ヒーラー確保――3日目Ver悪
「フラン、歌切れとるでっ!ギルちゃんが釣ってくるのに間に合わん!」
アントーニョに叱責されて慌てて攻撃力UPの魔法を唱え始めるフランシス。
「おい、次釣ってきたのにまだ倒してねえのかよっ!」
と、そこにアントーニョとフランシスが敵を叩いている間に次の敵を釣ってきたギルベルトが苦情を言いつつ舌打ちをした。
ゲーム開始3日目。
3人はすでにレベルが10になり、街から少し離れた地下道のコウモリをひたすら倒している。
(これ…ゲームのはずだよね?遊びじゃないの?)
ゲームを始めて3日目で、フランシスはすでに嫌になっていた。
毎日8時ぴったりにインをして、自分達より若干強い敵の出る場所に移動して狩りをする。
狩り場についたら即狩り。
敵が沸かない場所をキャンプ地にして、フランシスが回避率UPの魔法をかけたギルベルトが、そこに敵を釣ってくる。
ギルベルトが敵を連れてくるまでにフランシスは自分とアントーニョに物理攻撃UPの魔法をかけ、ギルベルトが敵を連れてくるとそれを3人で叩き、敵のHPが残り半分くらいになると、ギルベルトは次の敵を釣りに走っていく。
もちろんそれに合わせてギルベルトには回避率UPの魔法をかけ、アントーニョには常に攻撃力UPの魔法を切らさないようにしておく。
それがフランシスの仕事だ。
そう、もうこれは遊びじゃない、仕事だと思う。
少しでも攻撃力UPの魔法が途切れれば、次の敵を釣ってくるまでに敵を倒し切れないし、かといって早くかけすぎると、魔法の詠唱に無駄に時間がかかりすぎて、殴る時間がなくなって、これも敵を倒すのが間に合わなくなる。
魔法の残り効果時間を常に気にしつつ、詠唱時間を考えて次々支援魔法をかけ続け、アクセスできる4時間が終わる頃にはクタクタだ。
もちろん時間配分を気にしながら敵に殴られないように1体だけ上手に釣り続けるギルベルトも、そのギルベルトから即タゲを引き受けて固定するアントーニョもそれぞれに楽なわけではないはずだ。
しかし、二人とも淡々とそれをこなしているのが怖い。
黙々と手を動かしながら、会話は文字を打つ時間も惜しいし、そもそもが同じ部屋でやっているのでチャットではなく、普通に肉声だ。
ゆえに余計に声音がすでに怖い。
目も怖い。
逆らえばペンだの消しゴムだのが飛んでくる。
これで4時間。発狂しそうだ。
「あ、ギルちゃん、ストップや。」
しかし今日は緊迫した30分ほどの時間が過ぎたあと、突然アントーニョが声をあげた。
「了解。戻る。」
と、コウモリに対してブーメランを投げようとしていたギルベルトの手がピタッと止まる。
その返事を待たずにアントーニョはギルベルトがいる右前方と反対側、左後方に少し移動し、そちら側の先にいる弱めのコウモリに自分にターゲットを向けるアビリティ【挑発】をいれた。
アントーニョから伸びる光の線に、チチッと声をあげて近寄ってくるコウモリのさらに後方に向かって
「はよ、回復しとき。」
と、アントーニョが声をかける。
コウモリ自体は今自分達が戦っているのよりも数ランクレベルの低い物なので、アントーニョの大剣で一刀両断にされて消えた。
アントーニョが駆け寄った方向へとギルベルトがシーフのアビリティである移動速度が2倍になるトロットを使用して追いつくと、そこには一目でそれとわかる真っ白なローブを着たプリーストの姿が…。
――ヒーラー来たぜー!!
と、心の中で歓声を上げガッツポーズをするギルベルト。
幸いにしてソロのようなので、むだな諍いも起こさずに済む。
助けられてなお、回復もせずにぽかんと立っているところをみると、おそらくゲーム慣れはしていないのだろう。
飽くまでゲーム内のキャラではあるのだが、どこか華奢であどけない感じがある。
これは居丈高に出てはまずいだろう。
まず自分が軽く冗談めいた事を言って掴みをいれたら、人当たりが良いフランシスあたりが適当にフォローをいれてナンパ終了という感じの流れになるか…。
そんな事を考えながら
「MP切れてんのか?それともビビって動けねえのか?」
と、立ち尽くすヒーラーのキャラを軽く突くと、いきなり流れる文字。
「アホッ!ギルちゃん、あとでグーパンなっ。」
いつでも強引で俺様で空気なんてかけらも読む気のない魔王様の降臨に一瞬相手に逃げられるかと焦るものの、その後の
「MP切れてんなら座っとき。敵なら親分がみといたるから。」
という、相手に対するいつにない優しいフォローにホッとする。
今回はどうやら珍しく自分がナンパ役をやるつもりらしい。
アントーニョは声かけと共に即敵に対応できるようにとあたりを警戒しながら、当たり前にパーティーの誘いを飛ばしたようだ。
すぐにパーティのメンバーにプリーストのパラメータが表示された。
――アーサー…レベル4のプリーストか……
と、その瞬間ギルベルトは肩を落とす。
このゲームではレベルによって入る経験値が変わる。
同じレベルの敵を倒しても、レベルが6以上上の敵だと入る経験値がグッと減るのだ。
今ギルベルト達が倒している敵はレベル10のギルベルト達より2ほど上のレベルで、このプリーストからするとレベルが8も上になるので、明らかに経験値的には美味しくなくなる。
『あ~、こりゃあ一緒にやるには、ちょっとレベル差ありすぎるか…』
と、美味しくなくなる相手からは言いづらいだろうと先回りして言うと、今度は何を思ったのかディスプレイの向こうではあるが、アントーニョのキャラに殴られた。
『何言うとるん、ギルちゃん。こんなヒーラーの子が1人でおったら危ないやん。
自分が嫌なら親分が抜けてこの子守ったるわ。』
いやいや、そういう問題じゃねえだろ?と思い、
「レベル差ありすぎてこいつの経験値すげえ目減りすんじゃん。」
と、わかっているだろうとは思いつつも、リアル隣でPCに向かっているアントーニョに声をかけると、アントーニョは澄まして
「ええやん。俺らの経験値減るわけやなし。
自分自身を標的にする言うても身内まで警戒すんの辛いしな。
レベル差あるヒーラーやったら魔王狙えへんやろから、おかしな気ぃ起こされる事もないやろし、安全、安心、しかもパーティのパワーアップ出来て言う事ないやん。」
と、言い放ちながら、しかしディスプレイ内では
(効率厨のアホのギルちゃんが失礼な事言うて堪忍な?
別にヒーラーやったら回復にレベル関係ないし、殴られたら危ないレベルの敵と戦う時かて、親分が絶対にタゲやらへんから、大丈夫やで?
せやから一緒に来たって?)
などと言うウィスを相手に送っているあたりがえげつない。
そうだった…アントーニョの脳内には極少数の守るべき身内と、星の数ほどのどうでも良い奴と、そこそこの数の踏みつぶすべき敵しかいないんだった…。
ギルベルトがそんな事を再認識している間に、哀れなプリーストの少年はあっさり魔王に騙されたようだ。
今後もパーティを組む事を了承している。
――せめて俺様だけはフォローいれてやんねえと……
と、そこで効率厨ではあるものの根は人情家なギルベルトは秘かに思った。
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