これはむしろアーサー君案件だったかも。
まあ今回は疲れてただろうから仕方なかったんだけど、これからは逆に範囲要らないものには彼を極力出さないようにして、数多いのを彼にお願いした方が良いかもね』
『兄ちゃんっ!助けてっ!!
すごく強い奴いて梅が重傷で今撤退中だけど、俺達逃がすのにアーサーが残ってるっ!!』
のんびりとした口調のエリザと号泣のフェリシアーノ。
それは丁度同じ時間に隣同志のオペレータが受けた連絡だ。
「ちょ、エリザはわかった。
フェリっ!!一体どういう事だ?!」
エリザの方に答えながら、即フェリシアーノの方に返答をするロヴィーノの声はエリザの方にもダダ漏れている。
『わかんないよっ!俺だってわかんないっ!
でも普通のイヴィルじゃないよ、あれっ!!
あんなの見た事ないっ!!』
おっとりした弟が絶叫するのを聞いてロヴィーノは青くなった。
『ちょっと、そっち何かあった?!!』
と、焦った声のエリザ。
『エリザっ!お前運転代われっ!!!』
と、どうやらそこで代わったらしい。
エリザの側のスピーカーからギルベルトの声がした。
『ロヴィ!どう言う事だっ?!
タマとフェリちゃんと梅で出動させたのかっ!!!』
珍しく感情的なギルベルトの声にロヴィーノはさらに蒼褪める。
普段ならもう少し考えて話すのだろうが、動揺しすぎてて言葉が選べない。
「…あれから…イヴィル1体と雑魚多数が基地から北東15kmほどの所に沸いて…」
『俺もエリザもルッツもいねえのに、半人前2人と一緒にタマを出したのかって聞いてんだよっ!!!』
普段どれだけ自分に負担がかかろうと迷惑をかけられようと、仲間に対して決してそんな言い方をした事はなかったギルベルトが、はっきり人並みの仕事ができないという意の半人前と言う言葉を使っている時点で、その怒りの強さが見て取れる。
「…基地に敵を近づかせるわけにはいかなかったから……」
『クソがっ!!現場に桜寄越せっ!!俺様はこれから救助に向かうっ!!』
スピーカーの向こうからキキーっ!!とものすごいタイヤ音が聞こえた。
「ちょっと待ったっ!!
長年ヒーラーの桜ちゃんと2人きりで広範囲のエリアを防衛し続けたアーサー君がいてこうなったってことは、馬鹿弟が言うように普通のイヴィルじゃないのかもしれないっ!
救助に行くと下手すれば二次被害が広がる恐れがある。
とりあえずフリーダムを急いで動かすからギル達は戻ってくれ」
と言うのはブレイン本部長としては仕方のない判断だ。
もしこれが普通には倒せないレベルのイヴィルなのだとしたら、これ以上数少ない貴重なジャスティスを失うわけにはいかない。
しかし当然ギルベルトがそれで行動を覆す事はない。
苛立った声で
『それ以上言ったら殺すぞっ!!』
と一言。
一方的に通信を切った。
常ならギルはしばしば感情的になる事もあるエリザに対するストッパー的な役割だった。
それがここまで感情的になっていると、正直どうして良いかわからない。
とにかくこれ以上のジャスティスの犠牲は出せないというのは変わらないので、最悪全滅かもしれないが…と、フリーダムに出動依頼をしようと電話をすると、恐ろしい事にどうやって知ったのかは知らないが、梅とフェリシアーノが撤退したあとアーサーが1人残っている事を何故か知った桜がすでに自分の護衛を依頼して、なんと本部長直々に桜を護衛して出動した後だと言う。
ジャスティスの中でも唯一のヒーラーである桜を危険地域にと言うのもまずければ、フリーダムと言えど本部長が最前線と言うのもとてもまずい。
ロヴィーノは色々頭を抱えたくなった。
一方でこちらは遠征ベテラン組。
ロヴィーノは不確定すぎる敵にいきなりジャスティスをぶつける事でこれ以上ジャスティスの犠牲を増やすわけにはいかないと考えているのだろう。
おそらく口は割らない。
それ以上言ったら殺すぞっ!!と言って一方的に通信を切ったあと、ギルベルトは即フリーダムに連絡をいれた。
おそらく情報は共有しているだろうし、考えるより先に動けという主義のアントーニョなら場所を教えてくれるだろう。
そう思っていたら、彼はギルベルトの予想よりはるかに行動派だったらしい。
すでに自ら桜を護衛して現場へ向かっているとのこと。
留守番役の副本部長も少しでも本部長のリスクを減らしたいということだろう。
あっさり正確な場所を教えてくれた。
ということで車を止める。
「…走るの?」
と、当たり前に聞くエリザ。
彼女もまた行動が先という主義なので、止めることはない。
むしろ
「あたしも行く?」
と聞いてくる。
それには一瞬迷うが、アントーニョがすでに向かっている事を考えれば、万が一のリスクは少ない方が良い。
「俺様がなんとか止めて桜とタマはトーニョに送らせるつもりだけど、止めきれなかったら敵が基地に行くから、お前はそこで人員と安置してあるジュエルを逃がせ」
「了解。まああんたの事だから殺しても死なないと思うけど、気をつけて行きなさいな」
と、こんな修羅場でも落ちついた様子で対応するのはさすが強い女だ…と思う。
色々が足元から崩れ落ちそうな頼りなさと心臓が爆発しそうな不安の中で、それは唯一の安心材料だった。
「行ってくるぜ、戦友!」
「はいなっ!グッドラック!!」
コン!とエリザと互いの拳をぶつけあったあと、ギルベルトはフリーダムから聞いた方角へと跳躍した。
…タマ…タマ……間に合ってくれっ!!!
