自宅から5駅で一番近い大きな街なのだが、実はアーサーはほとんど来た事がない。
母親が亡くなって以来ずっと1人だったので、ほとんど買い物は商店街で、あとは学校と家の往復だった。
「まずは時間も時間やし、飯食おうか。」
と、トーニョの方は慣れた様子ではぐれないようにとアーサーの手をつないで人ごみを擦りぬけていく。
「嫌いなモン、食べたいモン、なんかある?」
聞かれて、真剣に考える。
普段1人でいると食べられないような物が良いな…と思って、ふと思いついて口にした
「お好み焼き。」
の言葉に、トーニョがピタッと足を止めて一瞬固まった。
あ…失敗した。
ここはやっぱり何かおしゃれなモノを口にするべきだったんだ…と泣きそうになるアーサーだったが、次の瞬間、トーニョは破顔する。
「もう運命やな。親分もめっちゃ好きなんや、お好み焼き。焼くのも上手いで~。
ほな、お好み焼き行こか~」
と、トーニョはまたどんどんと歩きだした。
こうして入ったお好み焼き屋。
自分で焼くタイプらしく、料理が絶望的にダメなアーサーはそれに気づいた瞬間思い切り後悔したが、トーニョは気にする事もなく、当たり前に自分が焼いてくれる。
しかも自分で言った通り素晴らしく上手い。
それだけでなく、セルフのドリンクバーを頼んだら、こういう場に慣れていないアーサーのために当たり前にいれて来てくれるし、至れり尽くせりだ。
そして最後、これも当たり前に伝票を手にするので、さすがにお金は払う旨を申し出る。
「そんなんええよ。たいした額ちゃうし払わせたって。」
と言ってはくれるが、そもそも今日はアーサーの用事でわざわざ迎えにまで来てもらっているのだ。
あまりに申し訳ない。
しかしあまりに強固に主張するのも空気を悪くするかも…と、考えた結果、
「でも…奢ってもらうと、申し訳なくて次に自分から誘いにくくなるし…」
と言ってみたのだが、即
「ほな、親分から誘うわ。」
と、返されて頭を抱えた。
そうじゃねぇぇ~~と思っていると、頭上からクスクスと笑い声。
「じゃあこうしよ。帰りに親分おやつ買うから、アーティん家帰ったらとびきりの紅茶淹れたって?
さっきの紅茶、今までどんな店で飲んだ紅茶よりも美味かったわぁ」
と、この話はこれでおしまい、とばかりにポンポンと軽く頭を叩かれて、結局全額払ってもらってしまった。
その後無事防犯ベルも買い、ついでにトーニョからその他にも防犯グッズをプレゼントされる。
その際…
「今更なんやけどな…」
と、トーニョが少し困ったように眉を寄せて笑いながら言う。
「アーティ、ちょっと無防備すぎやわ。自分で聞いておいてなんやけど、ネット上って嘘もつけるからな?身元わからん相手に住所や本名教えたらあかんよ?
まあ親分はええとしても、他には絶対にリアル抵触するような事教えたらあかん。
ほんま危ないからな?今回の犯人かて、自分が犯人ですぅ~言うて近づいてくるわけやないからな?」
言われて初めてそんな可能性に気付いた。
もしかして…これがトーニョじゃなくて犯人だった可能性もあったのか…と、本当に今更ながら固まるアーサーを、トーニョはやっぱり苦笑して抱き寄せる。
「まあこれからはアーティの事は親分が絶対に守ったるし、何かあったらすぐかけつけたるから、安心し。
ただ駆けつけるまでは今日渡したグッズ駆使してな?
