ファントム殺人事件 第三幕_3

ラウルは慟哭し、ファントムはクリスティーヌを手放す


『ギルちゃん…間に合わへんかったかもしれん…あーちゃん助けられへんかったかもしれん…死にたい…もう死にたいわ……』

いきなり鳴った電話はアントーニョからだった。
いつでも前向きで楽天的。
誰が諦めても気にせず自分は前に進むこの男のこんな言葉は初めて聞いた。

電話の向こうでひたすら嗚咽するアントーニョにギルベルトは居場所を訊ね、カークランド家の最寄り駅のホームである事を聞き出すと、そのまま一歩もそこを動かないで待っているように言い含める。

良くも悪くも感情的な男だ。
下手に動かすと発作的に電車の線路に飛び込みかねない。

ギルベルトは携帯はそのままアントーニョと通話状態にし、駅で電車を待つ間に公衆電話でフランに電話をかけてカークランド家で合流するよう指示をする。

そしてそのまま電車に飛び乗ると、アントーニョの待つカークランド家の最寄り駅まで15分。
降りた瞬間アントーニョは見つかった。

ホームのど真ん中で子どものように大泣きをしていて、駅員に連れて行かれかけている。

それでも嗚咽をしながらもギルベルトの指示を守ろうと、
「せやから…友達に動いたらあかん言われてんねん。動いたらあかんねん」
と、その場にとどまっているようだ。

「すみません、俺がその友人です。ちょっとこいつ落ち込む事あって…。俺が面倒見ますんで、大丈夫です。ご迷惑おかけしました。」
と、駅員とアントーニョの間に割って入ると、駅員もちょっとホッとしたようだ。

「そうですか。じゃあお願いします」
と、戻っていく。

「とりあえず家行くぞ。あとでフランも合流すっから」
と、ギルベルトはひと目もはばからずまだ泣いているアントーニョの腕を取ると、ホームを降り、改札を出た。

そのまま徒歩でカークランド家へ。

家についてリビングに落ち着いても、まだアントーニョはこの世の終わりのような絶望的な様子で慟哭している。

「ギルちゃんやったら…あーちゃん死なせんでもすんだんやっ。俺が馬鹿な事したからっ。あーちゃん死なせてもうたっ!全部俺のせいやっ!!」

床にへたり込んだまま、ガンガンと床を拳で殴る。
やがてそれでは足りなくなってきたのか、頭を打ち付け始めたところで、さすがにギルベルトはそれを止めた。

「とにかく状況を話せ。遺体見たわけじゃねえなら、まだわかんねえだろ。まだ助けられるかもしれねえぞ。」

アントーニョがここまで絶望するくらいだ。
とても楽観的状況とは言えないのだろう。
それでも遺体を目の前にするまでは諦めるには早い。

ちょうどその時、おそらく学校からタクシーを飛ばしてきたのであろうフランも到着して、二人揃って話を聞いた。



「アーサーを殺す音とか、危害を加えられているような音を聞いたわけじゃないんでしょ?」
アントーニョが話終わった時に口を開いたのは意外にもフランだった。

「なら大丈夫。アーサーは無事だよ。」
自信満々に宣言するフランに、
「なんでそんな事断言できるんだよ?」
と、さすがにギルベルトも眉をひそめる。

「もし犯人が本当にファントムを模しているつもりなら…だけどね。
クリスティーヌは一度ファントムにさらわれるんだけど、すぐ返されるんだよ、オペラ座の怪人だと。最終的には恋人のラウルとハッピーエンド。」
「そう…なん?」
青い顔で聞くアントーニョにこっくりとうなづくフラン。


これでそうじゃなかったらどうすんだよ…とギルベルトは思ったが、なんとフランのいうことは本当だったらしい。
ギルベルトが一応…と、サディクに連絡を入れて事情を説明し、協力を仰いですぐ、アーサーの携帯からアントーニョの携帯にメールが入った。

いわく…

- クリスティーヌはラウルに返す事にしよう。クリスティーヌは今、苦しい恋に包まれて○○公園の悪夢に満ちた空気の中で眠っている。ファントム -

もう誰がどういう目的で送ってきたものでも構わなかった。
アントーニョは即タクシーをよび、3人はメールにある公園に向かう。

サディクにはメールが来た時点でギルベルトが連絡をいれていたため、3人が公園に着いた時にはすでに警察が到着していた。

「サディクのおっちゃんっ、あーちゃんはっ?!」
アントーニョが駆け寄ると、サディクは黙って担架の上で眠っているアーサーに目をむける。
息を飲むアントーニョだが、すぐ
「気を失ってるだけだ。ここで手足をしばられた状態で転がされてたが、怪我もない。一応事情聴取はさせてもらうことになるがな」
というサディクの言葉に大きく息を吐き出した。

一方ギルベルトの方はもう一つシートに隠されているもののほうに目を向ける。
「ああ、あっちは遺体だ。例のミスコンの…サッカー部の候補者だ。滑り台で首を吊った状態で見つかった。今の時点では他殺か自殺かわからんが…まあこの状況だと他殺っぽいな」
と、サディクがそれに気付いて言った。

「どう思うよ?名探偵としては」
厳しい顔のままサディクが言うのに、ギルベルトはちょっと眉をひそめた。
「まあ色々思うところはあるんですが…もうちょっと確信ができてから。」

とりあえず慌ただしかったので落ち着いて考える間もなかったため、一晩考えをまとめてからとこの時に動かなかったのを、のちにギルベルトは後悔する事になる。




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