時折り跳躍しながら誰もいない荒野をひたすらに進む。
心臓が痛い…
こんな引きちぎられそうな痛みは初めてだ。
基地から15kmの範囲内。
連絡してきたフェリシアーノが基地にまだ辿りついていないということは、アーサーが1人残ってからそう時間は経っていないだろう。
引きつけておいて…というからにはおそらくアームスはロッドではなく第二段階のウィップ。
盾仕様だと言っていたので、少しは持ってくれると思いたい。
跳んで走って跳んで……本気を出せば車より遥かに早い攻撃特化の能力をフル活用する勢いで数度の跳躍を続けて時間にしてほんの数分。
開けた視界の向こうには信じられないような光景が広がっていた。
はらはらと…本当に舞うように浮かぶ薔薇の花びら。
硬直する敵。
一面の紅い花びらのなかで悠然と笑みを浮かべて佇む、愛しいペリドットのジャスティス。
少しくすんだ金色の髪が風に吹かれて薔薇の花びらと一緒にサラサラと舞っている。
元々色のない肌はいつもにもまして真っ白で、ギルベルトが好きな、あの意志の強そうなつり目気味の丸く澄んだ子猫のような淡いグリーンの瞳ががまっすぐ前を見据えていた。
そして白い花びらがアーサーの細い肩をまるで飾り紐のように彩る血に誘われるように集まるその様子をギルベルトは指一本動かせないまま呆然とみとれている。
そこでは全ての時間が止まったように、蝶のように舞う花びらとその中心にいる美しい術者以外の何者も動けずにいた。
アーサーが舞いを舞う様な優雅な手つきで前方にたたずむイヴィルの方に手を伸ばし、その形の良い薄い唇から
「オープン・ザ・ヘブンズドア」
とつぶやくような呪文が漏れる。
するとみるみる間に血に紅く染め上げられた花びらが一斉に敵のイヴィルを包み込み、さらにその色を紅くして、散った。
ハラハラと花びらが舞う中心からサラサラと止まった時を戻すかの様に砂がこぼれ落ち、それを合図としたかのように時間が動きだす。
目の前で大切なモノが崩れ落ちるのに、ギルベルトは必死に手を伸ばした。
まだ少年らしく華奢な身体が力を失くして、がくり…と膝から崩れ落ち、そのまま地面に崩れ落ちる前になんとか支える。
緩く閉じられた目…血の気を失った青白い顔…
「タマ!!」
なんとかその体を支えて泣きそうになってその名を呼ぶと、一瞬軽く瞑られていたアーサーの目がぼんやり開いた。
かすかに笑みを浮かべた気がした…。
しかし次の瞬間、ペリドットは再び白い瞼の下へと消えていく。
「...タマ?!」
そこでギルベルトは初めて異常に気付いた。
「タマ?どうしたんだ?!タマ?!!!」
不安が一気に胸中を襲う。
元々色が白いからついついみおとしていたが、顔だけじゃない。
普段は薄いピンク色の形の良い唇にすら血の気がない。
左肩の傷に思わず目をやるが、確かに軽い傷ではないものの、こんなに短時間に意識不明の重態に陥る様な致命傷には見えない。
見えないだけで何か特殊な毒でも入ったのだろうか...
「タマっ!タマ、目、開けてくれっ!!」
不安と恐怖でまともに思考が働かない。
ただゆるやかに命がうしなわれていく感覚だけがリアルに感じられた。
そこでふと思いついてギルベルトは固まる。
第一段階は杖で…第二段階は鞭…さっきの攻撃ではそのどちらも手にしていなかった…と言う事はまさか…第三段階?!
もしさきほどのモノがアーサーの第三段階だったとしたら…それを使う事自体が致命傷になりうる…?
そう考えればこの状況も合点がいく。
そして…全身の血が凍り付いた。
声も出ないままギルベルトも茫然とその場に崩れ落ちる。
戦場跡で動かなくなったアーサーを抱えたまま放心するギルベルトの元へ人影が近付いてきた…
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