえ怖かったんだからよ。
タマが生きてるって実感してえんだよ…
本当に…心臓止まるかと思ったんだ…生まれて初めて死にてえって思った…」
と、やはり赤い顔で…しかしかなり真剣な様子で見下ろされる。
「お館様じゃなくなって守らねえとってもんを失くして、気軽だけど薄っぺらい存在になって随分経つからな……
大事なモンをまた手にして嬉しいけど…すげえ緊張してる」
――絶対にもう失くしたくねえんだ…
辛そうで切なそうな声……
なのにアーサーの方はそれを聞いてとても幸せな気分になった。
それほどに必要とされている…ペリドットのジャスティスじゃなく、アーサーというただの人間の自分を……
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