第一の殺人(7~8日目)
夏休みでもギルベルトの朝は早い。
普通に5時起きで鍛錬。シャワーを浴びてその後朝食。
自宅にいる時は母親を早くに亡くしているので父親と1歳年下の弟の分もギルベルトが作るが、今年は父親が忙しくて自宅に帰れず、弟は夏の間親友だと言う同級生の別荘に招かれていて、ギルベルトが自宅にいると遠慮して行かないだろうと思い、ギルベルトは悪友二人を理由に夏休みの間も寮に残っている。
普段は寮では希望者は学食で食べる事も出来るが、夏休みは学食も休みなので、自炊。
7時には自分で作った食事をテーブルに並べ、ニュースを見ながらの食事。
そんなこの1週間ばかりの当たり前の朝のはずだったが、ふと流れたニュースに穏やかだったはずの時間が凍り付いた。
『臨時ニュースをお知らせします。本日午前5時過ぎ、東京都○○区のマンション駐車場で刺殺された男性の遺体が発見されました。
殺された男性は都内在住の高校生、鈴木大輔さん17歳………』
鈴木大輔…確かゴッドセイバーの本名だ。
何かが起こるとはおもっていたものの、ここまで起こるのかという驚きが勝つ。
ギルベルトは即フランシスに電話をいれて、ニュースを見るように言うと、自分は着替えてアントーニョの部屋へと駆け込んだ。
一応部屋は鍵がかかっているが、ノックをしても出ないので、非常時用に預かっていた合鍵を使う。
部屋の造りは寮長と副寮長二人の3部屋はほぼ一緒。
入ってすぐがリビングで、左手に洗面所とバストイレ、右手にキッチン、奥に寝室ともう一部屋私室がある。
これが一般の寮生だとリビングと私室がない。
寝室が私室と兼用になる。
家具は備え付けだが退寮後戻しておく事を前提に持ち込みが認められているので、フランシスなどは全て実家から運んだ家具に埋もれて生活をしているし、ギルベルトは空いている私室に大量の資料を保管するため棚をいくつか持ちこんでいた。
アントーニョはと言うと、他は備え付けをそのまま使用しているが、ベッドだけはこだわりらしく、大きなキングサイズのベッドを運びこんでいる。
返事もないので寝室に足を踏み入れると、変なところは用心深いくせに変なところで大雑把なアントーニョは窓を開けっ放しで熟睡中だ。
厚手のカーテンだけ開けているせいで、軽いレースのカーテンだけが風にかすかに揺れていて、朝の爽やかな日差しが部屋を照らしている。
――…朝っぱらから、なんやねん……
ベッドの上で声がした。
もぞりと動くと、通常上半身は裸で寝るために見える、見事に均整の取れた褐色の身体と白いシーツの対比が目に眩しく感じる。
筋肉はしっかりとついてはいるものの、どちらかというと細身で色が白い自分にはない、貫録と色気がそこにはあった。
それこそがトップに立つカリスマなのだろう。
まあ、自分はナンバー2の参謀役という立ち位置に格別に不満もないわけだが、たまに羨ましいと思わないでもない。
「寝てる場合じゃねえぞ。ゴッドセイバーの中の奴が昨日殺されたと、ニュースで報道されてる。」
「…ゴッドセイバー……ああ、あのアホか。」
ふわぁぁ~と大きくあくびをしながら慌てた様子もなく言うアントーニョの肝のすわりっぷりにギルベルトは内心呆れかえる。
殺人、そう、人が1人死んでいるというのに、まるで普通の日常の話のように受け止めるとはどういう神経をしているのだろうか。
まあ、毎年夏休みには大伯父と共に世界の危険地帯を旅しているアントーニョにとっては、人が死ぬという事もそう非日常ではないのかもしれないが…。
「犯人は?」
「まだわかってねえ。
被害者は都内在住、都立S高2年の鈴木大輔。
これは以前ネット内でゴッドセイバーがイヴに通常チャットでダダ漏らしてた。
イヴの他に聞いてたのは俺とアーサーくらいだと思うんだが、見えてない位置で聞いてた奴がいたかどうかまではわからねえ。
ニュースによると死因は刺殺。
今日の0時半頃に友達と会ってくるって言ってそのまま戻ってこなかったんだが普段から外泊する事もなくはなかったから、家族も気にしてなかったらしい。
で、5時過ぎにランニング中の男性が、駐車場から走り去る不審な若い男を目撃して、駐車場の方をチラ見したら血まみれの死体を発見したんだと。