あと、ほんま他の人間はリアルに近づけんこと。ええな?」
コツンと、アーサーの額に軽く自分の額をぶつけてそう言うトーニョに、アーサーは大きく首を縦に振り、これからは本当に気をつけようと心に誓った。
その後二人でデパ地下へ。
そこでケーキを買って再びアーサーの家へと戻る。
「とりあえずな、親分ずっと考えてた事とか色々あって、聞いておきたい事とかもあるから、食べながらでええから聞いてくれる?」
紅茶を前にケーキをつつくアーサーに、トーニョはそう言って自分のジーンズのポケットから小さな冊子をアーサーに向かって放りだした。
生徒手帳らしい。
黒地に金の文字で刻まれている校章の下、綺麗な飾り文字でSinyoの名。
「トーニョって…森陽の学生だったのかっ!」
と、名門学校の名に驚いて顔をあげると、片手で頬杖をつきながらケーキを頬張るアーサーを眺めていたトーニョはニッコリと
「小学校からな。で、今は高2やけど、寮の一つの紅竜寮言う寮の寮長やっとるんや。
せやから、身元はしっかりしとるから、安心したってな。」
と、アーサーにしたら驚くべき事実を告げる。
「寮長って……。
寮って小学生から大学生まで入ってるんだろ?」
「せやで~。小学生と大学生は希望制やけどな。中高は強制。
小学生と中学生は同じ寮。
で、高校生と大学生は同じ寮や。
親分、中学生の時も寮長やってん。で、高校あがった時に丁度紅竜の寮長が大学4年でな、まあ3学期に寮長選抜みたいなモンがあって、それに勝ち抜いて寮長になったんや。」
森陽の学生だというだけでびっくりなわけなのだが、そんな中で選抜に勝ち抜いたというのには、もう、ほぉぉぉ~と感嘆のため息しか出ない。
世界が違う…。
ゲーム内ではすごかったトーニョはリアルでもすごい人だったのか…と、ただただ感心していると、アントーニョは、
「まあ、そんな事はどうでもええんやけどな、」
と、それをそんな事で済ませて話を先に進めた。
「寮長の特権として、副寮長二人好きな奴選べるとか、寮長室言うて自室以外に執務室みたいなもんを持てるとか、色々あるんやけど、そんなかにな、授業料と寮費免除の特待生制度言うモンがあって、自分がなってもええんやけど、これがうちの学校太っ腹で譲渡可能やねん。
だいたい普通に入ってくる奴は家が裕福やから、これ大抵は自分で使わへんで将来自分の秘書やとか部下やとかにしたい奴を青田買いしたい場合とかに使う奴がほとんどなんやけどな、アーティ、どない?
親分、自分をこのまま1人暮らしさせんのめっちゃ心配で気になって気になってしゃあないし、受けてみぃひん?
もちろん試験はあるけど、普通の編入より下駄履かせてもらえるし、受かったらほんまやったら中等部の寮なんやけど、寮長特権で自分の部屋で自分が面倒みる言う条件で1人までやったら、自分の寮に入れてやれるんや。
自分の部屋言うても寮長は他が一部屋なところを二部屋個室もろうてるから、自分のスペースは作ってやれるし、バストイレキッチンリビングが親分と共用になるだけやけどな。」
あまりな話にアーサーは目が点である。
そんな上手い話が世の中に転がっているものなんだろうか…。
無言で目をぱちくりするしか出来ないアーサーに、アントーニョは別の事を思ったのか、
「もしかして…勉強得意やない?なんやったら夏休みの間にギルちゃんに教えさせたろか?
親分、自分は出来ても人に説明すんのは上手ないねん。」
と、心配そうに顔を覗き込んだ。
それにハッとしてアーサーはブンブンと首を横に振って、ダッと寝室に飛び込み、鞄の中から成績表を持ってくる。
そして、それを
「まあ…ごく普通の公立の中学のだから参考にはならないかもだけど……」
と、アントーニョに差し出した。
5が並ぶ通知表。
これと言って褒められるようなものがない自分が唯一他人よりは優れていると言えるものである。
それを見て、今度はアントーニョが目を丸くして、ふぉぉ~と歓声をあげた。
「アーティすごいやん!可愛えだけやなくて、めっちゃ賢いんやね。
これやったら大丈夫っ!
善は急げや。親分明日にでも学校側に話通しとくわ。夏休み中やから手続きは少し時間かかるかもしれへんけど、休み中に試験受けて、2学期からは編入できるようにしような。
あと、親御さんにも話さなあかんから、連絡先教えたって?
親分の後見人の大伯父のおっちゃんの部下から連絡させるから。
あ、おっちゃんはあれや、カエサル財閥のボスや。
テレビでも会社の製品のコマーシャルとかやっとるやろ?」
と、すごい勢いでまくしたてられて、アーサーはもう目を白黒させるしか出来ない。
一体自分の身に何が起こっているんだ?
すごい?すごいのは自分じゃなくてトーニョの方じゃないかと、声を大にして言いたい。
あれよあれよと言う間に自分の身の振り方が決まって行く。
静かで寂しくてモノクロだった世界が、一気に極彩色に変わった気分だ。
こうしてまるで奇跡のように…アーサーの生活は一日にして変わっていくことになったのである。
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