ファントム殺人事件 第三幕_1

ラウルはクリスティーヌを探して夜の街を疾走す


『あーちゃんっ?!どないしたんやっ?!!誰かおるん?!!なあ、返事したってっっ!!!!』


アーサーの誤解を解こうと、ギルベルトとロヴィーノを残して屋上から急ぎ戻ったアントーニョが生徒会室に着いた時にはアーサーはすでに帰ったあとだった。

当たり前にそれを告げるフランをとりあえず殴るアントーニョ。

「何やってるんですかっ?!このお馬鹿さんっ!!」
止めに入るローデリヒにはさすがに殴りかかりはしなかったものの、それでも常とは違う様子で怒鳴りつけた。

「あーちゃんがなんもないのに仕事放り出して帰るわけないやんっ!!
なんで一人で帰らせるん?!!あほちゃうかっ!!!」
そう言ったあとアーサーの携帯に電話するがアーサーは電源を切っている。

律儀な性分のアーサーとギルベルトはアントーニョやフランと違って公共の乗物など、携帯電話通話禁止の場所では必ず電源を切るので、今帰りの電車の中か…と、あたりをつける。

「俺も帰るわっ。ギルちゃんに何かあったら即動けるように言うといてっ!」

アントーニョは携帯と財布だけブレザーのポケットにつっこむと、
「カバンは明日取りに来るわっ。大したモン入ってへんしっ!」
と、かけ出していく。

「…なんなんです、いったい?」
ローデリヒがズルリとずり下がった眼鏡を指で押し上げつつフランを振り返ると、フランは
「うん。アーサーの事になるとトーニョはいつもあの調子よ?」
と苦笑しつつ、ギルベルトに電話をかけた。

そして数分後……

「この大馬鹿野郎っ!!!」
とギルベルトとロヴィーノに怒鳴りつけられ涙目になるフラン。

「え?なんで?」
と今度は殴られないようにとローデリヒの後ろに隠れつつ聞くフランをギルベルトが珍しく感情的に怒鳴りつける。

「なんでじゃねえっ!!まだファントムの正体もわかってねえんだぞっ!!
そんな時にファントムにちょっかいかけられてるアーサー一人で帰すなんて正気の沙汰じゃねえっ!!!
何度事件に巻き込まれたら学習するんだっこの能無しがっ!!!」

もういいっ、俺も帰るっ!!と、ギルベルトもまた上着だけ羽織って携帯と財布をポケットに突っ込むとその他カバンを始めとする荷物を放置で駆け出していく。

「…どうしよう……」

アントーニョの時には半分大げさなと楽観的に構えていたフランだが、ギルベルトの言葉にはさすがに青くなった。
確かに怪しげな奴に目を付けられているかもしれないアーサーをもう日が落ちた後に一人で帰らせたのは大失態だ。

それでなくてもあり得ない頻度で事件に巻き込まれているのだ。
今回巻き込まれない可能性より巻き込まれる可能性の方が高いと思うのが当然だ。

なにより、普段その手の事には冷静に対処するギルベルトがひどく感情的になっていたことが、その危機滴状況の深刻さを物語っている気がした。

「…お…俺も……」
と、立ち上がるフランだったが、ローデリヒがため息混じりにその腕を取って止める。

「お待ちなさい、お馬鹿さん。ギルベルトとアントーニョの二人が行ってダメな相手ならもう警察のお世話になるしかないでしょう?それより連絡係が必要ですよ。まずは落ち着いて仕事をしながら連絡をお待ちなさい。」
言われて見ればまったくもってそのとおりである。
気は急くが、あの武闘派なふたりが行ってダメなところに自分が行って何ができるわけもない。
仕方なしにフランシスは座り直し、手がけていた衣装の丈直しを続行する。

「ロヴィーノ!あなたもですよっ!」
そこでこそ~っと抜けだそうとしていたロヴィーノもローデリヒに襟首を掴まれて引き止められた。

- 生徒会の究極の留守番人ローデリヒ・エーデルシュタイン -

その二つ名は何もどこかへ向かわせると迷子になるから留守番役という事で付いたわけでは決して無い…それを彼は身を持って証明して見せたのだった。





アーサーとの電話がつながったのは、アントーニョが学校を飛び出して駅に向かう途中の道でのことだった。

何度も何度も短縮を切っては連打を繰り返しながらようやくつながった電話。
番号で自分からだということは当然わかっているのだろう。
つながったは良いが、向こうからの言葉はない。

でもきっと泣いている。間違いない。

1年弱と言う決して長くはない…しかしその分密度は他人にしてはあり得ない濃さの付き合いだ。
アーサーがどんな精神状態でどんな表情でこの電話の向こうにいるのかさえ、手に取るようにわかる気がした。

『もしもしっ!あーちゃん、今どこなん?!誤解やねんっ!!』

本当にそんなつもりじゃなかった。

ただ、誰よりもアーサーの魅力というものを熟知しているという自負のある身としては、遠まわしに柔らかく言ったくらいで、おそらく自分よりも長い間アーサーを好きだったであろうロヴィーノが諦めるとは思わなかったのだ。

かと言って子どもの頃から可愛がっていた幼馴染に拳を向けるなどという事ができようはずもなく、結局暴力以外の実力行使で引き離すしかないと考えた結果だった。

その時はロヴィーノとアーサーの接点をなくすので頭がいっぱいで、それが悲観主義者のアーサーの目にどう映るかなど考えても見なかった。

しかし落ち着いてみれば、こうなることはわかったはずだ。

いつもならすぐ側にいるので逃げないように抱きしめて、自分に注意を向かせて、その上で言い含めるのだが、今回は離れているのでそれができないのがもどかしい。

とりあえずアーサーに家で待っているように言おうと思って口を開いたアントーニョの耳に、何か衝撃音 -おそらく携帯がアーサーの手から落ちたような音に思える - が、聞こえた。

何?何が起こっている?!
アーサーの音ではない、高い靴音…。
やがて聞こえるハァハァと荒い息遣い…。

「あーちゃんっ?!どないしたんやっ?!!誰かおるん?!!なあ、返事したってっっ!!!!」

嫌な汗が全身から吹き出した。
無駄だと思いつつも少しでも早く駆けつけようと駅に向かって全速力で走るアントーニョの耳に聞こえるゾッとするようなしわがれた低い声…

『…クリスティーヌ…ああ…クリスティーヌ……ようやくお前を手に入れた……』

それは紛れもなくファントムの声だった……。



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