おそらく走り去った男が犯人と思われるんだが、後ろ姿だったから特定は難しいという事で〆られている。」
「ん~…今回のゲーム関係の確率は高いやろな。
……ちょお、今日はギルちゃん、フランと金稼ぎしといて。
親分はアーサーに色々話しとくわ。
イヴが犯人やとしたら、パーティーメンの二人以外に関わったの俺らくらいやろし。」
手を天井に向けて、大きく伸びをするアントーニョ。
アントーニョに関しては、これを言ったら怒るだろう怒らないだろうと言うレベルではなんとなくわかるものの、わかる範囲はそんな自分に対する反応までで、他人に対してのものに関しては本当に表情が読めない。
なので極々普通にそう言うアントーニョに、ギルベルトは少し危機感を抱いた。
間違いなくアントーニョに身内認定をされている自分に対しては、最終的に悪い結果になるような行動は取らないだろうが、アーサーにはどうなのだろう…。
ことがことだけに気になる。
おそらく年下だろうと思われる時点で、ギルベルトにとってはアーサーは十分に守ってやるべき仲間なのだ。
「…注意なら俺様が言った方が良くね?ニュース見たの俺様だし……」
と、そんな気持ちから申し出てみたわけなのだが、
「ギルちゃんちょっと距離置かれてるやん?
俺が言うた方が色々聞くやろ。」
と、痛いところを突かれて言葉をなくす。
そう、それなのだ。
それが暗黙の了解での役回りだったのだが、今となっては初対面のやり取りで持たれてしまった印象がつらい。
アーサーは自分とアントーニョなら間違いなくアントーニョの言う事の方を聞くだろう。
「…わかった…けど、最終的に魔王を倒すのにはぜってえにヒーラー必須だからな?」
情に訴えても無駄な事はわかりきっているので利を持ちだしてみると、アントーニョはおそらくギルベルトが言いたい事はわかっているのだろうが、あえてわかってないようなふりで
「おん。それはもちろんわかっとるで?」
と、読めない笑顔を浮かべて起き上がった。
こうしてアントーニョとの話を終え、ギルベルトがなんとなく不安を抱えたまま自室に戻ると、フランシスが部屋の前で待っていた。
そのままうながして部屋に通し、ギルベルトはアントーニョにしたのと同じ説明をすると、案の定フランシスは青ざめた。
「これって…このゲームの賞金が原因?だったらもう皆やめちゃうんじゃない?
それでめでたしめでたしだよね?」
と、アントーニョがいないのを良い事に自分も即抜けしたいオーラを表に出しながら言うフランシスに、ギルベルトは、ああ、やっぱり気づいてなかったのか…と、憐みの視線を送った。
「えと…な、それ無駄。」
「へ?どうして?んで?やめちゃえば一億もらう権利もないわけだし殺す必要ないでしょ?」
「やめられれば…な。でもこれってある意味やめられないからな。」
「……?」
不思議そうなフランシス。
おそらく絶対にやめられない、巻き込まれたら解決するまでリタイアは出来ない…アントーニョや自分と違ってそんな自覚も覚悟もなかったのだろう。
それを事前に説明をしてやればよかったとギルベルトは少し後悔した。
「最初の主催からの手紙であっただろ。
一度やめても再開可能でディスク紛失したり破損してもまた送るって。
つまりな、本人がやめたつもりでも実際はエントリーされてる状態なわけだ。
だから犯人から見るといつまたライバルになるかわからない相手なわけだ。消す対象からは外れない。」
そんなギルベルトの説明で、いつも口数の多いフランシスが無言で血の気を失った。
それだけショックなのだろう。
「まあ…犯人が捕まるか誰かが魔王倒して一億手にするかすれば終わるから。
とりあえず騙されて自分のリアル明かしたり誘い出されたりしないように気をつけてれば大丈夫だ。」
とフォローをいれても茫然と呆けている。
仲間がすぐ周りにいるフランシスですらこの状態だ。
アーサーがあまりにショックを受けないと良いが……と、人の良い兄気質のギルベルトは秘かに心を痛め、小さく息を吐き出した。
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